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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

手書きの意義を問い直す─言語・認知の生涯発達の視点から

大塚 貞男
京都大学医学部附属病院精神科神経科 特定助教

大塚 貞男(おおつか さだお)

Profile─大塚 貞男
京都大学大学院医学研究科博士後期課程修了。博士(人間健康科学)。専門は臨床心理学。精神科病院・総合病院などの勤務を経て,2017年より現職。理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員を兼職。

デジタル化がますます進むこれからの時代に手書きはもはや不要だろうか。我々は,日本漢字能力検定(漢検)協会の協力を得て,読み書き能力に関する研究を行い,言語・認知の生涯発達における手書きの意義について検討している。

デジタル化と読み書き能力

文化庁の2021年度世論調査では,デジタル化の影響で「漢字を手で正確に書く力が衰える」と89%の人が回答している。我々は,実際に漢字能力に変化があるのかを調べるために,漢検の受検データを解析した[1]

この研究では,はじめに,読み書きの神経心理学的モデルに基づいて確認的因子分析を行い,漢字能力が読字,書字,意味理解の3側面から成ることを特定した。その上で,最も受検者数が多く幅広い年齢層が受検している2級の2006年と2016年のデータを解析し,各側面の4つの年齢層(中高生,大学生,成人早期,成人中期)の成績を比較した。その結果,読字と意味理解に両年で違いは見られなかったが,書字について2006年には成人早期と中期の成績に差がなかった一方で,2016年には成人早期の成績が中期より低いという異なるパターンが認められた。この結果は,2016年時点でスマートフォンが最も普及していた20~30代の若年成人の漢字を手書きする能力だけが特異的に低下していたことを示唆する。

漢字の手書きは文章力の基礎

先述の文化庁世論調査では,16~19歳の若者も62.7%が同様の回答をしており,デジタル化による漢字書字能力の低下は10代以下の子どもにも拡大しつつある可能性がある。これを時代の必然として受け入れる考え方もあるが,我々は,その前に漢字を手書きで習得することの発達的意義を検討しておくことが肝要だと考え,以下の2つの研究を遂行した。

1つ目は,漢検協会が実施している漢検と文章読解・作成能力検定(文章検)の両方を受検した中高生のデータの解析である[2]。この研究では,構造方程式モデリングを用いて,漢字(単語)レベルと文章レベルの読み書き能力の各側面の関係性を検討した。その結果,漢字の意味理解の習得は,文章読解力を介して文章作成能力に影響するが,漢字の書字がもつ文章作成能力への効果に取って代わることはできないことが示された。この結果は,漢字の手書き習得による読み書き能力発達への特異的な貢献を示唆するものである。

生涯発達における手書きの意義

2つ目の研究では,大学生の漢字能力の各側面と高度な言語・認知能力との関係性を調べた[3]。その結果,漢字の読字や意味理解ではなく,書字の習得度が言語的知識を介して文章作成能力を予測することが示された。これらの結果は,早期のデジタルデバイスの利用が漢字の手書き習得に抑制的な影響を及ぼした場合,その影響は広範な言語・認知能力の発達にまで及ぶ可能性を示唆する。

この研究で文章作成能力の指標とした「意味密度」は,ナン・スタディ[4]という米国の修道女を対象とした研究で用いられたものである。その研究では,20代前半に書いた日記から算出した意味密度が高かった人は,アルツハイマー病による脳の病変が進んでいた場合でも,晩年まで健全な認知機能を維持していたと報告されている5。この知見を考慮に入れ,我々は,学童期の読み書き習得に基づく成人期の高度な言語能力の発達が認知レジリエンスを高め,高齢期の認知機能維持につながるという理論的フレームワークを提唱した[3]

介入研究による因果関係の検証へ

現在は,読み書き学習による神経可塑的変化を検討する介入研究を進めている。読み書き教育におけるデジタルデバイスの適切な利用に関する議論の材料になり,これからの時代を生きる全世代の豊かな生活に貢献しうる知見を提供していきたい。

  • 1Otsuka, S., & Murai, T. (2020) Sci Rep, 10, 3039.
  • 2Otsuka, S., & Murai, T. (in press) Read Writ.
  • 3Otsuka, S., & Murai, T. (2021) Sci Rep, 11, 2190.
  • 4Snowdon, D. A. et al. (1996) JAMA, 275, 528–532. 5 Iacono, D. et al. (2009) Neurol, 73, 665–673.

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