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迷い憂うことと「明らめる」こと─未来思考から見る「心配症」の生き方
町田 規憲(まちだ みのり)
Profile─町田 規憲
早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学中。専門は臨床心理学,認知心理学。筆頭論文に「高心配性者の認知行動的側面に対するメタ認知的介入の効果」ストレスマネジメント研究, 16, 2-11, 2020など。
心理学における「心配症」:全般不安症
「あなたは心配性ですか?」と尋ねると,約6割が肯定したというデータがある。また,人生で一度も心配したことがないという人はそう多くないだろう。それだけ心配とは身近な心理現象である。しかし日常生活に支障をきたすほどになると,それは病的と評価される。この病的心配を主症状とする精神疾患が全般不安症であり,一般には「心配症」などと形容される。日本でも5%程度の生涯有病率を有し,その延長上の前駆状態である「高心配性者」は,日本人の約3割が該当する。この疾患は「性格の問題」と片付けられがちで,一般にも専門家にも正確な認識や知見が浸透しきっていな い[1]。しかしその生活支障度は他の精神疾患より高く,うつ病と同程度である。そして他疾患よりも既存の治療法による回復率が低く,症状が寛解しても生活支障度が十分に改善しない。これは既存の支援であまり重視されてこなかった「心配症」の共通特徴に起因すると想定し,筆者は新しい支援法の提案に向けて研究してきた。
不適応パターンの理解
例えば「心配しないようになろう」と言われれば違和感があるだろう。実際,心配そのものは適応的に働くこともある。このように,心配すること自体には可も不可もない。問題となるのは,心配に伴う,その不安や苦痛から逃れたり制御するための一連の固執的パターン(認知注意症候群)であり,心配への対処を意図したこの方略が,かえって心配の頻度や強度を高めてしまう。しかし心配でい続けることは苦痛なのだから「心配は有害・邪魔者だ」と感じるのも自然である。こうした信念(メタ認知的信念)があると,いざ気がかりや心配が生じた際に認知注意症候群を駆動せずにいられなくなる。これはつい最近まで理論的想定に留まっていたが,認知注意症候群を簡易的に測定する質問紙が開発されたことで明らかになった[2, 3]。
建設的な代替方略の重要性
一方,全般不安症は再発率の高さが問題視されている。つまり,一度寛解しても,しばらくするとまた病理的状態に戻ってしまう人が多いのだ。これは認知注意症候群の残存・再燃が一因と目されており,筆者はその背景として,代替方略の未獲得に着目している。つまり心配以外の方法で,「未来について考え計画を立てること」とそれに基づいて「気がかり・問題を解決する行動に従事すること」,およびそれを支えるスキルの支援が不十分なため,結局心配に頼る生活に戻ってきてしまうのだ。人々が心配し続ける理由は,「気がかりや問題を解決するため」や「先々に起こり得る問題を回避するため」,つまり未来を適切に想像して問題解決するためである。これについて従来は,エピソード的未来思考,問題解決などの視点から研究されてきたが,結果は一貫しない。全般不安症は自身の感情・認知の認識にバイアスがあるため,主観報告のみによる研究では限界があった。筆者はこれをタスク関連実行処理という概念に再整理し,認知心理学や生理心理学の視点から測定を試みた。予備的研究では,認知注意症候群とタスク関連実行処理,およびそれぞれの制御プロセスが,症状と独立して生活支障に影響していた[3, 4]。まさに,心配や問題を「諦める」のではなく「明らめる」ことこそが目指すべき道となる可能性が示されつつあるのだ。
おわりに
現在,外来評価法や機械学習なども導入し,全般不安症にとって重要な「気がかりが生じたとき」の認知行動パターンの測定法の開発およびマーカー特定と,介入の最適化に向けた研究を進めている。いずれは自習型プログラムを開発予定であり,これが一刻も早く読者の皆さんのお手元に届くよう,研究に励みたい。
- 1大坪天平(2022)不安症研究, 14, 2-11.
- 2Machida, M. et al. (2023) Jpn Psychol Res, Early view. https://doi.org/10.1111/jpr.12445
- 3町田規憲他(2023)行動医学研究, 27, 2-11.
- 4町田規憲他(2022)日本認知療法・認知行動療法学会第22回大会発表論文集
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