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【特集】

行動変容とゲームアプリ

渡辺 和広
北里大学医学部公衆衛生学 講師

渡辺 和広(わたなべ かずひろ)

Profile─渡辺 和広
2015年,広島大学大学院教育学研究科心理学専攻臨床心理学コース修了。2018年,東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程修了。博士(保健学)。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野助教などを経て2021年より現職。専門は公衆衛生学。著書に『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』(分担執筆,誠信書房)。

はじめに

私たちの健康は,様々な行動の習慣によって影響を受ける。喫煙,食行動,身体活動・運動等は主要な健康関連行動であり,これらの望ましくない習慣は,がん,循環器疾患,精神疾患など,多くの疾患のリスクファクターとなる。そのため,予防的なアプローチにおいては,これらの習慣をより望ましいものに変えるよう促す行動変容のアプローチがとられる。ここでは,その行動が健康に及ぼす影響についての心理教育を行ったり,行動の目標を設定したり,行動をモニタリングしたり,あるいは他者と行動の記録を共有したり競争したり,といった戦略が採用される。

しかし,習慣を変容させ,それを維持させることは容易ではない。筆者自身も,公衆衛生や行動科学の研究をする立場にありながら,健康にとって望ましくない行動をとってしまうことは少なくない。知識としては理解していても,その行動を選択することと,健康に悪影響が出ることの間にある時間が非常に長いために,「まあ,たまにはいいか」という判断をしてしまうのである。予防的なアプローチにおける行動変容の戦略も,差し迫った危険がなく,動機づけが低い人に対しては,必ずしも有効に働かない場合がある。

こうした課題に対して,近年,介入内容にゲームの要素を取り入れることで,参加者の介入への動機づけを高めようとする試みが報告されている。また,情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)の進歩に伴い,介入プログラムをスマートフォンなどの端末に届けられるようになってきている。これらの変化は,介入プログラムへのアクセス性やコミットメントを高め,行動変容につながりやすくなる可能性がある。本稿では,筆者が行った,ゲームアプリ「ポケモンGO(Pokémon GO)」の使用とメンタルヘルスとの関連について検討した研究を紹介するとともに,行動変容にゲームアプリを活用することの可能性について述べる。

ポケモンGOとメンタルヘルス

公衆衛生の分野で多くの研究が行われたゲームアプリとして,ポケモンGO(Pokémon GO)が挙げられる。ポケモンGOは,Niantic, inc.と株式会社ポケモンによって開発されたスマートフォンゲームアプリである。ポケモンGOは,位置情報システムを利用した拡張現実(Augmented Reality: AR)を活用することにより,ゲームのプレイヤーが,あたかも現実世界において架空の生物であるポケモンを捕まえたり,戦わせたり,あるいはアイテムを手に入れたりするような体験を可能にしている。ポケモンが出現する場所,他のプレイヤーとポケモンを戦わせる場所,あるいはアイテムを手に入れるためのポイント等は,現実の道路,公園,史跡,建物,あるいは店舗などに付随する形で配置され,プレイヤーは目的を達成するために実際にそこまで足を運ぶ必要がある。つまり,一般的なテレビゲームとは異なり,このゲームをプレイするためには,自宅や室内から外出し,歩き回る必要がある。

筆者の研究チームは,ポケモンGOとメンタルヘルスの関連を検討するため,既存の労働者コホートを用いた後ろ向き調査を実施した[1]。日本で正規雇用されている労働者3,915名を対象に,ポケモンGOが配信される前の2015年11月~2016年2月,およびポケモンGOが配信された後の2016年12月の2回,インターネットによる調査を実施した。2回の調査では,抑うつ感,不安感,および疲労感等を含む心理的ストレス反応を測定した。合わせて,2回目の調査では,2016年7月に日本で配信が開始されたポケモンGOを1ヶ月以上プレイしたかどうかを尋ねた。

その結果,2時点で回答の得られた労働者2,530名のうち,9.7%にあたる246名の労働者がポケモンGOを1ヶ月以上プレイしたと回答した。これらの労働者は,ポケモンGOをプレイしていなかった労働者(2,284名,平均年齢42.66±10.65歳)と比較して有意に若い集団であった(平均年齢37.09±10.85歳)が,その他の基本属性に大きな違いは見られなかった。

ポケモンGOをプレイした労働者における心理的ストレス反応は,ポケモンGOをプレイしていなかった労働者と比較して有意に減少していた(図1)。この変化量の差は,性別,年齢,喫煙習慣,飲酒習慣,および仕事のストレス要因(仕事の要求度,仕事のコントロール,上司・同僚のサポート)の水準を調整したものである。これら2つのグループにおける変化量の差の大きさを示す効果量は小程度と推定された(Cohen’s d =−0.20, 95%信頼区間, −0.33, −0.07)。

