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【小特集】
マンガを科学する
マンガの魅力は今や世界的に認知されています。近年,心理学や認知科学では,マンガの表現形式,視点の取り方,読解過程などについて,ユニークな研究が繰り広げられています。本小特集では,読み手と描き手の双方の観点から,マンガを科学的に読み解いていきます。(清水由紀)
マンガ心理学の概観と展望
家島 明彦(いえしま あきひこ)
Profile─家島 明彦
大阪大学人間科学部卒業,京都大学大学院教育学研究科博士後期課程学修認定退学。2019年7月より現職。専門は生涯発達心理学,キャリア教育学。著書に『ビジュアル・ナラティヴとしてのマンガ』(編著,ratik)など。
はじめに
本稿では,心理学におけるマンガに関する研究の歴史を振り返りながら,マンガへの心理学的アプローチの可能性について考察する。具体的には,マンガに関する心理学研究(マンガ心理学)の過去を概観し,今後の方向性や可能性について展望する。
なぜマンガなのか
マンガの定義は多数あるが,ここでは「絵と文字とコマから構成される表現,物語」[1]としておく。マンガの歴史は長く,扱う対象やジャンルも広がっている[2]。マンガは今や日本を代表する文化であり世界中に広がっている。
なぜ心理学がマンガを研究するのかについては「心理学におけるマンガに関する研究の概観と展望」[3]という論文が,マンガを取り上げるメリット,メディアとしてのマンガの特殊性なども含めて整理している。具体的には,マンガの特徴を①「表現性(可視・可読性)」(絵と文字からなる複合メディアであること,独特の表現形式を持っていること),②「大衆性」(大衆的で広く普及していること,権威づけられていないので読みが自由であること),③「易読性」(紙媒体の娯楽品であること,自分のペースで読める,かつ,疲れている時でも気楽に読めること),④「空想性」(フィクションであること,人物・物語の設定・描写の自由度が高いこと)の4点にまとめた上で,現代人がマンガから少なからぬ影響を受けている実態に鑑み,心理学がマンガを(より正確には人がマンガから受ける心理的な影響を)扱うことの意義について論じ,マンガへの心理学的アプローチによる研究(領域)としての「マンガ心理学」を提唱している。
マンガ心理学の誕生
2000年以降,日本のマンガを対象とした学術的な研究が本格的に増え始めた。2001年には日本マンガ学会が設立され,心理学の領域でも学会でマンガに関するシンポジウムやワークショップが行われるようになった。例えば,日本心理学会第68回大会(2004年)ワークショップ「心理学とマンガ研究」,日本心理学会第69回大会(2005年)シンポジウム「メディアとしてのマンガ:いかに読ませるか,どう読むか」などがあり,これらにおいては「表現形式」や「情報メディアとしての機能」に焦点が当てられていた。こうした時代の流れの前提として,日本におけるマンガの量的増加と質的向上,読者層の拡大,文化としての捉え直しなどマンガ文化の浸透があったことは言うまでもない。
2006年11月3日,福岡国際会議場で開催された日本心理学会第70回大会において「マンガと心理学のコラボレーション:マンガ心理学の可能性を考える」というワークショップが行われた。奇しくも「マンガの神様」と言われた手塚治虫の誕生日(11月3日)でもあった。おそらく「マンガ心理学」という用語が公式な心理学の大会発表論文集に初めて登場したのはこの時である。
このワークショップでは,①既存のマンガ研究として,社会学,文学,美学,教育学,言語学,宗教学,芸術論,記号論,表現論,マスコミュニケーション論(マス・メディア論),産業論など様々な学問領域でマンガに関する研究が進んでいるが,それらにおける研究対象はマンガ自体であって影響の受け手である人間の心理メカニズムではない(心理学が参入する余地がある,心理学が研究する意義がある)こと,②マンガが与える心理的影響に関する過去の議論は,子どもへの悪影響に関するものが中心で,大人への影響やポジティブな影響に関する議論や実証的研究は少なかったこと,③先行研究としては教育心理学(マンガを学習教材として扱う研究など),認知心理学(マンガの読みに関する研究など),臨床心理学(思春期心性に関連させた研究など),社会心理学(マンガ上に見られる表現や情報量をカウントする計量的研究など)の分野に多く見られたことなどが報告された。
