特別支援教育の領域から
向野 光(むくの ひかる)
Profile─向野 光
千葉大学教育学部卒業。千葉大学教育学部附属養護学校,千葉県立特別支援学校教員・校長を経て2017年より現職。専門は特別支援教育,キャリア教育。
実験心理学との出会い
大学の教育学部に入学した1977年。教養部で大山正先生の心理学の授業を受け,知覚や感覚の不思議さを知り,知覚心理学の虜になった。そのおもしろさに刺激され,2年間の教養部の間に野口薫先生,上村保子先生,御領謙先生,非常勤でお見えになっていた東京女子大学の故古崎愛子先生と元慶応義塾大学の古崎敬先生ご夫妻の授業を含め心理学の授業を5つも受講していた。それだけでは飽き足らずに上村先生の担当する総合講座「認識と行動」等を受講し,人間科学の各分野の先端研究の様子を知り,心躍らせた。併行して受講していたのが教養部の「心理学実験演習」だった。この演習では教養部の学生を対象に知覚心理だけでなく,各分野の心理学実験を経験させてくれた。当時,非常勤でいらした,元慶応義塾大学の増田直衛先生,元障害者職業総合センターの田谷勝男先生,敬愛大学の藤井輝男先生ら,若手の教務補佐や非常勤講師の先生方から直接実験の手ほどきを受けた。演習では知覚関係の実験が多かったが,実際の場面では実験をおこなう上での微妙な機械操作や,刺激の提示の微妙な加減など直接レクチャーを受け,仲間と苦心して結果をレポートにまとめたことを思い出す。
「心理学ミュージアム」の2つの記事
今回あらためて63号「心理学ミュージアム」の「1945年以降の台湾における,古典実験心理学機器の運命」(櫻井正二郎氏,2013年),68号「『実験心理学ミュージアム』から『心理学ミュージアム』へのお引っ越し」(吉村浩一氏,2015年)の記事を読み,この心理学実験演習の様子を思い出した。ちょうどこの頃,大学にもコンピュータが導入され心理学実験もアナログの機械的な刺激の提示から,コンピュータを使用したデジタルの刺激提示へと変わる時代であった。当時はコンピュータによる自在に刺激を変化させる利便性,正確性に目を奪われた。しかし,あらためて櫻井氏,吉村氏の記事にあるような古い実験機器を見るにつけ,当時のアナログな機械をチューターの先輩から原理を学びながら操作し,機器を微調整する経験が,実験から学ぶ法則の理解に役立った事を思い出す。教育学部の専門課程に進んでからも,教養部の心理の研究室には毎日のように顔を出し,当時進めていた障害児の脳波の光応答性の実験の様子を教室の先生方と話し合いながら,実験装置を試行錯誤しながら製作し,実験を進めることにこの経験が活かされたと思う。また,そんな折りに,研究室に来ている心理の学生たちとしばしば話題になったのは,何度も通った秋葉原の店の情報や,大学近くの電子機器製作の工場の親父さんからのアドバイスだったりした。こうして出会った異分野の人,市井の職人さんたちと重ねる議論もまた,新たな手立てにつながるヒントになった。
新たな「ひらめき」のために
こうした一見関係のない場での人との出会いや,金曜日の夕方,授業を終えてからの研究室での非常勤の先生方との雑談からのアドバイスやヒントが自分の実験に役立っていた。そしてこうした仲間や,技術を持つ市井の人々と協働する経験は卒業後の教員としての実践研究の進め方に大きな影響を与えてくれたとあらためて思う。現在はパソコンがすべてをコントロールし,ボタン一つでプログラムを実行することで誰もが失敗せずに実験を終えることができる。その意味でこうした古典的な実験機器に仲間とともに手を触れ実際に操作し,原理を導く過程を追体験することは今の若い研究者にとっても刺激となるだろう。そんな経験が新たなひらめきを生むヒントになるであろうことを信じてやまない。
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