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異分野協同で創り上げる展望記憶トレーニング
三浦 佳代子(みうら かよこ)
Profile─三浦 佳代子
博士(医学)。日本学術振興会特別研究員(DC1),富山大学エコチル富山ユニットセンター研究員,金沢大学保健管理センター助教などを経て現職。著書に『心理教科書公認心理師精選一問一答1250』(分担執筆,翔泳社)など。
日常生活を支える展望記憶
日常生活において,展望記憶は非常に重要な役割を果たす。展望記憶は未来の予定に関する記憶であり,これが正常にはたらくことで,私たちは日常のタスクや目標を達成し,スムーズな生活を送ることができる。重要な約束や予定を覚えておくことは,社会的な関係を維持するためにも必要なことである。
展望記憶障害により生じる困難さ
展望記憶は,脳損傷,統合失調症,アルツハイマー型認知症などにおいてその機能が低下することが報告されている。さらに,加齢による影響を受けやすく,高齢者の中には展望記憶に関する問題を抱えている人々が少なくない。実際,展望記憶が障害されると,薬の飲み忘れ,火の消し忘れ,予定の失念など,日常生活において多くの困難が生じる。このような状況に直面した場合,本人に代わって家族が予定を覚えておかなくてはならないため,家族や介護者にとっても深刻な問題となる。
展望記憶障害の改善に向けて
展望記憶は日常・社会生活の遂行と密接に関係した重要な認知機能である。これまでにも,展望記憶障害に対する認知トレーニングが行われてきたが,トレーニング環境と実生活の解離という大きな問題点があり,展望記憶障害に対する効果的で生態学的妥当性の高い認知トレーニングは確立されていないのが現状である。そこで,私たちは日常生活場面に近い状況下で実施できる認知トレーニングが必要であると考え,現在,バーチャルリアリティ技術を導入した新たな展望記憶トレーニングの開発と効果検証に取り組んでいる。
トレーニングシステムの開発
これまでに行われてきた展望記憶トレーニングや展望記憶課題を参考に,視覚イメージトレーニングとバーチャルリアリティトレーニングの2種で全8セッションからなるシステムを開発した。筆者と心理学を専門とする共同研究者がトレーニングで使用する単語や課題,時間配分などを考え,いわば設計図のようなものを作成した。その後,情報工学を専門とする共同研究者がシステムを構築する作業を担当した。その間,ミーティングを何度も重ね,試行錯誤しながらVirtual Reality Based Prospective Memory Training(VR-PMT)システム完成させた。開発したシステムの実施可能性と妥当性を検討するため,予備研究を行ったところ,基本的に参加者全員がプログラムに取り組むことができた。疲労や負担感に関する自覚症調査の得点は低く,ユーザビリティも良好であった。また,トレーニング課題における正答率は展望記憶検査の得点と正の相関を示し,VR-PMTシステムは展望記憶を反映した妥当なシステム構成となっていることが確認できた[1]。
効果検証
VR-PMTの効果について,健常者10名(大学生5名,高齢者5名)を対象に予備的な検討を行った[2]。結果,トレーニング後の展望記憶検査の成績に有意な改善が見られ,内的な展望記憶方略の利用頻度も有意に増加した。これはVR-PMTシステムによるトレーニングによって,参加者の内的な展望記憶方略の利用が増え,展望記憶が向上した可能性を示唆している。効果はフォローアップ時まで持続しており,長期的な効果が期待できる可能性がある。現在,高齢者集団への介入を終え,臨床例(高次脳機能障害と統合失調症の方)を対象とした研究を進めている。各集団の展望記憶の特徴やトレーニング効果の違いを明らかにしていきたい。
おわりに
この研究は,若手研究者による異分野間連携研究プロジェクトである。異分野の研究者が連携して研究を行うことで,研究内容の充実と質の向上が期待できると考えている。
- 1. 福森聡・三浦佳代子他(2023)日本心理学会第87回大会.
- 2. 三浦佳代子・大塚貞男他(2023)日本心理学会第87回大会.
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