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【小特集】

日本科学未来館発・オンラインで自宅に届けるこども心理学イベント

山本 寿子
東京女子大学現代教養学部・日本学術振興会 特別研究員(PD)

山本 寿子(やまもと ひさこ)

Profile─山本 寿子
早稲田大学第一文学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修士課程・博士課程修了。博士(教育学)。専門は発達心理学。2017年より東京女子大学特任研究員,2020年より現職。著書に『こどもの音声』(分担執筆,コロナ社)など。

日本科学未来館とコロナ禍

私の所属する東京女子大学田中章浩研究室1は,2015年から日本科学未来館(以下,未来館)研究エリアに入居し,「オープンラボ」という枠組みにおいて,来館者とともに最新の心理学研究を作り上げる取り組みを立ち上げました。私が田中研究室に加わったのは仕組みが確立された後のことですが,発達心理学とも非常に相性の良いこの取り組みに感銘を受け,現在に至るまで様々なアウトリーチ活動を企画しています。その中心は実験イベントで,来館者に心理学の実験を受けていただき,その研究目的や,より一般的な心理学に関するトークを通して,サイエンスコミュニケーションを行っています。こうして来館されるお子さんと保護者のご協力のもと,視聴覚の発達についての研究を行ってきました(図1)。

図1 未来館での実験の様子
図1 未来館での実験の様子

2020年3月にもまた,新たな実験イベントの開催を予定していました。しかし,突如広がった「コロナ禍」により,2月末には未来館の臨時休館と実験イベントの中止が決定。かつて経験のない非常事態に,オープンラボもこれまでのあたりまえを見直す必要にかられました。臨時休館中でも,未来館はYouTube Liveを通した研究者との対談など,インターネットを活用した発信を積極的に行っていました。こども実験イベントもまた,そのままのオンライン化で解決するのでしょうか?

たしかに,オンライン心理実験という選択肢は以前からありました。しかし,大人の協力者が自主的に取り組むクラウドソーシングタイプの実験と異なり,こどもが相手だと,自分で探して「やっておいて」というわけにもいきません。また,発達的変化をみたい場合,参加者の年齢が重要になるわけですが,本当に参加しているのがこどもであるかの確認をどうするかや,年齢差の横断的検討が参加者間デザインにならざるを得ないことの問題が出てきます。各々の家庭が実験室となるオンライン実験では,実験環境も様々です。その環境の多様さのあまり,年齢差がうまくデータに反映されないかもしれません。他にも細々とした問題はいくらでも考えつくのですが,まずやってみようと,オープンラボのオンライン化を試みる機会をいただくことができました。

オンラインオープンラボの実際

今回行った実験は,5~12歳を対象にした感情音声と表情の知覚課題でした。研究室,未来館の皆様との検討を通してできあがった最終的な形を図2に示します。

参加者は未来館のウェブサイト内で募集し,事前にメールで送付する研究説明書の確認,イヤホン(ヘッドホン)とパソコンの準備をお願いしました。当日は集合時間にZoomミーティングルームにアクセスしていただき,通常の実験イベントを踏襲した⑴研究説明,⑵課題の実施,⑶心理学トークの流れで参加していただきました。

図2 オンラインオープンラボの流れ
図2 オンラインオープンラボの流れ

⑴はリアルタイムのコミュニケーションも兼ねていて,「こどもの参加」を確認しつつ,参加者がリラックスできるような会話を行いました。その中で,研究の説明に加え,遠隔実験ならではとして,操作の注意,機材の使い方,保護者の“心構え”(特定の回答を促す指示をしない等)をお話ししました。最後にチャット欄を通して参加者をブラウザ実験に案内し,各自で実験を進めていただきました。

⑵が,実験の本体です。ここは同意画面,セルフ環境整備,課題本体,実験後の確認質問で構成しました。研究説明の際にも全般的な教示は行いましたが,それらと別に,課題そのものの詳しい教示も必要です。これは各課題の直前に教示ビデオによって行いました。実験後の確認質問では,課題最中のトラブル,機材,保護者からこどもに指示があったかについての確認を行っています。ブラウザ実験はすべて,実験ビルダーGorilla2を使用して作成しました。

