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こころの測り方
Exkumaで経験サンプリング法
尾崎 由佳(おざき ゆか)
Profile─尾崎 由佳
東海大学チャレンジセンター講師,東洋大学社会学部准教授などを経て2021年より現職。博士(社会心理学)。著書に『自制心の足りないあなたへ:セルフコントロールの心理学』(単著,ちとせプレス)など。
“経験サンプリング法”といっても数年前までは「なにそれ?」という反応が大半でしたが,最近,認知度が高まってきたように思います。しかし「興味はあるけれど,なんだか大変そう」という印象を持っている方も多い模様です。そこで本稿では,近年の技術的進歩によって,経験サンプリング法による調査実施が飛躍的にカンタンになったことをお伝えします。
経験サンプリング法(ESM)とは
まず,経験サンプリング法(Experience Sampling Method; ESM)について説明しましょう。これは,日常生活を送る調査対象者から1日数回×数日間にわたってデータを取得するという調査手法です。
ESMは,データを記録するタイミングに関して3つの種類に分けられます。
a)イベント・ベースの方法では,特定の出来事を経験したときにデータ収集を行います。
b)インターバル・ベースの方法では,一定の間隔をおいてデータ収集を反復します。
c)シグナル・ベースの方法では,調査対象者の活動時間帯内の無作為なタイミングでデータ収集を行います(図1)。このとき,調査対象者に回答タイミングを知らせるための通知(シグナル)を用います。
こうしたESMの手法によって,日常生活の中で生じる行動・心理状態およびそのときの周囲環境についての情報をその場で記録し,それらの変数間の関連性や,時間経過に応じた推移を検討することが可能になります。高解像度の時系列データに基づいて個人内/個人間レベルの各変動を分析できることが,研究法としてのESMの強みといえます。
ESMの特長については,本誌91号に掲載された「経験サンプリング法は何が優れているのか」[1]にも詳しく説明されているので,ご参照いただければと思います。
ESMと技術的進歩
ここまで読み進めて「やっぱり大変そうだなぁ」という感想を持った方もいらっしゃるかもしれません。確かに,高頻度かつ継続的なデータ収集を行いますから,調査の対象者側にも実施者側にも,関連した負荷がかかります。ただし,近年の技術的進歩により,この負荷はかなり軽減されました。
心理学の調査法としてESMが用いられはじめた1970年代当時は,調査対象者が記録用紙を持ち歩き,アラーム時計が鳴るたびに自ら記入するというアナログな方法が採られたそうです。それから約半世紀が過ぎ,ESMの手法も様変わりしました。特に大きな革新をもたらしたのは,2000年代以降,スマートフォンを介したESM調査が行われるようになったことです。すなわち,人々が普段持ち歩いているスマートフォンを通じて,回答タイミングの通知や,データ収集が行われるというしくみです。
このスマートフォンを介したESMが登場したことにより,調査対象者・実施者の双方にとって利便性が向上し,ESMは魅力的かつ使いやすい研究手段のひとつとなりました。
Exkuma:日本向けのESMツール
スマートフォンを介したESM専用のソフトウェアが多数開発されています。この専用ソフトウェアを使用することで,通知のタイミングを容易に設定し,データを効率的に収集することができます。これらのうち,本稿では,日本国内のスマートフォン利用状況に適したものになるよう開発されたExkuma (https://exkuma.com)を取り上げ,紹介します。
Exkumaの特長は,①LINEアプリによる通知,②手続きの容易さ,③日本語表示対応という3点にまとめられます。
①LINEによる通知
ESMでは,測定を繰り返すほどに回答率が漸減するという問題が発生しがちであり,何らかの対策が必要となります。対策の一環として挙げられるのは,回答タイミングの通知に,調査対象者がなるべくすばやく確実に気付くようにすることです。この点に関して,ExkumaではLINEアプリを介した通知を行うことで対応しています。具体的には,回答タイミングになるとLINEメッセージが届き,そこに含まれるURLをタップするとWebブラウザ上で調査フォームが開くしくみになっています。
LINEアプリは,日本国内においてにおいてコミュニケーション・ツールとして広く普及しています。そのため,調査対象者の大半がLINEを普段から使い慣れており,通知を受け取ったらすばやく確実に反応することが期待できます。さらに,EmailやSMSはスパムフィルタ等の影響を受けやすい一方,LINEメッセージの場合は(受信者がブロックしない限り)確実に届くという安心感があります。
ExkumaによるLINE通知の有効性について検討した一連の研究[2]では,通知メッセージの送信から開封までにかかった時間は中央値が6~10分間と短く,また回答率はESM調査開始日から最終日まで一貫して高い水準(約80~90%)で維持されました。つまり, LINEによる通知に人々がすばやく気付き,安定して反応するという点で,高い有効性が示されたといえます。
②手続きの容易さ
先に述べたとおり,ExkumaではLINEで回答タイミングを通知し,Webブラウザで設問表示と回答データ収集を行います。国内のスマートフォン使用者の大半がこれらのアプリをすでにインストール済みであるため,新規アプリのダウンロードは不要です。その点において,調査対象者の手続き上の負担を軽くすることができます。
調査実施者側の手続き面でも,利便性が高くなっています。事前準備として設問作成と各種設定の作業はもちろん必要ですが,ESM調査開始後の手続き(通知送信やデータ回収など)はすべて自動で行われます。いうならばExkumaに「おまかせ」状態となり,調査実施者は進行状況を見守ることが主な仕事ということになります。メッセージ送信・開封状況や回答状況をモニタリングするしくみがありますので,調査が順調に進行していることを常時確認できます。
③日本語表示対応
スマートフォン上で調査設問の表示と回答入力を行うためには,狭い画面内でも見やすい表示形式になっていることが大切です。Exkumaは多種類の設問スタイルが用意されていますが,いずれもスマートフォン画面での見やすさが確保され,日本語に対応しています。特に「マトリクス」と呼ばれる多段階評定形式において縦書き表示になるところが特徴的で,日本語ならではの画面構成が工夫されています(図1右端)。
費用のこと
Exkumaは,ソフトウェアの品質維持・向上のため有償となっています。有料プラン(年間49,000円:税込)であれば,全機能使用可・回答数無制限です。無料トライアルも提供されており,一部制約がつきますが全機能を試すことができます。上記以外には,LINEメッセージの送信費や,調査対象者への謝礼等が別途,費用として発生します。
一般社団法人日本経験サンプリング法協会(https://jesma.jp/)では,若手研究者のESM研究を支援するための助成制度を設けています。また,協会のWebサイトでは,ESMやExkumaについてより詳しく解説しています。さらに,最新情報として,プログラミング知識の全くない人でもカンタンに,そしてあっという間にオンライン心理学実験を作成できるソフトウェアPsychexp (https://psychexp.com) も紹介していますので,よろしければぜひご覧ください。
まとめ
スマートフォンを介したESMと専用ソフトウェアの開発により,ESM調査の実施は飛躍的に容易になりました。この手法を読者のみなさまのご研究のために役立てていただけましたら幸いです。
文献
- 1.伊藤言 (2020)「経験サンプリング法は何が優れているのか」心理学ワールド, 91, 34-35.
- 2.尾崎由佳 (2020) 「Exkumaによる経験サンプリング法:LINEアプリを通じたシグナリングとその効果検証」日本心理学会第85回大会発表
- *COI:本記事の著者は,一般社団法人日本経験サンプリング法協会(JESMA)の代表理事を務めています。JESMAはExkumaの委託販売を行いますが,収益はすべて運営経費およびESMに関する研究助成に使用されます。著者はJESMAからの報酬を受け取っていません。
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