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【小特集】

社会的コンタクトを計測する装着型デバイス

蜂須 拓
筑波大学システム情報系 助教

蜂須 拓(はちす たく)

Profile─蜂須 拓
コンピュータ研究者,工学者。専門はハプティクス(触覚学)。2015年,電気通信大学大学院情報理工学研究科総合情報学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。University of California, Santa Barbara (Visiting Scholar) などを経て2020年より現職。

はじめに

「社会的距離を確保しましょう」。筆者はこの物理的でない尺度に対する定義の曖昧さを感じる。感染症感染拡大防止の様々なガイドラインを見るに,物理的には1~2m程度距離をとれば十分と考えられる。しかし,物理的な距離に加えて対面を避ける,握手やハイタッチ等を避ける等の条件も見られる。これらは社会的距離が極めて小さくなる,すなわち社会的コンタクト(接触)となる行動と考えられる。

他方では新型感染症禍で失われた他者との交流に対する欲望を満たさんとばかりに,オンラインコミュニケーションツールを通じた交流が楽しまれている。しかし,筆者や筆者の周りの人を見るに,音声や映像は共有できていても,オフラインのコミュニケーションよりも満たされなさを感じる。

社会的コンタクトの機能,意義とはなんだろうか?新型感染症禍において,研究者を含む多くの人々が似たようなことを意識している一方で,明確な課題と答えを持ち合わせていないように思う。もちろん技術的な制約もあるが,前述のオンラインミーティングに満たされない感じの一部はこれに起因していると考える。

図1 EnhancedTouch
図1 EnhancedTouch
身体接触を計測するデバイス[1],[2]
図2 FaceLooks
図2 FaceLooks
対面行動を計測するデバイス[3]

ここでは工学者である筆者が設計・開発した身体接触(皮膚同士のコンタクト)を計測するブレスレット型デバイス(図1)と対面行動(顔の向きのコンタクト)を計測するヘッドバンド型デバイス(図2)に関する研究を紹介する。心理学に興味をもつ読者とともに社会的コンタクトの機能・意義,新しい生活様式を考えるきっかけになれば幸いである。

EnhancedTouch

EnhancedTouch(以下,ET)は人と人の手指による身体接触を計測するブレスレット型デバイスである(図1)[1],[2]。ETを装着した2名が手を触れ合わせるとET間(装着者の手指)で人が感知できない程の微弱な電流が流れることを利用した通信技術(人体通信)によって身体接触を計測する。ETはBluetoothを通じて外部端末と連動することで,いつ,誰と,どこで,どのように身体接触したかを記録することが可能である。どのようにというのは,どちらが能動的に触れにいったのか/受動的に触れられたのか,どのくらいの面積(指先,手のひら全体等)で接触したのかを示す。ETは無線であるという技術的な点を強調したい。詳細は割愛するが,人体通信には一般的に他の機器やコンセントへの有線接続が必要であり,装着者が自由に動き回れる形態での設計は難しい。市販のスマートウォッチのように装着できる身体接触計測デバイスは世界でも有数である。

筆者は工学分野で触覚技術(ハプティクス)を専門に研究している。身体接触によって生じる触覚は興味深い。例えば,同様の物理接触であっても接触した対象に好意を抱いていれば快い心地になるし,対象に嫌悪感があれば不快な印象を抱く。接触相手との社会的関係性に加えて,特に触れ合った瞬間に感じる暖かさや柔らかさ,湿り具合,摩擦感等は接触相手の印象を左右しうる要素かもしれない。皮膚の特性以外にも触り方(優しい接触,暴力的接触等)や文脈(朝の電車内,夜の寝室等)も印象に影響を与える要素であろう。

筆者はそんな身体接触によって生じる触覚,というよりは広義での感触(物事の雰囲気などからそれとなく受ける感じ,印象)に興味を持っている。ETを利用すれば四六時中の身体接触が計測可能になる。計測結果から身体接触のもたらす機能を見いだせないだろうか?計測結果に対して,ETから実時間で振動や光といった物理刺激で感覚を刺激することで身体接触の感触,ひいては対人交流に介入できないだろうか? そんなことを日々考えている。

