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【小特集】

スポーツと“あがり”

大事な場面で心理的プレッシャーに負けて失敗することは多々あります。高度なパフォーマンスを発揮するアスリートにおいても例外ではないようです。アスリートはどうやって自分のメンタルをコントロールしているのでしょうか?(小野田慶一)

スポーツメンタルトレーニング指導士による心理サポート

荒井 弘和
法政大学文学部心理学科 教授

荒井 弘和(あらい ひろかず)

Profile─荒井 弘和
専門はスポーツ心理学。博士(人間科学)。日本スケート連盟(フィギュア)強化サポートスタッフ。日本パラリンピック委員会競技団体サポートスタッフ。SMT上級指導士。編著に『アスリートのメンタルは強いのか?』(晶文社)など。

アスリートに対する心理サポート

スポーツに取り組むアスリートの多くは,競技レベルにかかわらず,自分の能力を最大限に発揮するため,身体にかかる大きな負担に耐えながら競技に取り組んでいる。アスリートには,さまざまな心理面の負担もかかっている。試合に伴うあがり,敗戦,ケガ,試合のメンバーから外されることなどは,アスリートにとって日常的である。最近では,SNSにおいて,アスリートが誹謗中傷されることも散見される。

アスリートの心理面に対して心理的な援助を行う活動を「心理サポート」と呼ぶ。2021年度に開催された2つのオリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会・北京2022大会)に出場した多くのアスリートに対しても,スポーツ心理学の専門家が心理面のサポートを行っていた。

スポーツメンタルトレーニング指導士

心理サポートは,アスリートやコーチなどを対象に,主に競技力向上を目的として行われている。心理サポートを実践する専門家が有する代表的な資格として「スポーツメンタルトレーニング指導士」(SMT指導士)がある。SMT指導士は国家資格ではなく,日本スポーツ心理学会が認定する学会認定資格である。SMT指導士の活動内容は,「スポーツ心理学の立場から,スポーツ選手や指導者を対象に,競技力向上のための心理的スキルを中心にした指導や相談を行う。狭い意味でのメンタルトレーニングの指導助言に限定しない。ただし,精神障害に対する治療行為は含めない」とされている[1](表1)。

表1 スポーツメンタルトレーニング指導士(日本スポーツ心理学会認定)の主な活動内容 文献1
表1 スポーツメンタルトレーニング指導士(日本スポーツ心理学会認定)の主な活動内容[1]

学会認定資格ではあるものの,SMT指導士の認定条件は比較的厳しい[2]。大学院修士課程修了を基礎要件としており,①スポーツ心理学のほか,②心理学,③体育・スポーツ科学に関連する所定の単位を取得し,研究業績,研修実績,指導実績の審査に加え,申請者が学会の認定するメンタルトレーニングを実施する能力を有することを確認する最終審査にも合格しなければならない。資格取得者には,5年に1回の更新が義務づけられている。更新に合格できなかった場合は,資格を保持し続けることはできない。育児や介護などの事情がある場合は,資格更新が猶予されると同時に,一時的に資格失効となる。2022年5月現在,167名の有資格者が,すそ野からトップレベルまでのスポーツ現場で活動している。

さまざまな心理学領域の力を借りて,心理サポートを行う

心理サポートの主な目的は,あがりへの対処など,競技力向上である。しかし,競技力向上だけがスポーツ現場で求められているわけではない。とりわけ近年では,競技力向上を第一義的な目的としない心理サポートが求められるようになってきた。具体的には,アスリートとコーチを全人的に,多角的に支えようとするサポートである。まさに,「狭い意味でのメンタルトレーニングの指導助言に限定しない」状況が増えている。

競技力向上以外のサポートの例として,メンタルヘルスのサポートがある。SMT指導士は,治療行為を行える資格を合わせ持つ場合を除き,治療行為を行うことはできない。そこで,SMT指導士がメンタルヘルスに関するサポートを行う場合,ストレスマネジメントのスキルの提供や,ストレスマネジメントを支援するサポートを行うことになる。アスリートが周囲のサポート源を十分に活用できるよう支援することもあるし,メンタルヘルスの専門家(たとえば,精神科医・心療内科医)と連携して,心理サポートを行うこともある。こういったメンタルヘルスのサポートでは,健康心理学,医療心理学,社会心理学といった心理学領域の知見が活用されている。

デュアルキャリアのサポートも重要である。デュアルキャリアとは,競技だけでなく,学校での勉強や仕事など,競技以外の活動も大切にする考え方である。「文武両道」という言葉があることからもわかるように,日本にはデュアルキャリアを大切にする風土がある。しかし残念ながら,日本において,アスリートが望む形でデュアルキャリアが十分に実現されているとはいえない。アスリートは競技にのみ執心していればよい,いやそうあるべきだという風潮も根強いのである。しかしそれでは,競技以外の生活において困難を感じることも多くなるし,競技引退後に新たな人生を歩むことも難しくなるだろう。そこで,デュアルキャリアのサポートへのニーズが高まっている。デュアルキャリアのサポートでは,発達心理学,教育心理学,産業・組織心理学といった心理学領域の知見が活用されている。

つまり,アスリートの心理サポートを行う者は,スポーツ心理学だけでなく,スポーツ心理学以外の心理学も学んでおく必要がある。そして,さまざまな心理学領域の研究者・実践家と,日常的に交流しておくことが望まれる。そうすることで,勝つため,強くなるためという視点だけでなく,多様な視点からアスリートを支えることができるようになる。

心理サポートは,心理学にどのような貢献ができるか

やや僭越であることを承知の上で,心理サポートは,親学問である心理学に対してどのような貢献ができるのか考えてみたい。

私は,心理サポートの領域から,理論的立場を越えた臨床的知見が創出されると期待している。①精神力動的アプローチ,②実存的・人間学的アプローチ,③認知行動論的アプローチに大別されるように,臨床心理学(心理臨床学)にはさまざまな理論的立場(オリエンテーション)がある。SMT指導士にも,これらのさまざまな理論的立場を背景とする者がいる。たとえば,国立スポーツ科学センターで定期的に開催されているケース検討会では,それぞれの理論的立場を越えて,さまざまな角度からケースを検討している。このように理論的立場を越えてケース検討会を行うことは,臨床心理学において必ずしも一般的なことではない。

具体的には,身体に関する知見の創出が期待される。心理サポートのケース検討会では,身体を共通項として,異なる理論的立場に基づくSMT指導士が対話を重ねている。スポーツ心理学では,アスリートがどのように自分の身体を体験しているか,アスリートが身体を通じてどのように自己表現をしているかといった身体性が重要な研究対象とされてきた歴史がある[3]

身体を通奏低音として,さまざまな理論的立場の専門家が協働する心理サポートが,親学問である心理学に新しい風を吹かせる日が来ることを強く期待するとともに,私もその先鞭をつける一人となれるよう力を尽くす。

文献

  • 1.日本スポーツ心理学会資格委員会(2021)『スポーツメンタルトレーニング指導士:資格申請・更新の手引き』https://smt.jssp.jp/tebiki20210701.pdf(2022年8月9日)
  • 2.土屋裕睦(2018)「わが国のスポーツ心理学の現状と課題」『心身医学』58,159–165.
  • 3.武田大輔(2013)「臨床スポーツ心理学の現状と課題」『スポーツ心理学研究』40,211–220.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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