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心理学ライフ

シンギュラリティまで夏休み

高村 真広
島根大学医学部附属病院脳神経内科 助教

高村 真広(たかむら まさひろ)

Profile─高村 真広
博士(心理学)。2021年より現職。2022年より広島大学脳・こころ・感性科学研究センター客員准教授を兼任。専門は認知心理学,認知神経科学。特に脳画像データを用いた精神疾患,神経疾患の研究に従事。

何が来るかはお楽しみ
何が来るかはお楽しみ

来〜る、きっと来る〜(何が?)

『リング』は1998年に公開された日本のホラー映画で,印象的な主題歌とともにかなりヒットしたので内容をご存知の方も多いでしょう。私は当時中学生でその原作小説である『リング』『らせん』『ループ』の三部作(鈴木光司著)を読んで感動し,強い影響を受けました。

なぜそれほどのめりこんだのか考えてみると,まず,7日以内に呪いの謎をとかないとゲームオーバという迫力ある状況設定,実はこれ自体がほぼノンフィクションであるからでしょう。人生にタイムリミットがあるという気づきはおおむね小学生ごろにあるものですが,私はその衝撃が強く,尾を引くタイプでした。だいたいは夜,ふと,いつかそれが「きっと来る」ことが切実に意識され,途方に暮れ,朝が待ち遠しく,深夜に近所を散歩してしまうなど。

リング三部作はそんな実存的恐怖を刺激しかねない反面,私の心を強く捉えたわけですが,それは,デッドエンドを目の前にした登場人物たちが限界を超えた発想で活路を切り開いてゆく展開への感動によるものだったと思います。この「発想によって道を切り開くことができる」という信念は,考え方の基本として今も大切にしています。ややねたばれになりますが『リング』は心理学,『らせん』は医学・分子生物学,『ループ』は物理学・情報学がキィになっており,こうした研究分野への興味や,研究職への憧れにもつながりました。とはいえ,私自身が実存的問題を医学的,工学的に解決するのはだいぶ難しそうだなというプレッシャを感じつつ。

私はいかにして心配するのを止めてシンギュラリティを期待するようになったか

結局その後の私は,医学でも物理学でもなく心理学を専攻し,古本屋や図書館に通っては下宿に帰って本を読む,かなりのどかな部類の大学生になりました。そしてあるきっかけからシンギュラリティという概念を知り,「きっと来る」が「シンギュラリティの到来」というポジティブな響きになるという一大転回が起きました。

ここでのシンギュラリティとは技術的特異点とも呼ばれるもので,技術の進歩が加速して予測不可能な領域に達することを指します。特に,人工知能が人類を超える汎用的な情報処理能力を獲得し,しかも自らの設計を自己改良できる段階に達することで,際限なく人工知能の能力が高まり,人類には予測不可能なスピードの技術発展が起きる可能性があります。近年の大規模言語モデルや生成AIの急速な進化を目の当たりにしていると,決して非現実的ではない想定のように思えてきます。

人類文明がシンギュラリティに到ることで,医療,エネルギー,環境,政治経済などにおけるさまざまな困難が解決されることが期待されます。人間のデジタル情報化によって実存的恐怖の問題さえ解決するかもしれません。もちろんこれはきわめて楽観的な部類の想定ですし,シンギュラリティがいつ,どのように到来するのかは本質的に予測不可能です。それでも,その到来を気長に期待しつつ,持続可能な社会をつくれるよう,自分なりの発想を尽くして役割を全うしたいと思う日々です。すこし気楽に,夏休みのように。

参考資料

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