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ここでも活きてる心理学
医療従事者の養成で活きる心理学
下島 裕美(しもじま ゆみ)
Profile─下島 裕美
慶應義塾大学社会学研究科心理学専攻後期博士課程単位取得退学。博士(心理学)。1998年保健学部保健学科専任講師,2021年より現職。国家資格キャリアコンサルタント。専門は認知心理学,生涯発達心理学。
私が所属する杏林大学保健学部井の頭キャンパスの学生は,臨床検査技師,看護師,臨床工学技士,救急救命士,作業療法士,理学療法士,診療放射線技師,養護教諭,社会福祉士を目指しています。私が杏林大学に就職した20数年前から,主に一般教養の心理学と発達心理学,教職課程の教育心理学を担当してきました。医療系の非常にタイトなカリキュラムの中で,学生に過重な負担をかけずかつ役に立つ心理学の授業のために心がけてきたことを三つ紹介します。
まず,授業では課題や動画を使って心理学を実際に体験するようにしています。学生は特に感覚と知覚,記憶,思考,社会的認知の課題にとても楽しそうに取り組みます。自分の知覚・認知の特徴や個人差を実感した後,各発達段階の特徴,障碍やジェンダーについても学び,自分の身近な事例に関連付けて考えます。医療従事者は幅広い年齢の多様な患者に接する仕事です。知覚・認知心理学,生涯発達心理学,社会心理学を学ぶことは,多様な背景をもつ患者を理解し寄り添う態度と,チームで働く力を養うために必ず役立つと思います。理学療法や作業療法の分野では知覚・認知心理学の知見をリハビリテーションに応用する研究も多く,研究の基礎としても役立ちます。
次に,研究成果を授業に活かすようにしています。ワシントン大学のマコーミック博士(医療倫理が専門,聖職者でもあり病院でチャプレンとしても活動。2021年2月に逝去)からホスピス職員を対象とした死にゆく過程を疑似体験する課題を教えていただき,時間的展望の視点から共同研究をしました。自分の大切な人やものをカードに書き,自分が死にゆく物語を聴きながらカードを捨てていきます。病気の進行とともに患者が大切なものを失っていくプロセスを体験する課題です(詳細は原田悦子(編)『医療の質・安全を支える心理学』誠信書房, 2021)。以前は発達心理学の「死への対応」の回で希望する学生にこの課題を実施していましたが,近年はこの課題の概要の紹介と中高年や医療従事者がこの課題を体験した感想を学生に伝えて,死について考えるきっかけにするようにしています。マコーミック博士とキューブラー・ロス博士の過去の対談ビデオの日本語訳をお手伝いしたので,これも今後の授業に活かす予定です。
三つめとして,地域との交流を授業に活かすようにしています。杏林大学は2013年に「地(知)の拠点整備事業」に採択され,私も退職期をむかえた首都圏団塊世代の「健康寿命延伸」「生きがい創出」に取り組みました。研究所や三鷹ネットワーク大学の講義を通じて中高年の生の声を聴き,在宅ホスピスケアボランティアとも交流を深めました。交流した皆さんは,私が皆さんから学んだことを授業を通じて未来の医療従事者に伝えてほしいと言います。これからの医療を担う若い人達に知ってもらいたいことがたくさんあるけれど,自分達にはそれを伝える方法がないと言うのです。私は一般教養の教員でしかありませんが,多様な現場の多様な職種の人のお話を,心理学の視点で授業を通じて学生に還元することを意識して取り組んでいます。
医療法改正(2021年10月施行)に伴い,医療関係職種の業務範囲が見直されます。これからの医療従事者に役立つ心理学は何なのか,医療現場,地域,専門科目担当教員,学生の声を聴きながら,これからも試行錯誤していきたいと思います。
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