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【小特集】

新型コロナ禍における学校での実践研究の舞台裏

石川 信一
同志社大学心理学部 教授

石川 信一(いしかわ しんいち)

Profile─石川 信一
博士(臨床心理学)。宮崎大学教育文化学部専任講師,同志社大学心理学部准教授を経て2018年より現職。専門は臨床児童心理学。著書に『臨床児童心理学:実証に基づく子ども支援のあり方』(共編著,ミネルヴァ書房)など。

2020年2月末に発表された小・中・高等学校,および特別支援学校を対象とした全国一斉臨時休業要請は,学校に通う児童生徒やそのご家族,そして指導に当たる教職員の方々に大きな衝撃をもたらしました。私自身も小学生と中学生の子どもがいる一人の親として,「この先どうしたら良いのだろうか?」と大変な不安を覚えました。その一方で,学校現場で実践的研究を行う研究者としての私も,この後長期間にわたっていろいろな影響を受けることとなりました。本稿では,新型コロナ禍における学校での心理学的実践研究の舞台裏について紹介したいと思います。

これまでの研究活動

私はこれまでに他の研究者や学校の先生方の協力を得て学校で実施する心理社会的なプログラムに関する実践研究に取り組んできました。たとえば集団社会的スキル(SST)に関する研究や,認知行動療法の技法を応用した抑うつ防止プログラムの研究などがあります1, 2。これらの成果を受け,2017年からは子どものメンタルヘルス予防プログラムの社会実装に取り組んでいます。このプロジェクトで使用しているプログラムが「こころあっぷタイム」です。このプログラムは,認知行動療法の構成要素を中心として,ポジティブ心理学的介入の要素も取り入れた授業構成となっています。児童に配布するワークシートは,プロの漫画家の方のイラストや漫画などを差し込み,子どもたちが楽しめるように工夫されています。それだけではなく,実装科学の観点から実証に基づく心理社会的技法のユーザー中心デザインの原則に従って,現場で導入しやすく効率的に学べるように開発されました3

このプロジェクトは,2017年からは社会技術研究開発センター(RISTEX)の助成を受け,京都府内を中心に31校での導入が実現しました(JPMJRX17A1)。一般社団法人こころの健康センターFlourish Japan・代表理事の村澤孝子氏をはじめとした本プロジェクトに賛同いただける数多くの方々の協力もあり,京都府内での事業化や,他の地方自治体との連携関係も達成されました。このような実績が認められ,2020年からはRISTEXのプログラムである「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(ソリューション創出フェーズ)」に採択されました(JPMJRX20IA)。そこでは,京都府外でのさらなる実装や,さらに広い対象者を含む展開をしていこうと考えておりました。

研究活動への影響

一斉臨時休業が要請された時期は,ちょうど前プロジェクトにおける効果指標を測定する時期と重なっていました。プログラム終了後,あるいは当該学年の最後の時期にプログラムの成果を検証するために,各種の質問紙に回答いただくことを予定しておりましたが,それらはすべて実現できませんでした。一斉臨時休業の後,当初の予定からだいぶ遅れて実施できた学校においても,休校の影響を加味せざるを得ず,研究成果としてまとめることは非常に困難になったのです。3年間にわたる活動の結果,各学校への導入という実績を残すことができた反面,効果検証ができないという研究者にとってはなんともやるせない成果となってしまいました。

また,この影響は一斉休業終了後も継続していますので,新プロジェクトの開始にも多大な影響がありました。当然,授業期間の短縮により,プログラム実施のための時間確保は難しくなります。先生方の多くは,こういった状況だからこそ,メンタルヘルスに関する授業を導入したいと賛同いただいていたのですが,一方で現実的な問題として導入の時間が確保できないというジレンマに陥ります。2020年度から,大規模な導入を検討されていた市町村においても,一斉に集まることができないために,事前研修を実施できないという障壁にぶつかりました。そこで,オンライン会議の研修を計画することになるのですが,理想と現実は異なり,学校現場では当時はインターネット整備環境が整っていないことも多かったのです。そうなると,一カ所で集まる研修会ができないため,DVD等を視聴していただくなどの対応を取らざるを得なくなりました。この問題を解決するために,島根大学の縄手雅彦教授と協働し,タブレットを用いたプログラムの開発にも着手しました。タブレットの技術自体は非常に質が高く,また触ってもらった皆様からは好評を得ています。しかし,タブレットを日常で使うことと,タブレットを使って授業をするということには,大きな溝があります。他国では既にタブレットの学習が通常カリキュラムの中に取り入れられていますが,真の意味で日本の学校において定着するまでには,まだ時間がかかりそうです。