図1 ポケモンGOプレイヤーと非プレイヤーにおける心理的ストレス反応の変化
図1 ポケモンGOプレイヤーと非プレイヤーにおける心理的ストレス反応の変化

ポケモンGOがもたらす変化

ポケモンGOをプレイすることは,どのような機序でメンタルヘルスの改善をもたらしたのだろうか。筆者がこの研究を発表した後,ポケモンGOをプレイすることの効果に関する科学的根拠が蓄積され,そのメカニズムの検証が進んでいる。

まず考えられるメカニズムは,身体活動量の増加によってメンタルヘルスが改善したとするものである。身体活動を適度に行い,身体活動水準を維持することは,抑うつ・不安の治療・予防に有効であることが明らかになっている[2]。ポケモンGOをプレイすることによる身体活動量の増加はこれまでに効果を検証した研究が最も多く,メンタルヘルス改善を説明する有力なメカニズムであると考えられる。2020年に発表されたメタアナリシス[3]では,ポケモンGOをプレイすることによって,ウォーキングの時間,距離,および歩数が増加することが示された。ポケモンGOをプレイすることによって増加した身体活動量が,メンタルヘルスの改善に貢献した可能性がある。

別のメカニズムとして,ポケモンGOをプレイすることによる社会的交流の増加も検証されている。米国のポケモンGOプレイヤーを対象とした7日間の観察研究[4]では,ポケモンGOをプレイする時間が長くなるほど,他者と過ごした時間,およびともに過ごした人の数が増加する傾向にあることが示された。興味深いことに,ともに過ごした人の数は,友人だけでなく,見知らぬ人を対象とした場合にも増加する傾向にあった。ポケモンGOには,特定の時間と場所に出現するポケモンに対して,不特定のプレイヤーが協力して戦うことができる機能が実装されている。こうした機能が,自分以外の他者との交流の機会を生み,コミュニティに所属する感覚を醸成している可能性がある。また,位置情報システムと拡張現実を組み合わせたポケモンGOは,複数のプレイヤーが現地でリアルタイムにプレイしている感覚を強める可能性がある[5]。こうした感覚が,人間の基本的欲求である社会への所属感を強めることにつながり,メンタルヘルスの改善をもたらしているかもしれない。

ゲーミフィケーション

ポケモンGOのプレイヤーは,必ずしも身体活動量を増やしたり,他者と交流したり,あるいはメンタルヘルスを改善したりすることを主目的としてゲームをプレイしているわけではない。それにもかかわらず,結果としてメンタルヘルスが改善しているという点は興味深い。ゲームが持つ要素を,別の教育,研修,および訓練等に活用するという発想は,ゲーミフィケーション(Gamification)という概念で議論されている。ゲーミフィケーションは,本来ゲームを目的としないサービスやシステムに,バッジ,ポイント,ランキング,物語,キャラクター等のゲームの要素を取り入れることを指す[6]。ゲーミフィケーションは,内容に楽しさや達成感を加え,対象者の内容に対する関与,エンゲイジメント,および動機づけを促進させる点が強みである。

精神保健の分野においては,認知行動療法をロールプレイング形式のゲームで学ぶことで抑うつの改善が確認される等,ゲームの要素を取り入れた介入による抑うつ症状の改善効果がメタアナリシスで報告されている[7]。また,注意欠如・多動症(ADHD)の小児に対してゲームを活用した注意トレーニングを行うことでADHDの症状の改善が見られたことも報告されている[8]。これらの研究参加者も,ポケモンGOのプレイヤーと同様に,必ずしも研究者側の狙いを主目的としてゲームをプレイしているわけではない。ゲームの要素を取り入れることで,最初はそれほど本来の内容に興味がない対象者の動機づけを高めることができる可能性がある。

ICTを活用したモバイルヘルス

ポケモンGOをはじめとするゲームが多くの人にプレイされるようになった背景には,ICTの進歩によるところも大きい。近年では,健康の保持増進,および不調の予防のために,スマートフォン等の端末に介入を届けるモバイルヘルス(m–Health)という概念も知られている。モバイルヘルスは,ICTを健康領域の支援に活用するe–Healthの主要部であり[9],高いアクセス性と優れた費用対効果が特徴である。モバイルヘルスを用いることで,これまで対面で実施されてきた行動変容のアプローチを,個人それぞれに適切な形態で,即時的に提供できる。ユーザーに対するより良い情報の通知,介入プログラムへのコミットメントの向上,および科学的根拠に基づいた実践の増加の可能性が指摘されており[10],行動変容,および健康をアウトカムとした介入研究のエビデンスも蓄積されてきている。

