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【特集】

男女格差とダイバーシティ社会への移行

広島大学大学院人間社会科学研究科 教授

坂田 桐子(さかた きりこ)

Profile─坂田 桐子
広島大学総合科学研究科などを経て2020年より現職。専門は社会心理学。博士(学術)。著書に Gender Stereotypes and Expected Backlash for Female STEM Students in Germany and Japan. Frontiers in Education, https://doi.org/10.3389/feduc.2021.793486(共著),『社会心理学におけるリーダーシップ研究のパースペクティブⅡ』(編著,ナカニシヤ出版)など。

日本社会の現状と課題

日本で「ダイバーシティ社会」という言葉を聞くようになって久しい。社会で使われている「ダイバーシティ社会」という概念を概観すると,「性別,年齢,人種や国籍,障がいの有無,性的指向,宗教・信条,価値観などの違いにかかわらず,全ての人が受容されていて差別されることがなく,活躍できている社会」といった意味合いで使われることが多く,このような社会こそが創造性や競争力を高めるものであると考えられている。ダイバーシティ社会の推進は今後の日本にとって必要不可欠であるが,日本ではそもそも人口の半分を占める「女性」の能力が十分に活かされていないという現状がある。

日本の男女格差は解消に向かいつつあるものの,その変化は非常に遅い。2021年のジェンダー・ギャップ指数は0.656(156か国中120位)に留まっており,管理職,専門職・技術職など,いわゆる指導的地位における女性比率の低さがこの順位の低さに関係している。また,日本には伝統的性役割も根強く残っている。内閣府による2019年の調査[1]において「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである」という伝統的性役割に「賛成・どちらかといえば賛成」と回答した人は,女性で31.1%,男性で39.4%となっており,先進諸国の中では高い比率である。日本は意識面での変化も遅い国であると言えよう。

このような現状を,内閣府が看過してきたわけではない。既に2003年には,男女共同参画推進本部において,「2020年までに指導的地位に女性が占める比率が少なくとも30%程度になるよう期待する」という数値目標が決定されていた。以来,様々な取り組みが進められてきたが,女性活躍推進法など,義務づけや罰則を伴う強制力のある施策の開始は過去10年間に集中している(表1)。この10年の間には障がい者や高齢者の雇用も推進されていることを考慮すると,日本では,男女格差が解消されていない状況で,障がいや年齢等も含むダイバーシティ経営が,トップダウンの形で,同時期に,かつ急速に進められている状況であると考えられる。そのため,組織や個人によって,女性活躍やダイバーシティに対する捉え方のばらつきが大きく,女性活躍の取り組みが「女性優遇の逆差別」であるという批判も聞かれる。

表1 ダイバーシティ推進に関連する政府の取り組み
表1 ダイバーシティ推進に関連する政府の取り組み

このように,ダイバーシティ社会に向かう混沌とした過渡期には,過渡期ならではの解決すべき課題があることが,主に欧米の先行研究において示唆されてきた。ここでは,そのような課題を3点に絞って考察する。

好意的性差別主義

女性活躍推進法等によって,組織の制度改革は進行しつつあるが,個々人の知識枠組みとしてのジェンダー・ステレオタイプは急速に変化するわけではない。そのため,対人的相互作用におけるジェンダー・バイアスの影響は,外部からの介入が困難な問題として残されることになる。一般には十分に知られていないバイアスとして,好意的性差別主義(benevolent sexism)[2] が挙げられる。これは,伝統的女性役割を果たす女性を,保護され崇拝されるべき純粋な生物と見なす騎士道的なイデオロギーであり,「女性は男性から大事にされ,守られなければならない」といった考え方を含む[2]。一見すると女性を賛美する態度のように見えるが,実際には妻や母といった伝統的性役割に従う女性のみを肯定し,従わない女性を敵視する巧妙な形の差別主義である。先行研究では,女性に対する露骨な敵意(敵意的性差別)よりも,好意的性差別の方が女性にとって有害であることが示されている。例えば,化学工場の採用面接を模した実験では,リクルーターが女性志願者に対して敵意的性差別に該当する見解を述べる条件よりも,好意的性差別に該当する見解を述べる条件において,その後の女性志願者の認知的課題の遂行成績が低かった[3]。好意的性差別は,暗黙のうちに「女性は能力が低い」という見解を含んでいるため,それを受けた女性に,自身の能力に対する自己疑念などの侵入的思考をもたらし,認知資源を要する課題の遂行を阻害すると考えられている。一方,敵意的性差別に晒された女性は,そこで生じた不快さを相手の「差別」に帰属することができるため,課題の遂行は阻害されにくいのである。

