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Psychology for U-18 高校生に伝えたい

公民科の内と外の心理学

楠見 孝
京都大学大学院教育学研究科 教授,研究科長,教育学部長

楠見 孝(くすみ たかし)

Profile─楠見 孝
学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程中退。博士(心理学)。専門は認知心理学。著書に『実践知』(共編著,有斐閣),『ワードマップ 批判的思考』(共編著,新曜社)など。

本シリーズは,2022年度からの高等学校学習指導要領の改訂に伴って,公民科『倫理』の中に,心理学の内容が従前以上に導入されることにあわせてスタートする企画です。

これまで心理学は,高校の教科にはなく,公民科の『倫理』と『現代社会』の一部で取り上げられてきました。その内容は,青年期の課題や現代思想としての精神分析が取り上げられていて,心理学の発展を踏まえた更新があまりされずに,60年以上にわたって続いてきました。こうしたことは,大学入学後に,学習者が高校時代に描いていた心理学と大学で学ぶ科学的な心理学とのギャップを生み出す一因にもなっていました。

そこで,日本心理学会では,心理学者による高校生対象の授業「私の出前授業」の連載を本機関誌『心理学ワールド』において,2011年から続けています。その中でも紹介されている「高校生のための心理学講座」は2012年から全国で開催され,現在はYouTube版もあります。さらに,2018年には,日本心理学会の教育研究委員会に高校心理学教育小委員会(市川伸一委員長)が設置されて,高校教員や高校生への支援方策について検討しています。その方策として,心理学の学びを深めるリソースとして,webページや参考資料の作成があり,本連載もその一つであり,高校教員と高校生を読者対象としています。

公民科における心理学の新たな内容

新学習指導要領の公民科目改訂によって,2科目で心理学の内容が扱われることになりました。

1,2年生が学ぶ新設必履修科目『公共』(2単位)では,現行の『倫理』で扱われてきた「青年期の課題」が,学習指導要領の大項目〘公共の扉〙における中項目〔公共的な空間を作る私たち〕の中で,「生涯における青年期の課題を人,集団及び社会との関わりから捉え,他者と共に生きる自らの生き方についても考察」するように「内容の取り扱い」で示されています。

一方,心理学の新たな内容が導入されたのが,2,3年生が学ぶ選択科目『倫理』(2単位)です。〘現代に生きる自己の課題と人間としての在り方生き方〙において,個性,感情,認知,発達などに着目して,自己形成に向けて,思索を深めるための人間の心の在り方について理解することになりました。学習指導要領の「内容の取扱い」には「青年期の課題を踏まえ,人格,感情,認知,発達についての心理学の考え方についても触れる」というように,「心理学」という学問領域名がはじめて登場しています。

学習指導要領解説では,『倫理』において,人間の心の在り方について理解する際に着目すべき視点としては,以下の4つを挙げています。「個性は,一人一人の人間にはどのような性質の違いがあるのか,その違いはいかに形成されるのか」,「感情は,物事に対して起こる人間の気持ちにはどのような特徴があるのか,またそれは人の適応にとってどのような意味をもつのか」,「認知は,知覚,記憶,推論,問題解決といった人間の知的な活動にはそれぞれどのような特徴があるのか」,「発達は,人間の心の機能は生涯にわたっていかに変化するのか,その変化はどのような要因によって起こるのか」です。

さらに,「こうした多様な視点に着目した学習を通して,人間がどのように感じ,学び,考え,行動し,発達するか,またそこにはどのような一人一人の違いがあるのかに関する心の仕組みと成り立ちを理解」すること,そして,『倫理』の教科としての視点である「それらを踏まえて,人間とは何かを改めて自ら思索し,他者と共によりよく生きる自己の生き方についての思索を深めること」が強調されています。

さらに,注意点として,「心理学の学説や各種の実験や観察の結果の紹介を知識として習得させる指導で終わることのないよう」にとあります。それは,『倫理』における位置づけである「現代に生きる自己の課題と人間としての在り方生き方について思索を深めるための手掛かりとして学習することができるよう工夫」が求められているからです。

また,「他の教科等における精神の健康や適応,発達などに関わる学習との関連」づけを行う必要が挙げられています。すなわち,心理学の内容は,公民科の新教科『公共』『倫理』の枠には収まらず,図1に示すように,様々な教科で取り上げられており,それらを関連づける必要があるのです。その例を次に挙げます。

