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この人をたずねて
久保(川合)南海子 氏(くぼ(かわい) なみこ)
Profile─久保(川合)南海子 氏
日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員,京都大学霊長類研究所研究員,京都大学こころの未来研究センター助教などを経て,2009年より愛知淑徳大学,現在に至る。専門は実験心理学,生涯発達心理学,認知科学。著書に『女性研究者とワークライフバランス』(共編著,新曜社),『「推し」の科学』(単著,集英社)など。
久保(川合)先生へのインタビュー
─研究テーマについて教えてください。
研究テーマは大きく分けて3つあります。まず,学部からポスドクまでは動物やヒトを対象にした実験による認知研究をしていました。次に,出産をきっかけに,ワークライフバランスやジェンダーに関する調査研究に取り組みました。ここ数年は認知科学のプロジェクション・サイエンスを基にしたフィールド研究を行っています。
3つのテーマには特に関連がありませんし,研究手法も違います。また,大学では高齢者の心理や行動について教育と研究をしていますので,専門を聞かれるといつも困ってしまいます。
─さまざまな研究に取り組まれていらっしゃるのですね。先生がそれぞれの研究テーマを選択されたきっかけや理由はありますか。
中高生の頃は漫画や小説などが好きで,特に物語のなかに登場する心理や行動に興味がありました。そして心理学という学問を知り,大学に進学しました。心理学を学ぶのであれば関連する仕事に就きたかったので,カウンセリングに興味があったのですが,なぜか学科で飼育されていた行動観察用のネズミを世話する当番になりまして……。学祭でそのネズミを使ったレースを先生が企画され,訓練を任されたことが動物実験で研究するきっかけになりました。全く何もしないネズミを走らせるという行動訓練をして,どうすればネズミがレースで走るのか試行錯誤したのが面白かったのかもしれません。その後,サルの研究に進み,夫とも知り合ったので,ネズミ当番をしていなければ人生が大きく変わっていたと思います。
─その後,出産を契機に,ライフコース研究をされるようになったのですよね。
『心理学ワールド』の編集委員をしていた2010年に誌面を刷新するということで,新しい企画を立てることになりました。その頃,私自身,就職と妊娠出産が同時にきてアップアップしていました。研究者は就職が遅くなるので,30代が大変悩ましい時期になります。いわゆる会社員と研究者のライフコースの違いを感じていました。理系の学会では2000年代後半にそうしたキャリアの話が取り上げられていたのですが,日本心理学会でもこのようなワークライフバランスに目を向けてほしいと考えていた頃でした。ただ,ワークライフバランスという言葉を押し出しても上手くいかないかもしれません。そこで,研究だけでなく,プライベートについても公の場で話をしていきましょうという雰囲気が必要ではないかと考えました。こうしたことから,自分の趣味や生活,子育てなどを綴る「心理学ライフ」のコーナーを提案しました。当時編集委員長だった仲真紀子先生がすぐに企画に賛同してくださったので,ほっとしたのを覚えています。それが,学会でのワークショップにつながり,さらに本(『女性研究者とワークライフバランス:キャリアを積むこと,家族を持つこと』)の出版へと発展しました。
そう考えると,ライフコース研究も,研究をしようと思って始めたというよりは,いろいろな研究者の話を聞きながら,研究に目を向けるようになったと言ったほうがよいのかもしれません。
─先生の著書(『「推し」の科学:プロジェクション・サイエンスとは何か』)でも語られているプロジェクション・サイエンスとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。
私自身がオタクなので,プロジェクションに出会ったとき,「推し活」のような行動を説明するのにぴったりだと思いました。プロジェクションは元々ある物理的な世界に自分の作り出した表象や意味を重ねる心の動きのことです。例えば,ライブで拾った銀テープは,持ち帰ってきた人からすればライブの大切な思い出や愛好心などがプラスされてとても大切なものになります。しかし,そのことを知らない人から見ればゴミかもしれません。形見などもそうですよね。物理的な価値は変わりませんが,見る人によって「価値」が変わってくること,そして時にそれを他者とも共有できるのがプロジェクションの面白いところです。