好意的性差別を受けることの効果を組織現場で実証した研究は乏しいが,著者は20~39歳の正社員女性を対象とした調査により,好意的性差別を経験した程度が高いほど職場における状態自尊心が低いという関連を見出している[4]。また,この調査では,回答者の所属組織の女性活躍促進風土と好意的性差別経験度との間に相関がないことも示されている。自尊心は女性の昇進意欲との関連が強いことを考慮すると,好意的性差別を経験することが女性の活躍を妨げかねないことが示唆される。育児中の女性の業務負担を(好意により)軽くしようとして,チャレンジ性の低い定型的な仕事に配置することなどは好意的性差別に該当する可能性があるが,たとえ育児中であっても上司が実力より困難な仕事を任せる方が女性の昇進意欲が高いことを示す調査結果[5]もある。好意的性差別は,行為者側も受ける側も自覚しにくい差別であるだけに注意が必要であるが,好意的性差別がどのような組織文脈でも(例えば女性が多数派の組織でも)有害な効果しかもたらさないのかという点については,さらに検討が必要である。

公平性の幻想

表1で示した施策によって,自社のウェブサイト等でダイバーシティ推進方針を明示し,社内に女性活躍を推進するセクションを設置したり,各種研修によって偏見やステレオタイプの低減を試みる企業も増えつつある。しかし,欧米の先行研究では,このような取り組みが期待されるほどの効果をもたらさないことも示されてきた[e.g., 6]。これには,公平性の幻想(illusion of fairness[e.g., 7])が関わっていることが指摘されている。公平性の幻想とは,ダイバーシティ推進のための取り組みがあることによって,その有効性にかかわらず,「この組織は過少代表集団(=女性や人種的マイノリティ)に対して手続き的に公正である」という幻想がもたらされることを指す。この幻想が生じることにより,現実には過少代表集団に対する差別が存在する場合であっても,組織成員がそれに気づきにくくなり,差別があることを訴えるメンバーに対して厳しく反応するようになる[7]。公平性の幻想の効果は,組織における高地位集団(男性)だけでなく,差別の対象となりやすい低地位集団(女性)にも生じることが示されている[8]。この現象は,人々が結果の公正より手続き的公正によって説得されやすいことや,自分たちの社会システムを公正で正当であると認知するように動機づけられていること(システム正当化動機)から説明されている。

ダイバーシティ推進の取り組みが活発化しつつある日本の組織においても,公平性の幻想により差別の存在を検出しにくくなる皮肉な現象が生じているのかが検討される必要がある。公平性の幻想が生じれば,偏見の低減や差別の解消が遅れることになり,特に偏見のターゲットになりやすい少数派メンバーの活性化は阻害されることが予想される。

ダイバーシティ・イデオロギー

ダイバーシティ関連施策は,現実に働きかけて変化を促すだけでなく,その背後にある理念や方針を人々に伝達する機能をもつ。人々の多様性に対してどのようにアプローチすれば調和のとれた社会が実現できるのかに関する信念(ダイバーシティ・イデオロギー:以下DI)は,表2に示す通りidentity- conscious イデオロギーとidentity- blind イデオロギーに大別される[e.g., 9]。各DIが集団間関係に及ぼす効果については,主に人種・民族集団に焦点を当てた研究が蓄積されている。近年のメタ分析によると,外集団への偏見やステレオタイプについて,多文化主義(以下MC)やカラーブラインドネス(以下CB)の支持は負の関連を,また支配的集団のメンバーによる同化主義の支持は正の関連を示すことが明らかにされている[9]。しかし,上位集団のリーダーがCBを支持している場合には,少数派メンバーが上位集団内での関係葛藤を経験しやすく,所属感が低くなることも報告されており[10],人種・民族における集団間葛藤低減についてはMCの有効性を報告したものが比較的多いようである。

表2 ダイバーシティ・イデオロギーの種類
表2 ダイバーシティ・イデオロギーの種類

表2 ダイバーシティ・イデオロギーの種類
注:identity-blind ideologiesおよび多文化主義の定義については文献[9]に基づく。全包摂的多文化主義は文献[13],ポリカルチュラリズムは文献[14]に基づく。

