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こころの測り方

測定法によるこころの乖離

川越 敏和
東海大学文理融合学部 講師

川越 敏和(かわごえ としかず)

Profile─川越 敏和
専門は実験心理学・認知神経科学。博士(学術)。2018年より立教大学心理学部助教,2021年より東海大学SAC講師,2022年より現職。理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員兼務。著書に『人間の許容・適応限界事典』(分担執筆,朝倉書店)。

客観的データを重視する心理学

「心理学は客観的な根拠に基づく科学的な学問である」という旨の表現は,心理学,特に基礎系の概論的な授業を受けたことがある人であれば耳にしたことがあるでしょう。心理学は科学です。にもかかわらず,心理学系の講座は本邦ではいわゆる「文系」の学部に配置されることが多く,統計や英文講読,プログラミングなどの授業内容に一部の学生は面食らうことになります。近年では「心理学部」も増えてきましたが,なお文系の学部であるという印象は根強いようです。心理学者の端くれとしては,学問としての心理学の認知度が高まり,学び始めてからギャップを感じるということが減るといいなと思います。

さて,心理学は科学であり実証的な学問なので,心理学における知見にはほとんどの場合客観的データが伴っています。そこで重要なのはこころをどう測定するかでしょう。心理学が他の科学的学問と大きく異なるのは,測定対象が不可視であるということです(これが多くの心理学者を魅了してきた部分であり,世間で心理学が科学とは遠く位置づけられてしまう理由の一つでもあると思います)。そのため,どのように測定するかと言う部分には多大な注意が払われてきました。種々の測定法の中で,代表的なものとして行動課題と質問紙があります。本稿ではこの二つに注目します。

行動課題と質問紙

心理学を始めとした科学的学問の主たる研究法の一つが実験法です。厳密で輻輳的な条件設定によって,現象の因果関係に直接アプローチすることができます。その際の従属変数の測定には行動課題が用いられることが多く,その理由として,知覚レベルの処理能などは質問紙では捉えにくいことや,対象となる能力等を直接的に測定するため妥当性が高いことが挙げられます。一方の質問紙(心理尺度:慣習として媒体がなにかに拠らず質問「紙」と呼ぶ)は,検査者に特段のスキルを求めないなど測定が容易であるという特徴があり,大規模な社会調査や臨床現場などでの主たるデータ収集法となっています。心理尺度の開発にあたっては信頼性・妥当性が重視され,回答者に起因するバイアス等の影響を除けば,高い精度で対象概念における個人差を描出できるようになっています。ここで重要なのは,これらはあくまで対象となる能力等を定量化するための「方法」であり,同一概念の測定においては行動課題と質問紙は同じような結果を得ることが期待されているということです。

データの乖離

しかしながら,近年の報告ではこの前提に疑問が投げかけられています。トプラックら[1]は実行機能に着目し,行動課題と質問紙の成績の乖離についてレビューを行いました。実行機能とは,目標指向的な行動の遂行において思考や行動を制御する認知システムのことで,「目標を設定して計画を立てる」,「柔軟に注意を切り替える」など,高次な心的機能です。実行機能の指標は行動課題・質問紙ともに複数存在しますが,驚くべきことにそれら指標間の相関係数の中央値は0.19とかなり小さいことが報告されました[1]。この結果は,同時期に報告されたメタ分析でも支持されています[2]。筆者がこの乖離に着目したのは,我々が研究を行っているマインドワンダリング(MW)と呼ばれる現象においても同様の現象が確認されたためです。MWとは,現在行っている課題や環境の情報から注意が逸れ,それらとは無関係なことを考える心理現象であり[3],いわゆる「ぼんやり」現象です。行動課題としては,Go / No–go課題のような単純な課題を参加者に長時間行ってもらい,その課題中にランダムなタイミングで「今(この直前),なにを考えていましたか」というようなキューが提示され,その回答からMWの頻度を推測します。一方の質問紙は,「人の話を聞きながら,気づいたら何か他のことも考えている」「仕事中や授業中に別のことを考えてしまう」など,普段の生活でのMW頻度を尋ねるような5項目で1因子の尺度となっています(Mind–Wandering Questionnaire[4])。我々の研究では,MWの行動課題と質問紙間の相関は0.2–0.3程度しかないことがわかりました[5]。この結果は手元の別サンプルでも確認されており,他の研究グループも同様の報告をしています[6]

