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古典的実験機器はどのように使われていたか(8)─混色器の場合
吉村 浩一(よしむら ひろかず)
Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。
今回は,回転する2つの円盤の色が同じになるように一方を調整する課題や,色の対比や弁別の研究などに用いられていた「混色器」を取り上げます。『実験心理写真帖』(1910,弘道館)からの写真1は,3台の回転円盤上に設定された3種類の刺激色を同時に比較できる三連式混色器です。それぞれの円盤台に,赤・緑・青などの色円盤紙を組み合わせて設置します。色円盤紙には半径分の切れ込みがあり,一方の色円盤紙を他方の色円盤紙に差し込み,一周360度をさまざまな割合で分割して円盤を設置します(3色を用いて三分割することもできます)。その円盤を手動で高速回転させると,融像して円盤全体が一様な色に見えます。また,2色の角度(割合)を変えることで,融像色を微妙に変化させることができます。
写真1と同様の三連式のものが東北大学に現存しています(山越工作所製「混色器C号」,TH00002)が,残念ながら3つの回転円盤のうち1つが欠損しています。関西学院大学には,同じ山越工作所が製造した二連式の「混色器B号」(KG00017)がよい状態で現存しています。写真2がそれで,回転を伝えるひも状の部品も残っています。京都大学にはこれとよく似た二連式混色器(KT00047)が現存していますが,製造は安藤研究所です。
京都大学には,これらと異なるタイプの混色器が他に2種類残っています。写真3の三連式混色器(KT00043,製造会社不明)は,回転方式が上で説明したものとは異なります。その点がわかるように,裏から撮影した写真を掲げました。中央部の三重の円盤にひも(ベルト)を掛け,モーターなどの回転装置につないで3つの円盤を回転させます。三重の溝のどこにひもを掛けるかにより回転速度が変わります。京都大学に残るもう1つの三連混色器(KT00057)は竹井機器工業製のハンディータイプのもので,片手で把手をもち,他方の手でハンドルを回して3つの円盤を回転させます。
ここまでの混色器の構造はシンプルで,複数ある円盤の役割も理解しやすいですが,これから紹介する「マルベ式混色器」の仕組みは複雑です。東京大学,京都大学,東北大学,新潟大学などいくつもの大学に残っており,多くは国産品です。京都大学にはZimmermann社製のものも残っていますが,残念ながら部品の多くが欠損しているため,写真4には,状態のよい京都大学に残る安藤研究所製の「マルベ式混色器」(KT00020)を示しました。1つしかない円盤でどうして色の比較ができるのでしょう。答えは,標準刺激となる大円の前に比較刺激となる小円を設置し,周辺部と中央部で比較させるのです。このマルベ式の特徴は,円盤を高速回転させたまま,中央の小円を構成する2色の割合を少しずつ変化させることができる点にあります。右端にあるハンドルは円盤を手動で回すためのもののように見えますが,実はこのハンドルを少しずつ回すことで小円を構成する2色の割合を変えることができるのです。ハンドルから円盤に向かって伸びるレール上には目盛りが刻印されており,ハンドルを回すことで上部のカーソルが移動し,カーソル位置の値を読み取ることで,2色の割合を知ることができるのです。
混色器の変わり種で,円盤が1つしかないものがもう1種類あります。写真5に示した「キルシュマン(Kirschmann)の混色器」(島津製作所製,NG00005)です(島津製作所のカタログには「キルヒマン氏色彩混合装置」とあり,説明文には「キルシマン氏」とありますが,「キルシュマン」と表記するのが適切です)。これは,新潟大学旭町学術資料展示館に現存するもので,一見するとニュートンの7色板(7色を高速回転させると白に見える)と誤解されかねないものですが,そうではありません(そもそも3色しかありません)。この色円盤の前に,キルシュマンが考案した黒い枠をつけて高速回転させ回転が遅くなる過程で色が変化していく様子を観察するのです。写真6は,6種類ある黒枠のうち第Ⅵ番(三日月状に5つくり抜かれた渦巻き型の枠)を取り付けたところです。枠の形により,全面が同一色に見えたり,中央と周辺で補色関係の色が見えたりします。新潟大学には6種類の枠が全て残っています。
現在では,標準化された正確な色紙や,コンピュータ画面上の何万色もの色を用いることができますが,古典機器の時代には少数の基本色だけを用い割合を変えて混色させてさまざまな色を表現していたのです。
8回にわたった本シリーズは,今回で終了します。心理学が開拓し使用していた機器をお伝えすることで,現在の実験装置へとつながる道筋を捉えるお役に立てたなら幸いです。
心理学ミュージアムは今回で最終回になります。(編集委員会)
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