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【特集】

どこでも・たのしくできる防災教育ツールの開発と国際展開

野内 類
東北大学加齢医学研究所 准教授

野内 類(のうち るい)

Profile─野内 類
明治学院大学文学部卒業,中央大学文学研究科で博士(心理学)を取得。東北大学加齢医学研究所産学連携研究員,日本学術振興会特別研究員(PD),東北大学災害科学国際研究所助教,学際科学フロンティア研究所助教,スマートエイジング学際重点研究センター准教授を経て現職。専門は認知健康科学。著書に『認知心理学の冒険』(編著,ナカニシヤ出版),『Q&A心理学入門』(編著,ナカニシヤ出版)など。

自然災害の被害を減らすための防災教育

自然災害とは,暴風,豪雨,豪雪,洪水,高潮,地震,津波,噴火,その他の異常な自然現象によって生じる被害のことである。日本は,地形・気象などの条件によって以前からさまざまな自然災害に直面してきた[1]

防災教育とは,自然災害の被害を低減するために,自然災害に対する知識を深め,防災・減災に対する意識を高め,最終的に自然災害が起こった際の対応力を伸ばすことを目的とした活動のことである。災害に対する知識を学習する講義形式だけでなく,避難訓練などの体験学習を含む[2]。特に,小学生や中学生などを対象とした場合には,ゲームを通じて楽しみながら学ぶ防災教育に注目が集まっている。

自分の判断でストーリーが変わる防災教育ゲームの開発

ゲームを用いた防災教育は,従来,自然災害のある時点に注目して,ゲームにしてきた(例えば,「地震が来たらどうするのか」や「非常食としてなにを備蓄しておくのか」など)。しかしながら,自然災害発生時のことを考えると,自分の選択した行動によって,その後の事態が変化することは容易に想像がつく。例えば,自宅で大きな地震を経験した場合に,家にとどまるのか,避難所へ向かうのかによって,その後に取るべき行動は大きく異なる。つまり,自然災害が発生した場面では,ある判断が次の状況に影響を及ぼすため,私たちは連続して生じる状況で何回も判断を下し,行動をする必要がある。そこで,筆者は,災害時のある状況での自分の判断が,その後の状況に影響を及ぼすことを連続的に体験できる防災教育用のゲーム(以下,災害サバイバルゲームブック)を作成した(図1)。

図1 災害サバイバルゲームブックの例(大地震シナリオ)
図1 災害サバイバルゲームブックの例(大地震シナリオ)

災害サバイバルゲームブックでは,自然災害が発生し,安全に避難するまでのシナリオを作った。まず,自宅で一人でごはんを食べようとしている時に震度6強の地震が発生した場面からゲームはスタートする。その後,どのような行動をとるのかを3つの選択肢から選ぶ(①すぐに机の下にかくれる,②すぐにお弁当を取り出して食べる,③すぐに両親に携帯電話で連絡をとる)。この選択した行動によって,その後に起こる出来事が変化していく。筆者たちは,この災害サバイバルゲームブックを用いて防災教育を中学生に対して行い効果検証を行っており,通常の防災教育よりも効果的であることを明らかにしている[3]

防災教育の国際展開

2013年11月にタイの研究者から,ぜひタイ国内版の災害サバイバルゲームブックを作ってほしいと連絡があった。当時のタイでは,同国史上,最も被害が甚大であった2011年の大洪水を教訓に,防災教育について国を挙げて取り組んでいる最中であった。そこで,タイ国内で頻発する洪水をテーマとしたシナリオのタイ語版を作成した。現地の研究者の協力によって,バンコクとプーケットの中学生と高校生約400人に災害サバイバルゲームブック(洪水シナリオ)を用いた防災教育を2014年6月に行うことができた。このゲームブック形式は,タイ国内の中高生にも好評であった(図2)。

図2 タイ国内での防災教育の様子
図2 タイ国内での防災教育の様子

その後,タイでの防災教育の実施に協力してくれた国連開発計画(United Nations Development Programme)の紹介によって,今度はフィリピンでも防災教育を実施できることになった。当時のフィリピンは,2013年11月に発生した台風第30号(Haiyan:ハイエン)によって壊滅的な被害を受けた後であり,防災教育の重要性が高まっていた。

ところが,筆者たちが防災教育を実施するには,さまざまな問題があった。一つ目の問題は,防災教育を依頼されたレイテ島は,台風の被害が最も大きかった地域であったため,食料不足・住宅不足などから,住民が逃げ出すほど島内の治安が悪化していたことだった。そのため,人生で初めて屈強なボディーガードを雇用し,島に唯一ある重厚な四輪駆動車Jeepを借り切ることで身の安全を守りながら,防災教育を行った。二つ目の問題は,今回のフィリピンでの防災教育の対象が小学生であることだった。ゲームブック形式の防災教育は,自然災害時の出来事を連続的に経験できるという利点がある。一方で,ストーリーの読解力・理解力が必要なため,年齢が低い子どもには難しすぎるという問題点があった。そこで,より簡単でより実践的な防災教育を実施するために,自然災害発生時の正しい行動や自然災害の知識を問う災害クイズ[4]と避難訓練を組み合わせた防災教育パッケージを考案した。