実験を終えた参加者には再度Zoomで⑶を行いました。これはデブリーフィングにあたりますが,こどもにも楽しめるよう,心理学トークという形に落としこんでいます。保護者も交えて,錯視クイズを通して「心で見る・聞く」ことを実感したり,今回の課題と関わる感情について考えたり,「どんな研究ができたら嬉しい?」などを話し合うことで,オープンラボの理念である,ともに研究をつくる活動を目指します。こうして,オンラインを活用し,自宅と科学館と研究室とを心理学でつなぐイベントができあがりました。

オンラインオープンラボの舞台裏

最終的にこの形に至るまでには多くの検討を重ねました。実験を動かすパッケージの選定では,臨機応変な対応の難しさを考慮し,参加者や保護者への指示を細かく配置できるGorillaに決めました。田中研究室のメンバー各々が実験のオンライン化を必要としていたため,ZoomやSlackを通してライブラリの使い勝手や先行研究についての積極的な情報交換を行ったことが大きく役立ちました。

また,ビデオチャットのフェイズは,当初は予定していなかったものでした。他の先生方が実施したオンライン発達実験では,ビデオチャットそのものを主たる課題に活用しているものもあります3。一方,私たちの課題は比較的高い年齢のこどもが対象のキー押し実験だったので,あくまでも主体はブラウザ実験でした。そのため,未来館のウェブサイトを通して「やっておいて」型にする案もありました。しかし,サイエンスコミュニケーションの理念から外れる懸念と,こどもの参加の確認の必要性から,Zoomを取り入れる形式に落ち着きました。

さらに,未来館のスタッフとそのお子さんたちのご協力のもと,試行会を開いてご意見をいただきました。これにより教示ビデオと「今,実験全体のどこか」を示すメニュー画面を新たに作成し,実験中に音声を聞けない保護者からも進行が見えるよう工夫を加えました。また,トラブルへの対処のために,想定されるあらゆるケース別の対応表を作り,未来館のスタッフと共有を行いました。

オンライン発達実験の未来

今回得られたデータを実験室で集めたデータと比較したところ,こどもたちの感情知覚の正確さについては,実験室実験と遜色ない結果が得られることがわかりました4。今後,このような試みは,新しい研究手段として積極的に活用されていくのでしょうか? それとも,あくまでもパンデミック下における一時しのぎの代替案に留まるのでしょうか? 正直,本記事を執筆している時点ではわかりません。しかしどちらの道を辿るにせよ,2020年に多くの研究者が「対面でなければ」の殻を破ってこの問題に挑戦したことで,遠隔発達研究のデータが蓄積されました。このことが「どこまで遠隔で可能か」を明らかにし,今後の研究が地理的な壁を越えるための素地を作ったことは間違いないでしょう。まずやってみた,いちプロジェクトの2020年の記録としてご覧になっていただければ幸いです。

謝辞

本イベントは日本科学未来館の皆様のご協力のもと開催されました。実験のオンライン化にあたり,東京女子大学田中章浩教授,研究室の皆様に多くの助言をいただきました。心より感謝申し上げます。本研究はJSPS科研費20J01281,新学術領域研究No.17H06345「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築:多文化をつなぐ顔と身体表現」の助成を受けたものです。

文献

  • 1.多感覚コミュニケーションプロジェクト(現コミュニケーション・サイエンス・プロジェクト)
  • 2.https://gorilla.sc/
  • 3.日本発達心理学会大会で,遠隔こども研究を実施した先生方と各々の取り組みを紹介しました。先生方の資料はこちらでご覧になれます。https://osf.io/bs9ap/
  • 4.Yamamoto, H. W., Kawahara, M. & Tanaka, A. (2021). A web-based auditory and visual emotion perception task experiment with children and a comparison of lab data and web data. Frontiers in Psychology, 12, 702106. doi: 10.3389/fpsyg.2021.702106

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