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常務理事会から

心理学は「断絶」を埋めることができるか?

本号がお手元に届く頃には,新理事長の下で新しい体制が始まっていると思います。ですので,この4年間でもう少し前に進めることができたらと思っていたことを書きたいと思います。

「断絶」や「分断」という言葉がよく聞かれるようになったのは,そう古いことではありません。EUの危機や米国大統領選の混乱を頂点に,「先進」諸国に陰りが見え始めた21世紀以降の10年間に,私たちの社会は様々な軋みを経験してきました。

それは学問や研究を推進する学会においても当てはまるような気がいたします。単なる少子化の問題を超えて,自然科学でも人文・社会科学でも会員数の減少が報告される中,私たちの学会も,同じような危機感を共有してきました。特に,心理学の小規模な学会からは,役員のなり手が少なく,学会の運営が難しいなどの声を聴くことが多くなりました。

近い将来起きるであろう問題に対処するために金井篤子財務担当常任理事をはじめ,事務局一丸となってここ数年取り組んできたのがJPASSで,最初から他学会との連携も考慮した柔軟なシステムを構築することを目的に,現在も微調整が続いています。この開発に当たっては,横田正夫前理事長時代から複数の会員のご協力を得つつ進めてきたもので2027年に100周年を迎える学会の重点事業として位置づけてきました。

しかし,問題はその原因の所在がどこにあり,戻すことはできないまでも解決の糸口はあるのかということです。あるところで私は3つの「断絶」に言及しました[1]。年代間,大学と現場間,研究者と市民間です。さらに付け加えれば学問分野間を4つ目に数え上げることができます。現学会体制はこうした「断絶」を等閑視してきたわけではありません。若手の育成,異業種間交流,留学生ネットワーク,男女共同参画,シチズン・サイエンス,最近始まった日本看護科学学会との共同シンポジウムなど,多岐にわたった活動を展開していますが,心理学研究者としての独創性が発揮されているのか,シニア研究者の積極的な関与があるのかというと,まだまだだなあと思うことしきりです。「断絶」を乗り越え、克服すること,これは私たちの「心理学」的知性に求められている重大な挑戦と思います。

あまり学問的なお話ではありませんが,ある講演会で私は4つの「アイモード」(「合い」相(モード))と称して,コミュニケーションの中で言語使用行動が持つ4つの機能をお話したことがあります。1つめは「合図」で,挨拶に見られるような,私はあなたに危害を加える者ではない,などといった相手のこれからの行動に手がかりを与える相です。2つめは「打ち合わせ」で,共同で行動するための調整を行うモードです。合意形成や作戦会議を思い浮かべてください。3つめは「語り合い」です。井戸端会議やお酒を交えての歓談を想像してください。ここでは,自分自身の感じている,考えている,経験した,評価した内容などをてんでバラバラに披露し合っております。

最後は「付け合い」で,これは苦し紛れの命名です。連歌や連句の場では,参加者は発句に次々と自分の「独創性を賭けて」句を繋いでいきます。これと同じように語られた言葉から,これまでにない新しい自分の言葉を見出して相手の話を拡げていくこと,そんな相をイメージしていました。対談で相手に投げかけられた奥行きの深い問いや,講演などへのフロアからの素晴らしい質問にその典型を見ることができます。研究者の目指しているコミュニケーションといっても,言い過ぎではないと思います。

この講演会は,コロナ2019によるパンデミックで分断された医療コミュニケーションを,どう回復するかがテーマとなっている大会で開催されました。この講演会でいただいた質問の中に,「合図」と「話し合い」は問題ないのだが,「語り合い」と「付け合い」には戸惑うといったお話がありました。「合図」も「話し合い」も初めからある程度行きつく先が決まっています。しかし「語り合い」も「付け合い」も全く先が見えません。時間をかけてコミュニケーションをした以上,どうにかしてまとめなくてはならないというある種の切迫感,もしかしたら,そうした気持ちに,タイパ(時間効率)を求める人々が囚われているのかもしれません。4つのアイモードを駆使することで,私たちは「断絶」からの出口を見出すことができるのでしょうか。

(理事長在任期間2019年6月~2023年3月 慶應義塾大学名誉教授 坂上貴之)

  • 1 人文社会系学協会連合連絡会(編)(2021)私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する.論創社,および,本誌94号(2021年)「常務理事会から:時代の転回期を前にした日本心理学会」(https://psych.or.jp/publication/world094/pw23/)も参照。
  • * 本稿は2023年3月4日にご寄稿いただきました。

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