モバイルヘルスにおいては,睡眠,身体活動,位置情報など,多様な行動のデジタルデータを,スマートフォン,あるいはスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスから取得することがある。データの妥当性,信頼性については検証が不十分のものもあるが,自己報告で取得されたデータに比較すれば,客観的,かつ継続的に収集することが可能である。これも,モバイルヘルスの強みの一つである。収集された膨大なデータは,機械学習・深層学習の技術とも相性が良く,私たちはそこから要約された情報を活用できる。ここに,ゲームの要素を加えることで,さらに参加者の動機づけを高め,行動変容につなげやすくすることができる可能性がある。

ゲームアプリを行動変容に活用する際の課題

ゲームの要素を取り入れた行動変容には多くの課題も残る。例えば,ゲームをプレイすることが楽しいからポケモンGOをプレイしている人は,ゲームに飽きてプレイをやめてしまえば,望ましい行動が維持されない可能性がある。先に紹介したメタアナリシス[3]に組み入れられた論文のほとんどは,ポケモンGOをプレイしてから半年以内の身体活動量の増加について検討していた。この変化が長期間維持されるかどうかは不明である。望ましい行動の維持のためには,ポケモンGOのプレイを継続するための工夫を凝らすと同時に,対象者が望ましい行動そのものに動機づけられるようにアプローチする必要がある。

また,ゲームをプレイすることの弊害についても考慮しなければならない。ポケモンGOの場合は,ポケモンGOをプレイすることによる悪影響についても多くの議論があった。ポケモンGOがリリースされた初期には,ポケモンGOのプレイ経験者のうち4分の1以上が車や自転車を運転している間にポケモンGOをプレイしていることや,ポケモンGOをプレイするために睡眠時間を削っていることが報告された[11]。また,屋外でポケモンGOのプレイに夢中になることで,交通事故や怪我が増加することも懸念された。

ゲームアプリやICTが持つ特徴を上手に活用しながら,人々の健康を支援するためのさらなる研究が求められる。

文献

  • 1.Watanabe, K., Kawakami, N., Imamura, K. et al. (2017) Pokémon GO and psychological distress, physical complaints, and work performance among adult workers: A retrospective cohort study. Sci Rep, 7, 10758. https://doi.org/10.1038/s41598-017-11176-2
  • 2.Rebar, A. L., Stanton, R., Geard, D. et al. (2015) A meta-meta-analysis of the effect of physical activity on depression and anxiety in non-clinical adult populations. Health Psychol Rev, 9, 366–378.https://doi.org/10.1080/17437199.2015.1022901
  • 3.Khamzina, M., Parab, K. V., An, R. et al. (2020) Impact of Pokémon Go on physical activity: A systematic review and meta-analysis. Am J Prev Med, 58, 270–282.https://doi.org/10.1016/j.amepre.2019.09.005
  • 4.Ewell, P. J., Quist, M. C., Øverup, C. S. et al. (2020) Catching more than pocket monsters: Pokémon Go’s social and psychological effects on players. J Soc Psychol, 160, 131–136.https://doi.org/10.1080/00224545.2019.1629867
  • 5.Kamel Boulos, M. N., Lu, Z., Guerrero, P. et al. (2017) From urban planning and emergency training to Pokémon Go: Applications of virtual reality GIS (VRGIS) and augmented reality GIS (ARGIS) in personal, public and environmental health. Int J Health Geogr, 16, 7. https://doi.org/10.1186/s12942-017-0081-0
  • 6.Brigham, T. J. (2015) An introduction to gamification: Adding game elements for engagement. Med Ref Serv Q, 34, 471–480. https://doi.org/10.1080/02763869.2015.1082385
  • 7.Li, J., Theng, Y., & Foo, S. (2014) Game-based digital interventions for depression therapy: A systematic review and meta-analysis. Cyberpsychol Behav Soc Netw, 17, 519–527. https://doi.org/10.1089/cyber.2013.0481
  • 8.Lim, C. G., Poh, X. W. W., Fung, S. S. D. et al. (2019) A randomized controlled trial of a brain-computer interface based attention training program for ADHD. PLoS One, 14, e0216225. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0216225
  • 9.WHO (2018) mHealth: Use of appropriate digital technologies for public health. https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA71/A71_20-en.pdf (2022年7月29日)
  • 10.Price, M., Yuen, E. K., Goetter, E. M. et al. (2014) mHealth: A mechanism to deliver more accessible, more effective mental health care. Clin Psychol Psychother, 21, 427–436. https://doi.org/10.1002/cpp.1855
  • 11.Ayers, J. W., Leas, E. C., Dredze, M. et al. (2016) Pokémon GO–a new distraction for drivers and pedestrians. JAMA Intern Med, 176, 1865–1866. https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2016.6274
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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