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「光陰矢の如し」とはよく言ったもんだ

Masami Takahashi
米国イリノイ州立ノースイースタン大学心理学部 教授

Masami Takahashi(マサミ タカハシ)

Profile─Masami Takahashi
1990年ヒューストン大学心理学部学士・修士課程修了。1999年テンプル大学心理学部発達心理学科博士課程修了(Ph.D.)。1999年より現職。専門は発達心理学。編著にTakahashi, M. (Ed.). (2020) The empirical study of the psychology of religion and spirituality in Japan. San Antonio, TX: Elm Grove, など。

引退を見据えた現在に至るまで40年間の滞米生活である。もともと留学には全く興味がなく,英語はおろか勉強嫌いで始まった留学生活であり当初はいろいろ戸惑った。人が話している文がどこで切れるのか,質問されているか否かということすらわからないレベルであったが,楽観的な性格であること,またインターネットという言葉すらない時代であるから日本語からは隔離され,毎日の生活を数年しているだけで自然と人並みの言語能力は身についた。しかし大学での勉強は別物だった。アメリカの大学はリベラルアーツの理念で学部1~2年は広く浅くの必修があるわけだが,当時はギリシャ古典から始まってシェークスピアなど全く読んだことがない西洋文学・知識史が必読で,また翻訳本は難解すぎて読めなかったため四苦八苦した。成績は良くなかったが遅まきながらこの時期が自分の「学問」に目覚めた時期だったと思う。初めて心理学に興味をもったのは学部3年時で,当時は毎食ビーンズで2年間を過ごしたが,自分の好きな学問を見つけたことでそれほど苦しかった思い出がない。それより毎学期自分の知識量が膨大に増えていく感覚が嬉しかった。しかし,修士を経て博士課程では周りにいる院生が別次元のような気がした。考えてみればアメリカの心理学博士課程のほとんどは授業料免除と奨学金があり,大学側からすれば一人の院生に対して卒業までに数千万円の「投資」をするわけであるから,それだけ期待された人々であったことは確かである。のちに博論のテーマや主査を選ぶのにも自分の責任・興味が9割ほどであることも大学側からすればその期待の裏返しかもしれない。大きなグラントを持っている教授と考え方が合って,その傘下で研究するほうがキャリア的には近道だろうが,自分は当時まだ未開発の「叡智」という概念をテーマにしたため,主査からのサポート等はあまりなかった。その反面,自主性を尊ぶ主査らの指導によって,自分の好きなことを一からやり遂げることを会得したことが,その後「叡智」に限らず「宗教性」や「スピリチュアリティ」などの新しい概念研究や神風パイロットの映画作り(https://store.der.org/the-last-kamikaze-p679.aspx)につながったように思う。その後は自分の好きな研究をサポートしてくれる小規模の州立大学で20数年を過ごしている。この間,自分の好きな研究だけをしてきたことがある程度の結果を残すことにつながった。そのためテニュアや昇進などの査定もあったが,実績を残さなければならないというストレスを感じたことは一度もなかった。またアメリカの大学の多くは9か月契約であるが実質年間8か月間の拘束で,それ以外は何をしてもいいという自由さがある。また委員会や会議なども多少あるがそれほど苦にはならない。ちなみにここ10年ほどで月1回(年8回)の学部内会議を除いて,半強制的な会議・委員会出席は皆無である。

コロナ禍で少し自分の中に脱力感があったが,学部内でも古株となってきた最近は自分の研究だけでなく講義や進路指導にも多少力が入ってきたように思う。またこの数年に同僚の多くが引退しており,自分の引き際というのも考えざるを得ない。アメリカは年齢差別の観点からもほとんどの職業で「定年」がなく,大学教員も希望すれば働き続けることができる。ただ大学の経営側からすると給料が上がり続けるために高齢の教授陣に対してはさまざまな「引退パッケージ」を提示して引退を促すようである。イリノイ州の場合25年ほど勤務すると現役時給料の約7~8割のペンション(日本でいう厚生年金に近いものだと思う)を余生の続く限りもらうことができる。個人差もあり,またアメリカは医療費や固定資産税などが非常に高いため一概に比較はできないが,この手厚さは引退後もあまりカツカツにならずに自分の好きなことをしながら余生が送れるということであろう。もちろんこれもそれまで長生きすれば,の話である。

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