2014年7月にフィリピンの首都のマニラから,プロペラ機に乗って上空からレイテ島に向かった。台風・高潮被害の半年後であっても,ほとんどの住居は倒壊したままであり,復興は程遠い印象だった。実際に,訪問した小学校の校舎は全壊しており,野外の廊下で学年ごとに交代しながら,災害授業を実施することになった。このような困難な状況でも,汗をかきながら,一緒に避難訓練を行ったり,防災クイズの正解に一喜一憂したりしながら,フィリピンの子どもたちは目を輝かせて,防災教育を受けてくれた[5](図3)。

図3 仮校舎内で防災教育を受けるレイテ島の子どもたち
図3 仮校舎内で防災教育を受けるレイテ島の子どもたち

防災スタンプラリーの開発

フィリピンでの防災教育や現地調査を通じて,実際に体を動かしながら避難経路を確認する避難訓練の重要性が分かってきた。そこで,楽しみながら避難訓練を行うことができる防災教育ツールとして開発したのが,防災スタンプラリーである(図4)。

図4 防災スタンプラリーの例
図4 防災スタンプラリーの例

防災スタンプラリーは,参加者が避難経路を回りながら,途中で災害が起こったらどうするかというクイズに回答しながらスタンプを集めていくものにした。その際に,単純にクイズに答えるだけでなく,クイズの回答によって,参加者の特徴が分かるように工夫をした。クイズの回答は自分自身で行う自助,地域で協力しながら行う共助,行政が主導になり行う公助の考えに即したものを用意し,それぞれスタンプの色を変えた。

例えば,海岸にいる全員が,津波から安全に素早く逃げるためにはどうすればよいのかというクイズに対して,①すぐに逃げられるように荷物は軽くしておく(自助),②地域で協力して避難訓練を実施しておく(共助),③避難所までの案内図や看板を設置する(公助)から自分の意見に合うものを選択し,スタンプを押す。クイズに答えながらスタンプラリーをしていくと,災害対策として自助を選択することが多い参加者は赤色,共助を選択することが多い参加者は緑色,公助を選択することが多い参加者は青色のスタンプがたまっていく。スタンプラリーが終わると,自分がどのような災害対策を選択するのかが一目で分かるようになっている(図5)。

図5 防災スタンプラリーの結果
図5 防災スタンプラリーの結果

この防災スタンプラリーは,実際に避難訓練を楽しみながら実施できるだけでなく,クイズを通じて災害対策について学ぶことができ,さらに,自分や他者の災害対策の傾向を知ることができる。

日本の沿岸部にある小学校の生徒に防災スタンプラリーを含む防災教育もしくはそれ以外の防災教育を実施した[6]。その結果,防災スタンプラリーを含む防災教育の方が,それ以外の防災教育よりももう一度受けたいと感じており,防災教育の効果が大きいことが分かった。このことから,防災スタンプラリーの防災教育効果と楽しんで実践するというコンセプトの妥当性が確認できた。なお,この防災スタンプラリーは,シヤチハタ社によって商品化され,日本全国の防災教育の現場で活用されている。

防災教育の国際展開,再び

防災スタンプラリーは,当初から海外展開を想定して作成してきた。例えば,スタンプラリーの問題と解答については,日本語・英語を併記するようにした。そうすることで,英語の表現をベースに,さまざまな言語へ翻訳して使えるように工夫した。また,スタンプのイラストは,ピクトグラムで表し,スタンプを見ただけで意味が分かるものにした。さらに,防災スタンプラリーは,避難訓練を実際に実施できない場合であっても,防災スタンプラリーだけでも楽しく防災教育ができるように工夫をした。もちろん,防災スタンプラリーは,避難訓練を楽しく実施するためのツールであるため,避難訓練と一緒にやることが大前提である。しかしながら,これまでの海外での防災教育の経験から,防災教育を実施する当日に天候や時間の都合などで,避難訓練ができない場合もありえる。そこで,避難訓練がなくてもクイズを通じて防災教育ができるように,災害発生からの時系列(災害発生時・避難時・避難後)にそってクイズを作るなど工夫した。

2015年12月にタイ語版の防災スタンプラリーを作成し,プーケットにある小学校で防災教育を実施した。さらに,2017年9月と2018年11月にもプーケットを訪問し,これまでにアジアを中心に約20の海外の小学校で防災スタンプラリーを用いた防災教育を行ってきた。その後も防災スタンプラリーを用いた防災教育は,2019年以降もインドネシア等でも実施するなど,現在でも国際的に展開している(図6)。

図6 プーケットの小学校での防災教育の様子
図6 プーケットの小学校での防災教育の様子

これからのこと

自然災害を無くすことはできないかもしれない。心理学の知見でより安心・安全な社会が実現できると信じて,今でも声がかかれば,国内外どこへでも防災教育を実施する準備はできている。

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