マンガ心理学の展開
2006年のワークショップ後に有志で立ち上げた「マンガ心理学研究会」は,日本心理学会の助成研究集会に採択され,2008年度から2011年度までの4年間「日本心理学会マンガ心理学研究会」として活動した。その活動とは日本心理学会の大会時にワークショップを開催することであり,2009年度から2011年度まで「マンガ心理学の展開」と銘打った一連のワークショップを開催した。それぞれのワークショップにおいて「○○心理学からのアプローチ」という副題を付けて,各領域の研究者に登壇してもらい,具体的な研究事例に関して話題提供や指定討論をしてもらった(表1)。
マンガ心理学の方向性
我が国における全研究分野の科研費採択課題について検索することができる科学研究費助成事業データベース(KAKEN)において,「マンガ/漫画 心理学」「マンガ/漫画」をキーワードに検索すると,マンガへの新しいアプローチが見えてくる。最近の研究課題名を列挙すると「視線計測システムによるまんがリテラシー解明の研究」「笑いのジェームス・ランゲ説の脳内メカニズムの研究」「視線計測に基づくマンガ読みの個人差の解明」「漫画画像を対象としたコンテンツ解析に関する研究」「マンガ読解時の視線情報から読み手の共感性を測る」「マンガ教材学習過程の生体情報解析に基づく個別適応型学習システムの構築」などがある。
このように,2016年以降は,マンガを読んでいる時の視線情報や脳波情報,マンガ教材学習時の生体情報などを分析する研究課題の採択が増えてきている。測定機材やデータ解析ソフトが入手しやすくなったことも影響していると考えられるが,教育工学や認知科学の分野でマンガ研究が増えてきている。これらの傾向は新しい時代のマンガ心理学の方向性を示唆しているとも言えよう。
マンガ心理学の可能性
マンガの国際化は急速に進んでいる。MANGAが国際語として通じるか否かは別として,日本産コンテンツで育った海外青年は着実に増えてきており,海外におけるマンガ読者の裾野も拡がってきている。まずは日本におけるマンガ読者の研究をしっかり行うことが重要であり,少しずつ二国間比較研究(例えば,マンガ読者の日米比較研究)を開始していく必要がある。そして徐々に,多文化横断的なマンガ読者の研究を展開していく必要があるだろう。多文化横断的なマンガ読者の研究は,それぞれの文脈におけるマンガと読者の相互作用のあり様をより明確に捉えやすくし,それが更に,マンガの影響を文脈に沿って理解することにつながっていくという,循環的な相乗効果を生む可能性を持っており,今後の研究が大いに期待されるところである。
まとめ
平成の時代に「マンガ心理学」が提唱されている。マンガへの心理学的アプローチは多様,かつ,先行研究が多数あるが,文学や社会学とは異なる心理学独自のアプローチを目指すべきである。日本のマンガは世界に普及しており国際比較研究も期待できる。令和の時代の「マンガ心理学」を担うのは読者の皆さんである。どのような調査・研究があり得るのか今後を展望していただきたい。
文献
- 1.家島明彦 (2018).「マンガ」能智正博・香川秀太・川島大輔・サトウタツヤ・柴山真琴・鈴木聡志・藤江康彦(編)『質的心理学辞典』(pp.298–299).新曜社
- 2.呉智英 (1997).『現代マンガの全体象』双葉文庫
- 3.家島明彦 (2007).「心理学におけるマンガに関する研究の概観と展望」『京都大学大学院教育学研究科紀要』53, 166-180.
- *COI:開示すべき利益相反はない。
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