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【特集】

日本の科学を元気に!─「日本版AAAS」による社会との対話の試み

宮川 剛
藤田医科大学総合医科学研究所 教授

宮川 剛(みやかわ つよし)

Profile─宮川 剛
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程心理学専攻修了後,理化学研究所脳科学総合研究センター,米国国立精神衛生研究所,マサチューセッツ工科大学,京都大学医学研究科先端領域融合医学研究機構などを経て,2007年より現職。博士(心理学)。専門は神経科学一般,実験心理学。著書に『「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか:パーソナルゲノム時代の脳科学』(単著,NHK出版新書)など。

日本の科学が危機に瀕しています。若手の研究職志望者の激減や論文数の低下など,さまざまなエビデンスがこの状況の深刻さを示しており,これらが昨今における日本の国力低下の間接的・直接的要因となっている可能性も指摘されています。加えて,世界的に問題となっている不正問題,再現性の危機については,日本も他人事ではない状況であり,科学者コミュニティへの社会からの信頼も揺らいでいます。なぜ,このような状況が生じているのでしょうか? それを解消するにはどうすればよいでしょうか? 本稿では,これらについて私見を述べつつ,科学コミュニティと社会の対話を通じて,これらの問題の解消をはかる「日本版AAAS設立準備委員会(正式名称の予定:日本科学振興協会;Japanese Association for Advancement of Science; JAAS)」の試みの紹介をします。

日本の科学の危機の背景

日本の科学技術の研究力の低下が生じています。先進各国の総発表論文数が伸びているのに対し,日本ではそれが横ばいであり,被引用数についてのトップ10%論文の国別順位も1997〜99年の4位だったものが,2017~19年には10位に低下するなど凋落が著しいです[1]。国別の人口あたりの論文数は38位(2014~16年)[2]。これはなぜでしょう。その原因については,意外(?)にも,われわれ研究コミュニティの中ではすでにある程度の理解が共有されています。主に,過剰/不適切な「選択と集中」とそれに伴う過剰/不適切な競争,大学の基盤的経費の減少,安定ポストの減少を起因とした若手の減少,研究・教育以外の業務の増加などの問題に起因するものであると言われています[3]

大学院重点化による大学院生数の増加とポスドク1万人計画が導入されたことにより,研究者人口が増える一方,大学の任期なしポジションの数が増えないどころかむしろ減少しつつあります。この結果,日本の大学では若手の多くのポジションが3〜7年程度の任期付きの不安定な職となってしまいました。研究を現場で支える主役である30代,40代の研究者が不安定で不遇な環境にあり,安心して研究に集中しにくい状況です。では,安定ポジションを有する教員が安心して研究に集中できるか,というとそうでもありません。国立大学では運営費交付金の削減が行われ,外部資金を得ることに失敗した教員は,研究活動はもちろん教育活動まで困難となるような事態が生じています。競争的資金の獲得競争は激化し,そのために割く時間・労力が増え,肝心の研究・教育に集中しにくい状況になりました。安定ポジションを有する教員のせっかくの研究のポテンシャルも十分に活用されていません。競争にさらされるプレッシャーからか,不正問題,再現性の問題も深刻になりつつあります。そういう理不尽な状況を目のあたりにした学生さんは,将来への不安から,大学院への進学を控えるようになってしまいました。院生が減少すれば,当然,日本の研究成果の総体は一層,減少へ向かうことになります。負のサイクルがとまらない状況です。

これらの問題については,もう10年以上も前から指摘がなされ,さまざまな議論が行われ,改善の提案がなされてきました。私自身も,神経科学者SNSからの「これからの科学・技術研究についての提言」[4]や,日本分子生物学会の「ガチ議論」企画[5],サイエンストークスの企画[6]などで問題点の指摘と提案を行ってきています。この中で,安定的な基盤的科研費を大幅に拡充して,「アタリ・ハズレ」の側面を弱め,多くの研究者に最低限の研究費が広くいきわたる仕組み[7],また,安定した雇用を提供しつつ,流動性・競争性も担保するための新しい人事システム[8]を創出することなどを提案してきました。多くの方々がそれなりの声を上げているにもかかわらず,本質的な解決には至らず,事態は悪化の一途を辿っています。

対話の不足

日本の科学の危機の背景にある諸要因については,ある程度の理解が共有されており,何を改善すればよいのかの方向性も見えているにもかかわらず,改善どころか,むしろ状況は悪化しているわけです。なぜでしょう? その原因は実はかなり明らかだと考えています。おそらく,科学コミュニティと政治家・官僚などの政策の立案・決定に関わる方々との対話,また科学コミュニティ内での対話が十分でないのです。