メンタルヘルスにもたらす影響

実際に,一斉休業は子どもたちのメンタルヘルスに影響を与えているのか。この課題を解決するために,私たちは同志社大学「新型コロナウイルス感染症に関する緊急研究課題」の助成に申請し,オンラインによる調査を行うことにしました(研究代表者:同志社大学岸田広平特別任用助教)4。6~15歳の子どもを持つ保護者約2000名に対して,2020年11月から2021年1月に月1回の合計4回の調査を行いました。本研究は現在も進行中であるため,1回目に回答を得られた計2,074組の子どもとその親を対象として分析結果を紹介します(男子が53.57%,平均年齢は11.55歳,SDは2.65歳)。調査実施時期の直近1週間の学校状態に基づき,長期休暇中(4.34%),COVID–19による全校休校(1.93%),COVID–19による部分休校(5.69%),全校開校(88.04%)に分類し,長期休暇中の群を除く3群について,精神的症状の差について検討しました。その結果,全校休校における児童生徒は,情緒的・行為的問題,不安症状,抑うつ症状,反抗的行動,過敏性について,部分休校および全校開校における児童生徒よりも有意に高いことが示されました(いずれもp<0.05)。また,部分休校と全校開校を比べた場合も,不安症状,抑うつ症状,過敏性については,有意な差がみられました(いずれもp<0.05)。加えて,全校休校と部分休校における保護者は,全校開校における保護者に比べて,抑うつ症状,不安症状,ストレスの得点が有意に高いことがわかりました(いずれもp<0.05)。したがって,現場の先生方の感覚の通り,こういった状況だからこそ,メンタルヘルスに関する予防的介入の必要性は示唆されているのかもしれません。

社会実装へ向けた取り組み

心理学に限らず,大学や研究機関で開発された成果を現実の社会に届ける社会実装には深くて暗い「死の谷」があると述べられています5。すなわち,新型コロナウイルス禍でなくても,学校現場での実践研究においては,さまざまな立場にある人たちが絡み合う中で,導入には長く複雑な交渉が余儀なくされ,実施には数多くの人たちの理解,そして協力が求められます。その割には,ありとあらゆる交絡要因の検討を余儀なくされ,データとしての価値を高めていくことは容易ではありません。しかし,心理学の社会的貢献という立場からは,その谷がいかに険しくとも与えられた役割を全うし越えていくことが求められます。本稿執筆時点(2021年6月1日)で,4都府県を対象に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が継続されています。再びいくつかの研修会について変更を余儀なくされていますが,これまでの実装活動における知恵と工夫の蓄積を踏まえ,実装活動が完全にストップしないように進めていこうと考えております。このような環境下でこそ,学校で実践研究を行う心理学者のレジリエンスが問われていると感じています。

文献

  • 1.佐藤寛・今城知子・戸ヶ崎泰子・石川信一・佐藤正二・佐藤容子(2009)「児童の抑うつ症状に対する学級規模の認知行動療法プログラムの有効性」『教育心理学研究』57,111–123.
  • 2.Sato, S., Ishikawa, S., Togasaki, Y. Ogata A., & Sato, Y. (2013). Long–term effects of a universal prevention program for depression in children: A 3–year follow–up study. Child and Adolescent Mental Health, 18, 103–108.
  • 3.Ishikawa, S., Kishida, K., Oka, T., Saito, A., Shimotsu, S., Watanabe, N., Sasamori, H., & Kamio, Y. (2019). Developing the universal unified prevention program for diverse disorders for school–aged children. Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health, 13, Article number: 44. https://doi.org/10.1186/s13034-019-0303-2
  • 4.岸田広平・津田征海・石川信一(2021)「児童青年の精神症状に対するCOVID–19の影響に関する縦断的研究」『新型コロナウイルス感染症に関する緊急研究課題報告書』https://kikou.doshisha.ac.jp/reactivities/covid-19research.html
  • 5.JST–RISTEX[研究開発成果実装支援プログラム](2019)『社会実装の手引き─研究開発成果を社会に届ける仕掛け』工作舎

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