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みんなで渡れば怖くない,はなぜ起こるか?

横田 晋大
広島修道大学健康科学部心理学科 教授

横田 晋大(よこた くにひろ)

Profile─横田 晋大
2009年,北海道大学大学院文学研究科博士後期課程修了(文学博士)。2017年より現職。専門は社会心理学。著書に『進化でわかる人間行動の事典』(分担執筆,朝倉書店),『公認心理師の基礎と実践①:感情・人格心理学』(分担執筆,遠見書房),『心理学叢書 紛争と和解を考える:集団の心理と行動』(分担執筆,誠信書房)など。

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」

1980年代のお笑いコンビ「ツービート」が漫才で披露したネタから生まれたこの言葉は集団心理をよく表しています。集団になると,人は個人のときとは異なる振る舞いをすることがあり,時にはそれが悲劇になることもあります。なぜ人は集団になると変わってしまうのでしょうか。今回は,集団心理について,主に社会心理学の立場から解説します。

集団とは

人類の祖先は,獣を狩る側でなく,肉食獣に狩られていたとの仮説があります[1]。ヒトは集団を作って獣に対応しました。今や,人間は他者との関係がないと身体の健康に影響する[2]ほど,独りで生きることが難しくなりました。世の中には様々な集団が存在します。集団の定義は研究分野で異なりますが,ここでは「集団の一員であると自分を定義する2人かそれ以上の人たち[3]」とします。

集団の利点は独りで不可能なことを可能にすることです。例えば,集団内で協力し合う方が,競い合うよりも集団の生産性が高くなります[4]。また,正解が分からない場面では,集団の判断に従えばおおよそ正しいことが示されています[5]。集団は人間に数多くの利益をもたらすのです。

集団の悲劇

集団にも短所があります。いじめ,組織的な隠ぺい,戦争,環境破壊など枚挙にいとまがありません。集団になると責任感や罪悪感が薄れ,ひどいこともできる,それが集団の負の側面とも言えるでしょう。それはなぜなのでしょうか。社会心理学者はこの集団心理を集団極化[6]という現象として説明しています。集団極化とは,集団になると,個人とのときよりも,判断や行動傾向,感情が極端に強くなり,よりリスクの高い選択をすることです。ワラックら[7]は,集団討論を経ると,個人での判断よりリスクの高い判断をすることを示しています。

集団極化の例はネット上での炎上です。誹謗中傷には危険が伴います。しかし,問題となる発言を批判する人たちが自分と同じ反応をする人に同調すると,批判者はますます危険な行為に走ります。これこそ集団極化に陥った状態と言えます。

集団極化をもたらす同調

もし多くの人が批判に同調しなければ,集団極化は起こらないでしょう。同調という行為は,人間が持つ非常に重要な能力の一つです。人は他者の模倣(同調)から様々な技術を習得し,流行を作り,文化を創ります[8]。同調の力は強力です。アッシュ[9]は,ある線分と同じ長さの線を選ぶという間違えようのない課題でも,他の人が一貫して誤答すると約3割もの人が誤答することを示しました。グループの団結が強いと同調はさらに強まります。第二次世界大戦中の軍部やあさま山荘事件の連合赤軍などは,強い団結が同調を強め,集団極化に至った例でしょう。

同調してしまう理由:社会ニッチ構築理論

読者の方々の中には「自分は同調なんてしない」と思う人もいるでしょう。しかし,同調は起こります。同調の背後には「他人に怒られたくない」という心理が潜んでいます。例として行列があります。行列に並ぶ行為は並んでいる人たちへの同調です。横入りしないのは他の人に怒られるからです。横入りしても実際には怒られないかもしれません。しかし,横入りで「あなたの中の他人」は激怒すると考えてしまうのです。あなたの中の他人とは,「他人はこう考えたり,振る舞ったりする」というあなたの中に作られたイメージです。あなたの中の他人があなたに並ぶことを期待して,期待が裏切られると怒るから同調するのです。怒られるのが嫌なのは,それがいずれ社会的な孤立を招くからです。山岸と橋本[10]は,社会ニッチ構築理論で同調の心理を明らかにしました。

社会ニッチ構築理論によれば,どんな人でも同調します。そのことを検証した実験を紹介します。参加者は5本(4本が同じ色で1本は違う色)のペンから1本を選びます。同じ色の4本の中から選ぶと多数派へ同調したとみなします。キムとマーカス[11]はこの実験で,欧米人は1本,東アジア人は4本の中から選ぶ傾向が強いことを示しました。山岸と橋本はこの実験に一工夫を加えました。「あなたはペンを選ぶ『最初』/『最後』の人です」と選ぶ前に伝えたのです。最初に選ぶことはその後に他の人も選ぶことを意味します。自分が1本のペンを選ぶと,それを選びたかった人に怒られるかもしれません。こう言われた欧米人は日本人と同じくらい4本を選ぶようになりました。一方,最後に選ぶことは他人が全く関係しないことを表します。こう言われた日本人は欧米人と同じくらい1本を選びました。つまり,多数派を選べという他者の期待を強めたり無くしたりすると,多数派同調が現れたり消えたりしたのです。

集団心理に陥らないために

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」という集団心理の解説はいかがだったでしょうか。重要なのは,今回のような心理学の知識を知り,普段の自分の生活の中で活用していくことです。心理学の知識により,物事を客観的に観ることができ,冷静な対処ができるようになります。この記事を読んだことをきっかけに,ただ同調するのではなく,同調すべきかを見極める力を養うようにしてみて下さい。

文献・注

  • 1.Hart, D., & Sussman, R. W. (2018) Man the hunted: Primates, predators, and human evolution. Routledge.[ハート,サスマン/伊藤伸子(訳) (2007)『ヒトは食べられて進化した』化学同人]
  • 2.Valtorta, N. K., Kanaan, M., Gilbody, S., Ronzi, S., & Hanratty, B. (2016) Loneliness and social isolation as risk factors for coronary heart disease and stroke: Systematic review and meta–analysis of longitudinal observational studies. Heart, 102, 1009–1016.
  • 3.Tajfel, H. (1981) Human groups and social categories: Studies in social psychology. Cambridge: Cambridge University Press.
  • 4.Rosenbaum, M. E., Moore, D. L., Cotton, J. L., Cook, M. S., Hieser, R. A., Shovar, M. N., & Gray, M. J. (1980) Group productivity and process: Pure and mixed reward structures and task interdependence. Journal of Personality and Social Psychology, 39, 626–642.
  • 5.中西大輔・亀田達也・品田瑞穂 (2003) 「不確実性低減戦略としての社会的学習:適応論的アプローチ」『心理学研究』74, 27–35.
  • 6.Janis, I. L. (1972) Victims of groupthink: A psychological study of foreign–policy decisions and fiascoes. Houghton Mifflin.
  • 7.Wallach, M. A., Kogan, N., & Bem, D. J. (1962) Group influence on individual risk taking. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 65, 75–86.
  • 8.Boyd, R., & Richerson, P. J. (1985) Culture and the evolutionary process. Chicago: University of Chicago Press.
  • 9.Asch, S. E. (1955) Opinions and social pressure. Scientific American, 193, 31–35.
  • 10.Yamagishi, T., & Hashimoto, H. (2016) Social niche construction. Current Opinion in Psychology, 8, 119–124.
  • 11.Kim, H., & Markus, H. R. (1999) Deviance or uniqueness, harmony or conformity? A cultural analysis. Journal of Personality and Social Psychology, 77, 785–800.

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