このような指標間の乖離が生じる理由としては,信頼性パラドクスという問題が挙げられます[7]。これは,実験的操作を前提とした行動課題は被験者間の分散が小さくなるように設計されており,数理的にその指標の信頼性の低下に繋がるというものです。数式で考えると自明で,代表的な信頼性の指標である級内相関係数(ICC)の計算式において,分母は「セッション間での変化」「測定誤差」「被験者間の分散」の和であり,分子は「被験者間の分散」であるため,「測定誤差」が一定だとすると「被験者間の分散」が小さいほど「セッション間での変化」の影響が大きくなり,信頼性は低下することになります。実際に,多くの行動課題は信頼性が低いことが実証されています[8]。方法論的な解釈としては,行動課題は通常ある程度統制された環境下で行われ,対象者はパフォーマンスの最大化を目標に課題を行う一方,質問紙は日常生活上の構造化されていない場面について尋ねることが多く,評価されるのは対象となる能力等への本人の自覚や認知だという違いが挙げられます[1]。さらに,質問紙は「特性」,行動課題は「状態」を測定しているという見方もできます[2]

乖離のメカニズムに迫る

「異なるものを測定しているのだから乖離するのは当然で,どちらの調査も必要だ」という方法論的解釈に基づいた考察[9]は,一理あるとは思いますが,行動課題と質問紙が同一の概念・能力を捉えているという前提に沿いません。筆者は,メタ認知の不正確さが乖離を引き起こしているという仮説を立て,それを実証する調査を行いました。行動課題は能力やスキルを直接測定しているのに対し,質問紙はそれに対する本人の自覚や認知を測定している[1]ため,メタ的な要素によって評価が歪んでいる可能性は大いに考えられます。この仮説を検証するため,Web上にて実行機能(中でもワーキングメモリ)を測定する行動課題(3–back課題)と質問紙(J–ADEXI[10])を実施しました。メタ認知は3–back課題の成績について自身が全体の上位何%に位置するかを評価してもらい,実際の成績との差分を取ることで推定しました(Postdiction Discrepancy Method[11])。クリーニング後のデータ(n = 295)を用いてメタ認知スキルの調整効果について調べたところ,統計的に有意ではなかったものの(p = 0.06),「メタ認知スキルが高いと行動課題成績と質問紙評価間の相関が高い」という仮説に整合する方向の関係性が確認されました。統計的には非有意だったのですが,この調査では課題不純問題[12]の影響が考慮されていませんでした。これは,ほとんどの行動課題が対象の構成概念以外の要素(例えば反応に係る言語処理や知覚処理,運動出力に係る機能など)を多分に反映することを指します。その解決策としては,複数の課題を施行しそれらに共通する要素を取り出す潜在変数アプローチが提案されています[12]。今回のデザインやモデルに潜在変数を取り入れることで,より明確な結果が得られる可能性があり,今後の展開の1つとしています。

測りたいものが測れているか

心理学の研究を行う上で,本当に測りたいものが測れているかどうかを気にすることはとても重要です。新しい行動課題や尺度を考案するときはもちろんですが,乖離の例から示唆されるように,既存の指標についても慎重に検討する必要があります。こころは不可視であり,操作的に定義するしかない捉えどころのないものであるということを忘れずに,自身の主張の妥当性・信頼性を高めるためにも,ぜひいつも使っている指標について再考してみてください。

  • 1.Toplak, M. E. et al. (2013) J Child Psychol Psychiatry, 54, 131–143.
  • 2.Sharma, L. et al. (2014) Psychol Bull, 140, 374–408.
  • 3.Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2015) Annu Rev Psychol, 66, 487–518.
  • 4.Mrazek, M. D. et al. (2013) Front Psychol, 4, 560.
  • 5.Kawagoe, T. et al. (2020) PLoS One, 15, e0237461.
  • 6.Seli, P. et al. (2016) Conscious Cogn, 41, 50–56.
  • 7.Hedge, C. et al. (2018) Behav Res Methods, 50, 1166–1186.
  • 8.Zeynep Enkavi, A. et al. (2019) Proc Natl Acad Sci USA, 116, 5472–5477.
  • 9.Friedman, N. P., & Banich, M. T. (2019) Proc Natl Acad Sci USA, 116, 24396–24397.
  • 10.Kawagoe, T. et al. (2023) medRxiv, 2022.11.16.22282379.
  • 11.Rosen, H. J. et al. (2014) Neuropsychology, 28, 436–447.
  • 12.Miyake, A. et al. (2000) Cogn Psychol, 41, 49–100.

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