2019年7月,日本学術会議の若手アカデミーの一部メンバーを含めた数人の有志で,自民党科学技術イノベーション戦略調査会・科学技術基本問題小委員会の取りまとめをされていた船田元氏と畑恵氏に相談に伺いました。お二人は,日本の科学の危機的現状をよく理解されていて,3時間以上にわたる活発な議論がなされました。

お二人によると,政府・与党の中ではイノベーションの生産性を上げたい,生産性が高いところに重点的に予算をつけたい,それにより経済の活力を上げ,世界の中での日本の地位を向上させたい,とのお考えが中心的であるとのこと。国立大学の運営費交付金の削減が続いていますが,与党の文部科学部会の中では,これにより人事,予算配分などが合理化・最適化されつつあり,この方向性は正しいという考えだそうです。前日本学術会議会長の山極寿一先生は財務省とこの点で激しい議論をかわされていましたが,これについては「けしからん」という意見が多く,政府にとってアカデミアは協力的でないという意識が根底にある,とのこと。

科学技術基本問題小委員会はさまざまな調査を行い,深刻な状況におかれる若手研究者の声なども聴取し,お二人は,「アカデミアがこんなにひどい状況だとは知らなかった。研究者たちはどうしてこれまで黙っていたのだろう。なぜ政治家に直接アプローチしなかったのだろう。研究者の組織が普通にあれば,そして,その組織を通じて陳情すれば変わるのに。ほぼ問題が政治側に伝わっていない状況。なぜ?」とたいへん不思議に思われたそうです。

米国で盛んなアドボカシー

私は,米国の神経科学会の会員ですが,この会では,政治家に対するアドボカシー(擁護・代弁)を積極的に行っており,毎月定期的に送られてくるニュースレターには,「アドボカシー」という欄が必ずあります。この欄では「地元の国会議員に予算についての陳情にいこう!」,「地元の議員に,神経科学の代表として自己紹介に行こう!」のような呼びかけがなされています。「毎年」ではなく「毎月」です。学会のホームページにも「アドボカシー」というタブがあり,なぜアドボカシーが必要か,効果的に行うにはどうすればよいかなどを紹介する「アドボカシー・ツールキット」のようなコンテンツがあり,その充実度には目を瞠るものがあります。米国では,このような活動は,個々の分野の学会のみならず,分野横断的に科学を推進するための組織,AAAS(American Association for Advancement of Science;科学誌サイエンスを発行している団体)でも行われています。アドボカシーは,AAASの中心的活動の一つであり,“Advocacy for Science: Speak Up, Get Involved[9]”のスローガンで,なぜ一人一人が声を上げ関与する必要があるのかについての理解の普及を行っています。

米国と日本では,心理学も含めた科学の全般的なレベルに莫大なギャップがあります。これは必ずしも研究者のレベルの問題というわけではなく,研究者を取り巻く各種の環境が大きく異なるからでしょう。米国の研究環境が良い背景には,そのような地道な科学への理解の普及活動があるわけです。この環境の違い,日本の「こんなにひどい状況」を生んでいる要因の一つは,地道なアドボカシー活動が日本ではほぼ皆無であることなのではないでしょうか。

では,外国でこのようなアドボカシーがこれほど盛んであるのに対して,なぜ日本では全くと言っていいほど行われていないのでしょう?「なぜ政治家に直接アプローチしなかったのだろう」という言葉が出てきて,多くの方は違和感を覚えたのではないかと思います。この数十年の間,われわれ日本のアカデミアの人たちは政治に積極的に関わること,政治家と対話を行うことについて,心理的な抵抗感を持っている,というのが私の仮説です。「お金の関わる政治はダーティで低俗なものであり,高尚な学問を担う大学人は,そのような穢れたものから距離をおくべき」とか,「政治活動を行うことはキャリア上のリスク」というような感覚を持ってしまっていないでしょうか。各分野の学会とか,アカデミアといった集団で内集団を形成してしまって,性質の異なる外集団,この場合は政治家の方々に対してアグレッシブな上から目線になってしまっていないでしょうか。このあたりの仮説も含め,心理学を専門とされている皆さまにはトピックとしてぜひ研究していただきたい,という気持ちが強いです。

