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追悼文 坂上貴之理事長のご逝去にあたって

2023年3月22日,本学会の坂上貴之理事長が,半年余りの短い闘病期間を経て急逝されました。1月に入っても,常務理事会には対面でご参加され,いつものように笑顔で議長を務められていました。それからわずか2ヵ月あまりでご逝去されたことは,今でも信じられません。

現役理事長であり,また,数多くの教え子や共同研究者,友人をお持ちの坂上先生ですから,精一杯のお見送りをさせていただきたいという声は多数あがりました。しかしご逝去前,ご本人は,「葬式・納骨・お香典・供花など,一切のお心遣いは不要」と周囲に伝えていらっしゃいました。このご遺志を酌み,日本心理学会のみならず関連学会も,弔事に関連する慣例を慎み,抑制的にふるまいました。この状況を不思議に思われた方もいらっしゃると思いますが,このような事情があったことをご了承いただきたく思います。

本来,長年の親交のある,あるいは教えを受けた方による追悼の文章を掲載すべきところ,これについても坂上先生スタイルを尊重し,日本心理学会理事長としての坂上先生のお仕事を振り返ることをもって,代えさせていただきます。

坂上先生は,2017年6月,財務担当常務理事となられ,2019年6月から2023年3月22日のご逝去までの4年間弱(2期)の長きに亘って,本学会の理事長の職務を担ってくださいました。また,2020年7月からは,一般社団法人日本心理学諸学会連合の理事長も兼務されていました。2020年に生じた学術会議問題の時,日本心理学会理事長として,記者会見の矢面に立って奮闘されていたお姿をご記憶の方も多いのではないでしょうか。

坂上先生のお仕事の中でも特筆すべきは,学術大会の運営方法の変革です。近年は,学術大会の主催校として手を挙げてくださる大学がなかなか見つからなくなってきました。しかも,新型コロナウイルス感染症の蔓延により学術大会がリモート化し,主催校制度そのものが揺らぎました。そこで,学会本部内に大会実行委員会を置く本部主催制度へと舵を切ったのは,坂上先生の大英断でした。

その最初の大会となったのが,2022年第86回大会です。この大会は,会場として,日本大学をお借りし,坂上理事長を実行委員長とする「第86回大会実行委員会」によって運営されました。まず,常務理事2名と会場を貸してくださった日本大学の文理学部長からなる3名の副実行委員長,6名の実行委員からなる,総員10名の実行委員会を招集・構成されました。これに加えて,日心事務局や,外部のプロフェッショナル・コンベンション・オーガナイザーを指揮して,大会準備の先頭に立たれました。それに加えて,膨大な量の抄録校閲担当,広告や出展の渉外担当として,煩雑な実務も担う,獅子奮迅の大活躍でした。「責任はとるから,自由にやって」という親分肌が,委員を安心させてくれました。

大会期間中は,毎日会場全体に目配りをするとともに,大きな企画の主催を務められました。たとえば,学術会議問題で共闘した哲学の大家,野家啓一先生をお招きして,招待講演「心理学と哲学のあいだ~人文学の再生を求めて~」を実施されました。この背景には,コロナで一層顕在化した,様々な断絶・分断を憂うお気持ちがあり,その解決には,心理学や哲学などの人文学が一致して貢献すべきだという坂上先生の思いがあったと拝察します(坂上先生は,人文学をあえて「じんもんがく」と呼称されていたことを思い出します)。この思いは,坂上先生が生前に寄稿された『心理学ワールド』本号記事(前頁,p.46)に残されています。ぜひご覧ください。また,一般公開講座「シングルケースデザインをどう考えるか:個に寄り添う科学と実践(企画:日本看護科学学会・日本心理学会)」の共同企画・司会も務められました。日本看護科学学会との連携は,坂上先生が力を入れていらっしゃったことの一つです。

この大会は,コロナへの配慮,初のハイブリッド開催などの難問だらけでしたが,一人一人の委員に目を配り,にこやかに,明るく陣頭指揮を執ってくださったことで,少人数で乗り切ることができました。本部主催の学術大会運営の基本スタイルは,坂上先生が日心にもたらした,大きなプレゼントになりました。

坂上理事長が先代常務理事会から継承した,日本心理学会の会員システムのバージョンアップも,ほぼ完成までこぎつけました。このシステムは,JPASS(Japanese Psychological Association Secretariat System)といいます。いわば,「日心事務局システム」です。先ごろ行われた代議員選挙の投票率が,前回選挙と比して5%以上向上したのは,JPASSを活用したweb投票システムの功績だと推測されます。現在は,他学会のJPASS共同利用の開始までこぎつけています。共同利用については,心理学ワールド全体に資することを願って付加された機能です。少子化や学会離れの傾向などで,学会運営が困難になっている中・小規模学会を支えるために,事務作業を「事務局」として補佐することを目指した非営利的な取り組みです。これも坂上先生が残してくださったプレゼントです。

諸外国の関連学会や団体との連携では,いつも明るく穏やかに,しかし言わなくてはならないことははっきりと言うというスタイルを貫かれました。日中韓三カ国シンポジウムのラウンドテーブル等の重要な場では,積極的に発言されて,日本心理学会の存在感を際立たせてくださいました。発表者が急遽欠席された時は,いつもの親分肌を発揮して,ご自身で発表をして穴埋めをしてくださいました。その一方で,関連学会を訪問する時には,日本の基礎系・応用系・臨床系の現状を調べておいたほうが良いという,周到で緻密な助言もしてくださいました。移動が極端に制限されたコロナ禍であっても,世界が連携する学問の在り方を探るべきであるという,明確な道標を示してくださいました。

以上にとどまらず,坂上先生は,理事長として様々な貢献を果たされ,数々のプレゼントを残してくださいました。これらのプレゼントを実用し,発展させることが,新たな常務理事会の中心任務になると思われます。そしてこのプレゼントは,心理学ワールド全体に波及することが期待されます。

陽気で軽快なそのパーソナリティによって,日本心理学会のみならず,周囲を明るく照らしてくださった坂上貴之先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

公益社団法人日本心理学会常務理事会一同

(『心理学研究』94(2), 194-195, 2023より転載)

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