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【特集】

捕食学術誌とのつきあい方

山田 祐樹
九州大学基幹教育院自然科学実験系部門 准教授

山田 祐樹(やまだ ゆうき)

Profile─山田 祐樹
2008年,九州大学大学院人間環境学府 博士後期課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員(DC1),日本学術振興会特別研究員(PD),山口大学時間学研究所 助教(特命)などを経て2013年10月より現職。九州大学大学院人間環境学府行動システム専攻 准教授を兼担。専門は認知心理学。著書に『日常と非日常からみる こころと脳の科学』(共編著,コロナ社)など。

私たちは捕食学術誌をどう見ているのか

研究者が自身の研究成果を社会に伝える際の第一手段は論文である。そして現状,心理学界(ワールド)でおそらく最も重要視されているものは査読付き論文であろう。SNSでは,査読付き論文が学術誌に掲載されたことを喜ぶ報告が毎日のようになされている。今のところ,受賞,研究費の獲得,人事などにおける研究者としての評価には査読付き論文の本数や掲載誌のブランドとインパクトファクターが大きく関わっているので[1],「良い」学術誌に掲載されればその喜びは当然大きくなるし,周囲からも「すごい!」「さすが!」と褒めてもらえるのである。このように,我々はハイブランドの学術誌で査読付き論文を次々と出版していくゲームに日々熱中している。なお,出版以外の要因も成功にとってクリティカルだったりする[2]のだがここでは一旦忘れておこう。

さて,ゲームにはチートが存在する。ゲームに勝つため,自身の成果をなんとか大きく大きく見せようと手練手管が駆使されているのだ[3],[4]。その一つが捕食学術誌(predatory journals)の利用である。捕食学術誌とは,投稿された原稿をまともに査読しないまま極めて容易に掲載する媒体のことで,そこで「査読付き」論文を出版することで,研究者は業績を楽に伸ばし,学術誌側は掲載料で収益を上げるという非倫理的な利害関係が成り立っている(査読詐称なので)。ただ実際のところは,このような業績水増しを企む捕食的著者[5]よりも,おそらく何も知らずに掲載させてしまった被食者の方が多いと思われる[6]。捕食学術誌は出版の容易さとスピードをアピールすることが多いので,論文業績数自体が評価されがちなコミュニティの研究者に利用されやすい[5],[7]。ちなみに捕食学術誌は国内で「ハゲタカ雑誌」と呼ばれることが多いが,特定の動物への悪印象を無闇に助長している,実際にコンドル類を研究している人々に風評被害を与えかねない,比喩を理解できないと意味がわからない,海外ではほとんど使われない表現であり和訳として不適切,などの理由から私はこの名称を決して使わないようにしている。

捕食学術誌の問題が知れ渡ると「じゃあどの学術誌が捕食的なんだ?」という話になるのだが,学術誌の捕食性を評価する際には一つの大きな問題が存在している。それはこの言葉を使用する者の間で統一・共有された定義がないことである。ある専門家会議にて「学術性を犠牲にして自己利益を優先し,虚偽または誤解を招くような情報,最善の編集・出版方法からの逸脱,透明性の欠如,および強引で無差別な勧誘方法の使用を特徴とする事業体」とまとめられたことはあるが[8],この定義の合意が取れているわけではないし,なんだかぼんやりとしている。一般的には高額な掲載料を取る査読の実態のないオープンアクセス誌をイメージする人が多いと思われるが,それとはかなり異なった,曖昧で寄せ集めの仮定義しか存在しないのが現状である。すると人々は第三者の評価に依存しようとし,「ブラックリスト」が使用される。有名なのはジェフリー・ビール氏のリスト(以下,Beallリスト)だろう。このリストには,独自の基準で「捕食的」と分類された学術誌や出版社がたくさん並んでおり,お目当ての学術誌がリストにあるかないか調べれば簡単に捕食学術誌かどうかがわかるという便利さだ。ただ,このリストについては多くの問題が繰り返し指摘されている[9]。また,少し前に話題になった論文がこのリストの情報を元にしていたため撤回されるという出来事も起こった[10]。ある研究はBeallリストの基準を適用すると,これまで高品質とされてきた伝統誌であっても捕食側に分類されると示唆している[11]。そもそも,学術誌を白と黒のたった2つに分けようとすることに無理があるのだ。