一方,数少ないジェンダーに関するDI研究では,むしろジェンダー・ブラインドネス(以下,GB)の有効性が示されているe.g., 11。これは,ジェンダーにおけるMCは,スキルやパーソナリティにおけるステレオタイプ的なジェンダー役割に焦点を当てることになるため,組織文脈では結局のところ女性の活躍を妨げるからと解釈されている11。ただし,GBも万能ではない。女性が極端な少数派(5%)である場合は代表性懸念(社会集団の「代表者」のように感じる個人の懸念であり,自分のパフォーマンスが集団成員性のレンズを通して評価されるという不安)を強く感じるため,特に平等を強調したアプローチが有効だが,適度な代表性がある場合(40%)は,違いに価値を置くMC的なアプローチが有効であることを示した研究もある12。要するに,対象(人種・民族かジェンダーか)やジェンダー比の程度などによって,有効な理念や方針が異なる可能性があることに留意する必要がある。ジェンダーや人種・民族を含めた「ダイバーシティ」を推進する際,画一的にMCを強調するような進め方には注意が必要であり,日本でもDIの効果に関する実証的検討が必要である。

おわりに

日本はダイバーシティ社会に移行すべく様々な取り組みを実施しているが,この動きを過信して「放っておいてもいずれダイバーシティ社会が実現できる」と考えるのは禁物である。過渡期に失敗しないために,心理学者が実証的に検討すべき研究課題は多々あると著者は考えている。

文献

  • 1.内閣府 (2019) 「2.調査結果の概要,図13」『令和元年度男女共同参画社会に関する世論調査』https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-danjo/2-2.html (2022年1月29日)
  • 2.Glick, P., & Fiske, S. T. (1996) The ambivalent sexism inventory: Differentiating hostile and benevolent sexism. Journal of Personality and Social Psychology, 70, 491–512.
  • 3.Dardenne, B., Dumont, M., & Bollier, T. (2007) Insidious dangers of benevolent sexism: Consequences for women’s performance. Journal of Personality and Social Psychology, 93, 764–779.
  • 4.坂田桐子 (2018) 「女性の昇進を阻む心理的・社会的要因」大沢真知子(編著)『なぜ女性管理職は少ないのか:女性の昇進を妨げる要因を考える』青弓社(pp.25-64)
  • 5.山谷真名 (2013) 「上司の職場マネジメントと女性の昇進意欲・モチベーション」『育児をしながら働く女性の昇進意欲やモチベーションに関する調査(2013年度)』21世紀職業財団(pp.53-80)
  • 6.Kalev, A., Dobbin, F., & Kelly, E. (2006) Best practices or best guesses? Assessing the efficacy of corporate affirmative action and diversity policies. American Sociological Review, 71, 589–617.
  • 7.Kaiser, C. R., Major, B., Jurcevic, I., Dover, T. L., Brady, L., & Shapiro, J. R. (2013) Presumed fair: Ironic effects of organizational diversity structures. Journal of Personality and Social Psychology, 104, 504–519.
  • 8.Brady, L. M., Kaiser, C. R., Major, B., & Kirby, T. A. (2015) It’s fair for us: Diversity structures cause women to legitimize discrimination. Journal of Experimental Social Psychology, 57, 100–110.
  • 9.Leslie, L. M., Bono, J. E., Kim, Y. (S.), & Beaver, G. R. (2020) On melting pots and salad bowls: A meta-analysis of the effects of identity-blind and identity-conscious diversity ideologies. Journal of Applied Psychology, 105, 453–471.
  • 10.Meeussen, L., Otten, S., & Phalet, K. (2014) Managing diversity: How leaders’ multiculturalism and colorblindness affect work group functioning. Group Processes and Intergroup Relations. 17, 629–644.
  • 11.Gündemir, S., Martin, A. E., & Homan, A. C. (2019) Understanding diversity ideologies from the target’s perspective: A review and future directions. Frontiers in Psychology, ArtID: 282.
    http://dx.doi.org/10.3389/fpsyg.2019.00282
  • 12.Apfelbaum, E. P., Stephens, N. M., & Reagans, R. E. (2016) Beyond one-size-fits-all: Tailoring diversity approaches to social groups. Journal of Personality and Social Psychology, 111, 547–566.
  • 13.Jansen, W. S., Otten, S., & van der Zee, K. I. (2015) Being part of diversity: The effects of an all-inclusive multicultural diversity approach on majority members’ perceived inclusion and support for organizational diversity efforts. Group Processes & Intergroup Relations, 18, 1-16.
  • 14.Rosenthal, L., & Levy, S. R. (2010) The colorblind, multicultural, and polycultural ideological approaches to improving intergroup attitudes and relations. Social Issues and Policy Review, 4, 215–246.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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