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【小特集】

心理学研究の舞台裏─コロナ禍1年目を振り返って

世界規模で感染症の影響を受けた2020年。日本でも変化が見られ,大学の講義,学会や研究会で遠隔ツールが積極的に導入されるようになりました。研究活動によって影響の大小は様々ですが,4名の先生方に課題や工夫など研究の裏側について教えていただきました。(山﨑真理子)

コロナ禍でも機能する心理学研究の舞台裏装置としてのオープンサイエンス

国里 愛彦
専修大学人間科学部心理学科 教授

国里 愛彦(くにさと よしひこ)

Profile─国里 愛彦
2011年,広島大学大学院医歯薬学総合研究科創生医科学専攻修了。博士(医学)。2021年より現職。専門は臨床心理学,計算論的精神医学,認知行動療法。著書に『計算論的精神医学:情報処理過程から読み解く精神障害』(共著,勁草書房)など。

2020年はコロナ禍によって,対面のデータ収集が困難になり,学会や研究会もオンライン開催となるなど,研究環境にドラスティックな変化が生じました。データ収集の困難さから,心理学研究の表舞台である論文や学会での発表が難しくなった方もおられると思います。それに伴い,オープンデータへの関心も高まり,私も有志の方とオープンデータのリスト化やオープンデータの利用と作成法について発表を行ってきました。

コロナ禍の影響は心理学研究の表舞台を支える舞台裏にも広がっており,それはより深刻であるかもしれません。心理学研究の舞台裏として,研究アイディアを思いつく過程,周囲の研究者との対話,質問紙や認知課題などの準備や調整,データ収集,データ解析,結果の解釈などがあると思います。こういう舞台裏は,どちらかというと学会の懇親会やインフォーマルな場で語られることが多いように思います。そのため,コロナ禍においては,舞台裏の情報や知識が共有されないような状況が増えているかもしれません。

心理学研究の舞台裏と再現性

私はコロナ禍によって語られることが少なくなった舞台裏に重要なものがあるように感じています。この10年ほどは,心理学の再現性について大いに議論されてきました。心理学の再現性が低い理由の1つとして,舞台裏が公開されてないことに起因するものがあるように思えます。

再現可能性の検討で,論文で使用したデータから論文に掲載された結果が再現できるか調べることがあります。この検討では,データや解析コードが必要になりますが,論文発表時にデータを公開したり,論文に掲載することはまだ一般的ではありません。また,再現性の確認において追試が重要ですが,論文に掲載されている情報だけでは,正確な追試ができないことがあります。研究で用いたマテリアルやプロトコル(可能なら実験風景を撮影した動画など)があると正確な追試が可能ですが,それらの公開はまだ一般的ではありません。データ・解析コード・マテリアルなどのデータ収集に関する詳細情報などの舞台裏が表にでていないことで,再現可能性が低くなっているといえます。

舞台裏をオープンにしよう!

コロナ禍により舞台裏について語られることが少なくなっているので,データ・解析コード・マテリアルなどの舞台裏を意識的に公開していく必要があります。ただ,これまでは舞台裏ということで,自分が分かれば良いので散らかった状態だったものを,他の人にも分かるように公開する必要があります。舞台裏をオープンにするにあたっては,これまで習ってこなかったオープンサイエンスについて学ぶことが求められます。

データの公開にあたり,参加者に不利益が生じないようにプライバシーを守ること,第三者が再利用しやすいように公開することが重要です。まず,公開データから参加者のプライバシーが漏洩しないように,匿名化処理を丁寧に行う必要があります。また,データ公開にあたり参加者に事前に同意をとる必要があるので,倫理申請の段階から準備が必要です。特に臨床データの場合などは,データ公開への同意の取得と匿名化には十分に気を配る必要があります

図1 JCORSのロゴ
図1 JCORSのロゴ

データをそのまま公開しても,他の研究者が理解できない可能性もあり,データについて説明をつけるなど第三者が再利用しやすくする工夫が必要になります。このように書くと手間が多くて,「ちょっと,やりたくないな」と思われたかもしれないのですが,データ共有は,研究を正しく行う上でもメリットがありますし,そのデータを使った2次分析研究が可能になるので,コロナ禍でデータ収集が難しい仲間を助け,研究領域のさらなる発展に繋がります。