だが,ある学術誌を捕食的だと決めつけ,そこに掲載された論文の価値まで判断するような風潮は未だに支配的である(掲載された学術誌のブランドを競い合うゲーム中なのだからまあそうなる)。以前,MDPI社の学術誌に,内情を探る目的で「捕食学術誌に掲載された論文の信頼性を守るには」というタイトルの論文をあえて投稿したことがある[12]。MDPI社は過去に一度Beallリストに掲載され,抗議した結果リストから外されたという経緯を持つ。そのため多くの人々がこの出版社が黒なのか白なのか判断できず,「なんとなく黒」と思っていた。しかし実際投稿してみたところ,査読はきちんとなされ(若干査読者を急かし気味だったが),私はその査読過程を全てオープンにした。掲載後は海外でもそこそこ反響があり,SNSで取り上げられたりしたのだが,反応の多くは「で,それを捕食学術誌に出したんだ〜?」とニチャニチャした感じのひどく見下したものであった。そこで私はそれらの発言者に対し,査読は全て公開されていることや,掲載費が全額免除されて1円も支払っていない旨などを伝えていくと,彼らの態度もだんだん差別的でなくなっていくのを感じた。実際に体験して分かったことは,学術誌はBeallリストに一度でも掲載されてしまうとそれだけで黒と認定され,基本的に名誉回復のチャンスはなく,そこに論文を掲載するとそれだけで蔑まれ,嘲笑され,しかし論文やプロセス自体をきちんと見てもらうとそれが軽減されるということであった。ちなみに私はMDPI社を擁護しているわけではない。MDPI社には負の側面がいくつも存在しており,また系列誌ごとのバラツキが極めて大きい。最近も批判論文[13]と反論[14]がそれぞれ出ており,評価が定まっていない。白と黒のどちらでもないグレーの状態にあると思われる。

私たちは「捕食学術誌」をどう扱えばいいのか

図1 捕食学術誌対策の例
図1 捕食学術誌対策の例

それでは私たちは白か黒かよく分からないような「捕食学術誌」とどう向き合っていけばよいのだろうか(図1)。私はなにも,どうせ白か黒かわからないのだから捕食学術誌っぽいところでも気にせず次々投稿していこう,などと無責任に勧めたいわけではない。まずはきちんと捕食学術誌をその特徴ごとに見極める必要がある。様々なチェックリストや定義群を参考にすると,捕食学術誌と呼ばれるものはだいたい「金詐取系」「怠惰運営系」「やる気ありすぎて逆に迷惑系」「謎多すぎ系」などに分けることができる。考えてみると,この中で悪意と被害が大きいのは詐取系だけであり,これこそが一般的にイメージされる捕食学術誌ではないだろうか。それにもかかわらず,他のカテゴリの学術誌まで「捕食学術誌」というラベルで一緒くたにしてきたことが学術誌差別の一因ではなかろうか。私たちは「捕食学術誌」を雑に忌避するのではなく,詐取系のような真の捕食学術誌の脅威をゼロにしていくことを目標とすべきである。

では具体的にはどのような手立てがあるのだろうか。その一つはオープン査読や出版後査読といった査読改革である。捕食学術誌がなぜ忌み嫌われているかというと,査読されていないのに査読されたかのように偽装するからである。ならば,査読をオープンにして査読過程を誰の目にも明らかにしてしまえばよいのである。上述したように,私がMDPI社の学術誌に投稿した場合もそれが奏功した。さらには,出版後の論文に対しオープンにコメンタリを書けるようにするのも効果的だろう[15]。もしも本当に査読されていない論文だったとしたら,出版後査読によってその論文に対して懸念表明(Expression of Concern)していけばよいのである。詐取系の学術誌はこれらを確実に嫌がるので,オープン・出版後査読の非実装はある程度の捕食シグナルになる。なお,伝統的学術誌も捕食側に落ちる可能性があることから,著者側のオプションでもよいので,国内誌でもこの制度を導入されることを心から勧めたいと思う(※本稿での意見は全て個人的な立場で述べている)。

2つ目は論文形式の多様化である。近年では先鋭的な論文形式が次々と提案されている。例えば第1段階で導入と方法のパート,第2段階で追記された結果と考察のパートをそれぞれ査読する有審査事前登録(Registered Reports)[16]や,論文を構成する最小のセクション単位で出版可能なシステムであるマイクロパブリッシング[17],[18]などが挙げられる。これらに共通するのは,必ずしも新規性や仮説を支持する陽性結果を備える必要がないことである。そういう「きれいで魅惑的な論文」だけしか採択されないという出版バイアスが研究者らを深く絶望させ,そこに詐取系の学術誌が付け入ってきたのである。したがって見方を変えれば,捕食学術誌は出版バイアスの副産物と言えよう。有審査事前登録やマイクロパブリッシングにとどまらず,出版バイアスを減じるような様々な取り組みはきっと詐取系学術誌の存在自体を揺るがすことになるだろう。

3つ目はスローサイエンスである。業績の「数」を評価することはもう止めてしまおう[19]。最近では,論文の本数を競い合うことによる科学への弊害が指摘されている[20],[21]。つまり,我々がエンジョイしている白熱出版ゲーム自体がそもそも間違っているのかもしれないのである。詐取系学術誌は「論文が低質で掲載料が高額であっても業績数稼ぎのためにとにかく出版したい」というニーズを拾っているわけだから,数の競争を抑制することができれば利用者は激減し,経営が立ち行かなくなるだろう。問題はどうやってブレーキを掛けるかだ。例えば研究者ごとに年間1本までしか論文を出せないようにすることが提案されたりしている[21]。だが私はこの方法だとむしろ科学がより悪化すると考えている(詳細は注19参照)。個人的にはアウトプット量を制限するのではなく,業績評価の際に各年1本までしか考慮しないようにすればどうかと考えているが,それが良い方法かどうかは分からない。さらなる議論と実証的証拠が必要なトピックである。