分野横断的な組織の必要性

ともかく,日本の科学の現状を詳細に調査した船田さん,畑さんは,このままでは日本の科学,さらには日本そのものも危ういと強い危機感を持ってくださっていることは確かでした。政府与党内のみならず他党の国会議員にも日本の基礎研究の凋落に危機感を持っている人は少なからずいらっしゃるとのこと。この危機を解消するためにやるべきことは山積しているわけですが,この会合の中で,双方の側で合意したのは,科学コミュニティが分野の壁を超えてしっかりまとまって対話を進めることのできる組織を創るべきであろう,ということです。以下,お二人の発言のまとめの一部をそのミーティングの議事録からとってきたものです。

今,アカデミアのコミュニティ自身が本気になってイニシアチブをとってくれないとだめだと思う。我々は一期の検討会で,政治家が絶対に無視できないはずのノーベル賞受賞者などの重要人物を並べて彼らに政治家への意見を直接いってもらったが,議員たちは簡単には聞く耳を持たない。この活動を通して,いかんせん,コミュニティとしてのアカデミアが弱い,という根本的な問題を感じている。偉い先生に講演をしてもらっても,彼らは分野ごとに自分たちの仕事がいかに重要であるか,自分の思いの丈を語るだけで終始してしまう。分野を超えて団結するというながれに持って行こうとしても,上の方の研究者の人たちにはその発想はないし,分断していて協力する様子が見られない。

そこで,「日本には分野横断的で誰でも参加できる組織,米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science;AAAS)のような組織が存在していないが,そういうものを日本でも立ち上げるとよいのではないか」との意見があがりました。国会議員の中にも科学技術の振興を支援したいというモチベーションのある方々は党派を超えてどの党にもいらっしゃるとのこと。そうした党派横断的な国会議員の方々,官僚や国民の皆さまと密接にコミュニケーションを行いながら,協力して日本の科学を盛り立てていく「日本版AAAS」のような組織を立ち上げましょう,と議論がまとまり,「日本版AAAS設立準備委員会」の発足につながったというわけです。

日本版AAAS,「日本科学振興協会」の設立

日本版AAAS設立準備委員会の発足時にマスメディアで報道されたように,この会には新進気鋭の若手・中堅の研究者が多数参加しています。しかし同時に,シニア研究者や,研究をサポートするさまざまな職種や企業の方々,初等中等教育の教員なども参加する多様性に富んだ会となっています。現在,すでに800名程度の方々に賛同いただき,190人以上の委員によるいくつかのワーキンググループが動き始めたところです。私がリーダーを務めている「研究環境改善ワーキンググループ」では,大学教員のみならず,大学院生から文科省の現役課長までを含む40人強のメンバーが,SlackやZoomを用いて,ざっくばらんな意見交換を行っています。日本の科学技術,大学が直面している危機を整理し,その原因と考えられる要因をまとめ,そもそも科学技術とは何か,日本の科学技術が目指すものは何か,を原点に戻って考えています。さらに,それらの目的を最も効果的に達成するため,大学・研究機関がどうあるべきか,研究関係者のキャリアパスや基盤的研究費の理想的なあり方とは,そしてそれらのグランド・デザインとはどのようなものかについて,小手先の改革案でなく,ゼロベースで検討してみているところです。

この会の目標は,一方向性の「提言」を発するだけでなく,国民の皆さま,政策の立案・決定に関わる方々と密接に対話しつつ,個々の案の実現を通じて,日本の科学を元気にすることにあります。科学技術政策などを担当する井上信治内閣府特命担当大臣(当時)からも,「このような取組が科学コミュニティの中でもっと進むように,政府としても,しっかりその取組を応援していきたいと思います」とのお言葉[10]をいただきました。現在,NPO法人の申請中で,認証され次第,会員の募集を始める予定です。

基盤的な研究費,キャリアパスなど,分野に依存しない研究一般に関連する案件は,各分野の個別の学会で扱うことには必ずしも適していません。各種の学協会との連携の呼びかけも行うとよいのでは,という考え方も強く,緩い学会連合のハブのような役割を担う可能性についても議論されています。

本場AAASの年次総会のようなお祭り的な企画も含めて一般国民/企業,専門以外の研究者などを対象にした研究紹介の場も設け,政治家・官僚の方々だけでなく,広く国民一般に科学の面白さ,重要性の理解と普及をはかることも検討されています。

「日本の科学を元気にしたい!」と思われる方がいらっしゃいましたら,ぜひご参加あるいは応援いただけますと幸いです。

文献

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