解析コード・マテリアル・プロトコルの公開は,プライバシーへの配慮が不要なことが多いので,やりやすいかもしれません。データと解析コードの両方を公開すると,再現可能性をより保証するものになります。ただ,解析コードやマテリアルをそのまま共有しても第三者には分かりにくいかもしれません。解析コードの使用方法を含めた説明文書,データについて説明するメタデータの付与,解析環境の違いが結果に影響を与える場合は環境自体の共有なども必要です。これらは,これまで行っていない作業なので,手間といえば手間なのですが,それが研究の透明性を高めて,ひいては心理学のより堅実な発展に貢献します。

オープンサイエンスが重要なのは分かるものの,実践方法については,私も含め多くの心理学者が教育を受けてきてないと思います。そこで,心理学者がオープンサイエンスを学ぶためのコミュニティのJCORS(Japanese Community for Open and Reproducible Science, https://osf.io/z4cgu/)を作りました。関心のある方は是非ともご参加ください。

舞台裏の活動とコラボレーション

オープンサイエンス実践を行うのは実際のところ簡単ではありません。杣取・国里(2019)は,データ・解析コード・マテリアルの共有に取り組みましたが,慣れない準備に時間がかかりました。専門の研究をしつつ新しい研究実践を学ぶのは負担かもしれません。近年は,情報共有速度の加速によって,新しい測定法や解析法などの多様化と高度化が,急速に進んでいます。研究に求められる水準が高くなっており,1人の研究者で研究遂行するのも大変になっています。そこで,それぞれの専門性をより深化させて,上手にコラボレーションができると良いのではないかと考えています。

心理学研究でコラボレーションの話がでると,「心理学者ならこのくらい理解しているべし」っていう議論が生じがちです。もちろん,森羅万象に通じていると良いですが,なんでもできる超人だけが心理学研究するというのはなんだか息苦しいです。各自が専門性を深めた上で,適切にコラボレーションする方が効率も良いと思います。個人の競争を煽って不適切な形でスター研究者を作るのではなく,研究者コミュニティで課題に取り組む方が,持続可能な研究者コミュニティのあり方ではないかと思います。また,コラボレーションが明確になされると,論文の各著者の貢献が明確になり,オーサーシップの観点からも適切です。

舞台裏の活動への適切な評価を!

心理学では,計画立案からデータ収集,解析,論文執筆まで,全て行うことが評価されるように思います。しかし,有用なデータセットを公開したり,データ収集や解析にかかわるプログラムを書いたり,データ解析や認知課題の作成・調整に特化して研究に貢献する研究者もいるかと思います。もっとそのような舞台裏の活動が業績評価などで適切に評価されるようになると良いように思います。それができると,多くの研究者にとって有用なツールが研究者コミュニティ内で共有され,研究の効率性が上がると思われます。

再現可能性の議論を深めていくと,研究者評価や学術論文のあり方を見直すことが必要になってきます。例えば,これまで1つの論文として発表されていることも,理論の精緻な検討の研究(理論論文),仮説の生成と検証方法の研究(いわゆる事前登録やプロトコル論文),測定方法の研究(方法論論文),収集したデータを整理して公開する研究(データ論文),公開されたデータに解析を行って推論する研究(2次分析論文)に分けることができるかもしれません。また,紙での出版を基本とする必要もありません。国内誌は小回りが利くので,このような出版形式の冒険も可能ではないでしょうか。

コロナ禍はドラスティックな変化を生み,私達の研究実践や学術出版のあり方について問題を突きつけることになりました。コロナ禍などの問題に対しては,研究者間のコラボレーションをベースにして,コミュニティとして取り組むことが大切かと思います。

文献

  • 杣取恵太・国里愛彦(2019).アンへドニア(anhedonia)と遅延割引:Lempert & Pizzagalli (2010)の追試.心理学評論,62(3),231–243.

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