おわりに

研究を社会に伝える際には,その研究がどの程度信用に足るものなのかが大変重要になる。信用性の目安として,研究者は「論文が掲載された学術誌」を見てきた。社会は「論文として書かれているという事実」を見てきた(他に「誰が紹介しているか」「研究者の所属大学がどこか」も重要視されるようだ)。どれも研究の中身には全く踏み込んでおらず,これでは信用性は担保されない。また私たちは,捕食学術誌に掲載された論文やその捕食学術誌自体に対しても自分自身では評価せず,噂と「リスト」だけで偏見の目を向けてきた。こうした偏見をなくし,詐取的な真の捕食学術誌から心理学を守るためには,学術出版についての最前線まで含めた教育,査読というフィルタの多重化と透明化,ならびに論文出版の多様化と低頻度化が鍵となるだろう。さらには原著論文数の多寡に関係なく,研究者の科学的貢献を適正かつ公平に評価できるシステムが構築されることも望まれる。正直それは面倒臭いし大変なことではあるのだけれども,自分自身の研究者としての日々を根底から見つめ直す必要があるのだなと自戒を込めて思う。どのみち必ずその時は来るのだから。

文献

  • 1.山田祐樹 (2019). 「未来はごく一部の人達の手の中 :研究者評価の歪みがもたらす心理学界全体の歪み」『心理学評論』62, 296–303.
  • 2.Yamada, Y. (2019). Publish but perish regardless in Japan. Nature Human Behaviour, 3, 1035.
  • 3.池田功毅・平石界 (2016). 「心理学における再現可能性危機:問題の構造と解決策」『心理学評論』59, 3–14.
  • 4.Ikeda, A. et al. (2019). Questionable research practices following pre-registration. Japanese Psychological Review, 62, 281–295.
  • 5.Gasparyan, A. Y. et al. (2016). The pressure to publish more and the scope of predatory publishing activities. Journal of Korean Medical Science, 31, 1874–1878.
  • 6.Kinde, A. A. (2021). Avoiding predatory journals and publishers: A cross-sectional study. European Science Editing, 47, e52348.
  • 7.Hedding, D. W. (2019). Payouts push professors towards predatory journals. Nature, 565, 267.
  • 8.Grudniewicz, A. et al. (2019). Predatory journals: No definition, no defence. Nature, 576, 210–212.
  • 9.Teixeira da Silva, J. A., & Kimotho, S. G. (in press). Signs of divisiveness, discrimination and stigmatization caused by Jeffrey Beall’s “predatory” open access publishing blacklists and philosophy. The Journal of Academic Librarianship.
  • 10.Macháček, V. & Srholec, M. (2021). Retraction note to: Predatory publishing in scopus: Evidence on cross-country differences. Scientometrics, 126, 1897–1921.
  • 11.Olivarez, J. D., Bales, S., Sare, L., & vanDuinkerken, W. (2018). Format aside: Applying Beall’s criteria to assess the predatory nature of both OA and non-OA library and information science journals. College & Research Libraries, 79, 52–67.
  • 12.山田祐樹 (2020). 「投稿(だ)した後にプレデタリジャーナルて気づいたときにやれる10のこと」.
    https://note.com/momentumyy/n/n2cd7fcdc7145
  • 13.Oviedo-García, M. Á. (2021). Journal citation reports and the definition of a predatory journal: The case of the Multidisciplinary Digital Publishing Institute (MDPI). Research Evaluation, rvab020.
  • 14.MDPI (2021). Comment on: ‘Journal citation reports and the definition of a predatory journal: The case of the Multidisciplinary Digital Publishing Institute (MDPI)’ from Oviedo-García.
    https://www.mdpi.com/about/announcements/2979
  • 15.Ikeda, K., Yamada, Y., & Takahashi, K. (2020). Post-publication peer review for real. PsyArXiv.
    https://doi.org/10.31234/osf.io/sp3j5.
  • 16.山田祐樹 (2021). 「PCIでプレプリでレジレポ」.
    https://note.com/momentumyy/n/n54559806c45b
  • 17.Yamada, Y. (2020). Micropublishing during and after the COVID-19 era. Collabra: Psychology, 6, 36.
  • 18.山田祐樹 (2019).「心理学におけるマイクロパブリケーション」 .
    https://note.com/momentumyy/n/n0bfd14103ab7
  • 19.山田祐樹 (2020). 「ゆっくり科学していってね!!!」.
    https://note.com/momentumyy/n/n1bac00976843
  • 20.Chu, J. S. G. & Evans, J. A. (2021). Slowed canonical progress in large fields of science. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 118(41).
  • 21.Frith, U. (2020). Fast lane to slow science. Trends in Cognitive Sciences, 24, 1–2.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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