図1 公民科の内と外の心理学
図1 公民科の内と外の心理学

様々な教科における心理学の内容

理科

『生物基礎』では,〘ヒトの体の調節〙において〔神経系と内分泌系による調節〕の情報伝達と体内環境維持の仕組みで,人の神経系と内分泌系の働きが取り上げられ,生理心理学の内容と関連を持っています。さらに,〘生物の特徴〙の〔遺伝子の特徴〕は,発達心理学における遺伝の基礎の内容と関わります。

保健体育科

『保健』では,〘現代社会と健康〙における〔健康の考え方〕のヘルスプロモーションの考え方を踏まえた個人の適切な意思決定や行動選択が取り上げられ,健康心理学に関わります。〔健康や精神疾患の予防と回復〕は,臨床心理学,健康・医療心理学などの応用分野の内容と関連をもっています。また,〘安全な社会生活〙はリスク心理学とも関わりをもっています。

家庭科

『家庭総合』の内容における心理学に関わるタイトルは,〘人の一生と家族・家庭及び福祉〙における〔⑴ 生涯の生活設計,⑵青年期の自立と家族・家庭,⑶ 子供の生活と保育および ⑷ 高齢期の生活と福祉〕は生涯発達心理学,福祉心理学が関わり,〘持続可能な消費生活・環境〙には〔消費行動と意思決定〕が取り上げられています。また,〘衣食住の生活の科学と文化〙は,衣食住の心理学や防災,健康・安全・食についてのリスク心理学が関わります。

情報科

『情報I』は,〘コミュニケーションと情報デザイン〙における「情報デザインが人や社会に果たしている役割」「効果的なコミュニケーションを行うための情報デザインの考え方や方法」は,社会心理学などの新しいテーマです。

数学科

『数学I』の〘データの分析〙において,「データを収集し,適切な統計量やグラフ,手法などを選択して分析を行い,データの傾向を把握して事象の特徴を表現すること」「不確実な事象の起こりやすさに着目し,主張の妥当性について,実験などを通して判断したり,批判的に考察したりすること」は,心理学のデータ解析の土台となります。

総合的な探究(学習)の時間

この教科は,「探究の見方・考え方を働かせ,教科横断的・総合的な学習を行うことを通して,自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成すること」を目標としています。「実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし,自分で課題を立て,情報を集め,整理・分析して,まとめ・表現することができるようにする」ことは,大学での探究的学び,さらに,卒業論文における研究のプロセスにもつながると考えられます。

探究では,心理学的テーマが文系・理系の両方で,取りあげられることがあります。テーマとしては,『倫理』と関わる青年期の問題の他に,知覚,学習,社会などの領域が取り上げられています。これまでは,青年期の課題などを除くと,教科の知識と結びついていないため,生徒や教員は必ずしも背景知識や研究法(質問紙法,実験法,観察法,統計など)のスキルをもっていないため,適切な支援が重要と考えます。

このように,公民科以外にも様々な科目で,心理学と関連をもつ内容が取り上げられています。さらに,すべての教科につながるような学習法の問題(次回市川伸一先生担当「高校生に伝えたい記憶の心理学」で取り上げます),特別活動におけるホームルーム活動(進路指導も含む),生徒会活動,行事(文化祭,体育祭,旅行など)や部活動におけるリーダーシップや集団問題解決,意思決定などの内容もあります。これらの心理学に関わる学びを,大学で学ぶ心理学とつなげる高大接続,教科外の学びや日常生活に広げること(友人や恋愛関係,親子関係,人の多様性理解,社会貢献活動など),そして,心理学を大学で学ぶ進路選択のための生徒や教員への適切な情報提供は,今後の課題です。

本連載は,そうした課題に応えることを目的としています。次回以降は,「高校生に伝えたい ○○の心理学」として,記憶を皮切りに,様々なテーマを取り上げていきます。どうぞご期待ください。

ブックガイド

  • 『心理学って何だろうか?:四千人の調査から見える期待と現実』楠見孝(編著),誠信書房,2018年
    日本心理学会が実施した調査に基づいて,市民が期待する心理学と大学で学ぶ学問のギャップ,小中高の先生が心理学に対してもつ期待,そして,学会の社会に向けての活動について紹介している。

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