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裏から読んでも心理学

睡眠大事ですよね!(ね?)

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

常日頃1日12時間は寝たいと思っているので,短い睡眠時間でバリバリ働ける人に羨望や感謝と共に少々の疎ましさも感じてきたことを告白します。そんなんですから「皆,もっと寝なきゃだめだよ」的な研究ばかり読んでしまうのは致し方がない。今回もそういうやつかなと期待して読んだのが睡眠フィールド実験研究でした(Bessone et al., 2021)。寝るのは簡単でも,寝かせるのって,なかなか難しいではないですか。寝てほしくない学生はよく寝るし,寝てほしい赤ん坊はまったく寝てくれない。それを実験したってあなた,どうやって人々の睡眠時間を操作したのさ?

読んでみたらシンプル。お金でした。普段の睡眠時間を測っておいて,それより長く寝られたら1分あたり定額制の明朗会計。というのは盛りすぎで,お金を払ったのは実験群の半分に対してで,残り半分には睡眠アドバイスと睡眠補助具を貸し出すことで睡眠時間向上を図りました。アイマスクとか耳栓とか扇風機とかマットレスとか簡易ベッドとか枕とかシーツとか。書き忘れていましたがインドの貧困層を対象とした研究で,これらを持ってない参加者も多かったのです。

なかなか力技な研究で,実験参加者にはまるまる1ヶ月間フルタイムの仕事(=実験)に従事してもらう。フレックスタイムで,だいたい1日8時間,パソコン入力などの「仕事」をしてもらいます。並行して1ヶ月間,腕時計型デバイスで睡眠時間を測りまくった。それを452人ぶん。データ収集に約1年半かかったというのも,むべなるかな。

果たして効果はあったのか。アドバイス+補助用具で20分,金銭的報酬も付くと38分,夜間の睡眠が増えたそうです。報酬が出るなんて聞いたらむしろ緊張して眠れないんじゃないかと心配したのですが,参加者のほうが一枚上手でした。単純に布団にいる時間を長くしてたのです。その分,眠ってる時間も長くなる。そりゃそうか。納得感がすごい。

納得いかないのがその先です。睡眠時間は長くなったけど,その他には特に何も良いことが無かったというのです。パソコン作業の効率が上がったり,そのお陰でお給料(歩合込み)が増えたり,そういうことがない。作業効率はほんのちょっと上がったけど,布団時間が増えた分,労働時間が減ってる。ために全体として稼ぎはちょびっと減ってしまった(有意ではない)。昼寝の効果も調べていて,そっちは少し効果あったというのですが,職場で大手を振って寝る口実にはいささか物足りない。

参加者の睡眠パターンを見てみると,夜間に何度も何度も何度も(平均して32回)起きてしまっていました。そんな環境の人々の状況を,簡易ベッドや扇風機くらいで改善できるものではなかったのだろうと記す文から,著者らが肩を落とす後ろ姿が煤けて見えました。

米国で研修医の連続勤務時間の上限を引き下げるフィールド実験をしてみたら,睡眠時間は伸びたし主観的には注意力も上がったというのに,なぜか医療ミスが増えてしまったなどという研究もあります(Barger et al., 2019; Landrigan et al., 2020)。日々の生活はさまざまなバランスで成り立っていて,でも人々が何をどうバランスさせているのかは,揺さぶってみて初めて分かったりすることもあるのでしょう。そういう意味で,予想や期待と違ったとしても,当初の計画通りにデータが分析され,報告されたことを感謝するべきなのでしょう。たとえそれが,寝坊や昼寝の言い訳を与えてくれない,個人的に残念な結果であったとしても(Laitin et al., 2021)。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

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