─プロジェクションについてはより楽しそうにお話されますね。
今までは,社会での必要性を感じて研究をしていました。高齢社会のなかで,高齢者の心や行動の研究は大切ですし,ワークライフバランスについて考える使命感や楽しさもあります。しかし,プロジェクションは,社会の役に立つかどうかよりも,「私が面白い」という気持ちで研究しています。まさに「推し」と出会ったときと一緒ですね。研究をしている人たちの暑苦しさは何だろうと常々思っていたのですが「これか!」と……。推しを布教しているときと同じテンションですよね。
─研究テーマやライフコースで迷っている若手研究者も多いと思います。メッセージをいただけますか。
まず,研究のテーマに関してですが,一つのことを極めていくのも研究者として大切ですし,そうしたいという気持ちの強い人もいると思います。ただ,いろいろな状況の変化によって,それができないこともあります。就職や子育て,介護,さまざまありますが,そうしたなかで研究テーマを変えざるを得ない際は,それを新しいチャンスと思って取り組んでください。その姿勢がその後の広がりにつながると思います。取り組んでみると,そこから新しい景色が見えることもあるかもしれない,悩むよりもまずやってみようというフットワークの軽さと,好奇心の強さみたいなものを持ち,さまざまな状況を楽しんでください。
また,仕事や研究などで,自分が誰かに何かを任せる側になって初めてわかったことがあります。それは,何かを任せるとき,「誰でもよいのだけれど,誰でもよくない」ということです。何かを任せるときは,それまでの違う分野でのその人の在りようなどを見ていて,この人だったら大丈夫だろうと思ってお願いしています。頼む側は「あなたならできると思うよ」とお任せしているということを覚えておいてください。
ライフコースを形成していくうえで,迷われることも多いかと思います。何年か研究をしてきて気が付いたのですが,ワークライフバランスは仕事と生活(育児や介護など)のバランスを取ることではなく,求められていることと,自分が求めていることのバランスを取ることだということです。好きな研究や推し活は誰にも求められていなくてもするものですよね。ジョギングをする人は誰に求められているわけでもなく,わざわざお金を払って大会に出て,走って帰ってきます。すること自体が楽しみです。一方でやらなければいけない仕事や役割などもあるかと思います。求められていることだけではなく自分が求めていることにも目を向けて,上手にバランスを取っていってください。
聞き手はこの人
インタビューを終えて
今回のインタビューでは久保先生のご研究から研究者としての歩み,さらには推し活までさまざまなことをおうかがいしました(最近の久保先生の推しは『ゴールデンカムイ』だということです)。研究とは関係のない質問もたくさんしてしまったのですが丁寧に応じてくださり,インタビューの時間があっという間に過ぎてしまいました。インタビュー当時,私自身の行っている研究が雑多になっており,研究をどのように進めていこうか,お誘いいただいた研究を受けるべきか否かについて思い悩んでいました。しかしながら,久保先生とお話をし,目の前の研究一つひとつに向き合うことの大切さやそうしていくことで自分自身の研究や価値観に広がりが出る可能性を考えることができました。
研究テーマ
未来の自己像(可能自己)を設定することで,目標の達成や自己制御,ストレスマネジメントなどにどのような効果があるのかをメインテーマとして研究しています。特に,どのような自己像をどのような条件下で設定するのが効果的であるのかを防衛的悲観主義などの認知的方略の観点から検討しています。その他,包括的性教育における支援者支援や若者の居場所づくり,若者支援者の養成プログラムの評価・検討にも取り組んでいます。
Profile─いしやま ゆうな
京都橘大学総合心理学部講師。同志社大学大学院心理学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(心理学)。専門は健康心理学,教育心理学。共著論文に「表現筆記が防衛的悲観主義者のパフォーマンスに及ぼす影響」『教育心理学研究』68, 1-10, 2020.など。
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