自閉症スペクトラム障害(以下,自閉症)児を対象とした特別支援学校でのETに関する実地実験を紹介する。NPO法人スマイルクラブの協力のもと,他者と触れ合うと光るブレスレットで身体接触を促進可能であるか検証した。本実験を2つのセッションで構成した。各セッションでは自閉症児は本デバイスを装着し,サッカー等の活動を行った。第1セッションでは計測のみ行い,1週間後に行った第2セッションでは計測および接触時に光を提示した。両セッションに参加したのは6名であった。第1セッションと比較して第2セッションでは参加者全員の身体接触の回数と時間の増加が見られた。さらに光提示の規則(触ると光る)に気づいたと思われる児童は笑顔等の肯定的な反応を示した。

FaceLooks

FaceLooks(以下,FL)は対面行動(face–to–face behavior)を計測するヘッドバンド型デバイスである(図2)[3]。筆者が調べた限りでは,しばしば,アイコンタクトと混同あるいは同一のものとして扱われることもあるが,対面行動は2名の頭部の向きが向き合う行動であり,アイコンタクトは2名の視線が向き合う行動と筆者は区別している。そのため,非対面状態でのアイコンタクトはあり得るし,その逆もあり得る。FLは赤外線通信を利用して対面行動を計測している(テレビとリモコンのように両者が向き合っているときのみ通信ができることを利用した計測)。ETと同様に,FLもBluetoothを通じて外部端末と連動することで,いつ,誰と,どこで,対面状態であったかを計測可能である。同様の計測は,カメラによっても実現可能であるが,FLは軽量であることに加えて画像を撮影しないので照明や不意な映り込み等プライバシーへの考慮が不要という利点がある。また,FLは対面状態を検知すると実時間で光を提示する機能がある。

発達障害児を対象とした特別支援学校でのFLに関する実験を紹介する。児童が課題の完了を先生に報告する授業を対象とした。児童は報告の際に先生と対面行動をとることを指示されている。第1セッションでは10分間計測のみを行い,第2セッションでは10分間計測および対面状態で光を提示した。参加者は4名の児童と4名の教員であった。第1セッションと比較して第2セッションでは対面状態の時間の増加が見られた。さらにETの実験と同様に光提示の規則(対面すると光る)に気づいたと思われる児童は笑顔等の肯定的な反応を示した。

おわりに

本稿では筆者がこれまでに設計・開発した社会的コンタクトを計測する装着型デバイスを紹介した。いずれのデバイスを使用した実験でも,参加者数は少なく,社会的コンタクトの一般的な機能や意義を議論するにはデータ不足である。一方で,実験に加えて学会・展示会等でのデモンストレーションを通じて,社会的コンタクトによって光る,振動するというインタラクションは体験者に受けが良いと主観的に感じている。もちろん触れたら光る,顔を向かい合わせたら光るという非日常的な体験への興味が大部分かも知れない。しかし,それ以上に筆者は,他者との共同作業が上手くいったことの明示,報酬になっているのではないかと考えている。社会的コンタクトは1人ではできない。必ず相手が必要である。相手との時間・空間的な調整が必要である。さらに社会的に良好な関係を築くにはルール(右手で握手を求められたら右手を出す,対面状態で話しているときは相手の目元を見る等)も必要だし,ルールは文脈や文化によって変動する。このように考えると社会的コンタクトは挑戦的な行動である。この共同作業に成功して満足することが他者との交流を満たされたものに感じさせる要因の一つなのかもしれない。

文献

  • 1.Hachisu, T., Bourreau, B., & Suzuki, K. (2019) EnhancedTouchX: Smart bracelets for augmenting interpersonal touch interactions. Proceedings of the ACM SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI) 2019, 321.
  • 2.Suzuki, K., Hachisu, T., & Iida, K. (2016) EnhancedTouch: A smart bracelet for enhancing human–human physical touch. Proceedings of the ACM SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI) 2016, 1282–1293.
  • 3.Hachisu, T., Pan, Y., Matsuda, S., Bourreau, B., & Suzuki, K. (2018) FaceLooks: A smart headband for signaling face–to–face behavior. MDPI Sensors, 18, 2066.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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