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【特集】

人を促す、人を動かす

私たちは,「変わりたい」と思っていても変われなかったり,誰かに対して「こうしてほしい」と思っていてもその思いがかなわなかったりします。自分や他人を変えることの難しさは,おそらく多くの人が一度は実感したことがあるのではないでしょうか。

本特集では,こうした難しさと向き合いながら,変えられない私たちを変える手立てについて考えます。  タイトルは,「人を促す,人を動かす」。

このタイトルに関連する研究はもちろん多岐にわたりますが,本特集ではまず,臨床健康心理学や行動分析学に焦点をあわせて,私たちを変えるための考え方や実例にもとづく研究を紹介します。そして,「仕掛け」と「ナッジ」をキーワードに,経済学における考え方やその実例についても紹介します。

ページをめくれば,「変わりたい」「こうしてほしい」と思う方向へと自分や他人を促したり,動かしたりするためのさまざまなヒントを見つけることができるはずです。(橋本博文)

行動変容の臨床健康心理学─治療と予防の行動変容

中村 菜々子
中央大学文学部心理学専攻 教授

中村 菜々子(なかむら ななこ)

Profile─中村 菜々子
博士(人間科学)・博士(医学)。専門は臨床心理学,健康心理学,コミュニティ心理学。早稲田大学,広島大学,比治山大学,兵庫教育大学を経て2019年中央大学准教授,2020年より現職。著書に『その心理臨床,大丈夫?心理臨床実践のポイント」(共編著,日本評論社),『パーソナリティと個人差の心理学・再入門:ブレークスルーを生んだ14の研究』(共監訳, 新曜社)など。

はじめに

いつ起きて,寝るか。何を食べ,何をして過ごすのか。私たちの毎日は,習慣となった多様な行動で成り立っている。私たちが日々何気なく行っている行動の中には,その後の健康状態を導くものもある。

臨床健康心理学領域における行動変容では,一対一のカウンセリングでクライエント個人の健康につながる行動を習慣化することから,国民や市民といった集団の健康につながる行動を習慣化することまで,幅広く研究や実践が行われている。


臨床健康心理学

健康心理学(health psychology)は心理学の一領域であり,①行動・認知・精神生理・社会・環境といった各種の要因の関連を理解し,それらが健康に与えるさまざまな影響について検討すること,②心理学的・生物学的な研究知見を統合して,疾病の予防や治療に対する実証的な介入研究を計画すること,③医学的・心理学的な治療前・最中・治療後における心身の状態を評価することを専門としている[1]

臨床健康心理学(clinical health psychology)は,心理学の理論や技術を用いて心身の健康や疾患の予防と治療を支援する,健康心理学の専門領域である。臨床健康心理学の専門家は,バイオ・サイコ・ソーシャルな理論・研究・実践の知見を活用して心身の健康を増進し,治療中の患者さんやご家族らの困難に対して支援を行う。また,これらを実現できるような政策や地域での予防活動などにも積極的に関わっている[1]

臨床健康心理学は,一つの健康問題(例えば糖尿病への罹患)によって引き起こされた,幅の広い問題(例:2型糖尿病に罹患したことで生じる落ち込み,服薬や食事療法の継続,仕事の問題など)を複合的に扱うことに特徴がある[2]。その対象領域は広く,①疾患・疾病・障害に二次的に付随して起こる心理学的反応(例:がんの診断を受けたショック),②心理的問題・精神医学的問題が引き起こす身体反応(例:パニック症のパニック発作時に生じる胸痛),③心理生理学的要因で生じた問題(例:過敏性腸症候群),④治療的介入を受けることへの不安(例:手術後の痛みへの強い恐怖),⑤行動的要因によって引き起こされる身体症状(例:糖尿病患者のインスリン自己注射の不適切さによる病気の増悪),⑥身体疾患が引き起こす心理学的反応(例:尿毒症によって生じる精神症状),⑦高度な医学的処置に伴う心理学的問題(例:胎児に重度障害が判明した際の親の意思決定),⑧疾患・疾病・障害を引き起こしやすい行動(例:喫煙による肺がんリスクの上昇),⑨ヘルスケア提供者との関係やヘルスケアシステムの構築(例:良好な患者-医療者関係による患者の積極的な治療参加)といったテーマがある[2]


臨床健康心理学における行動変容

この領域における行動変容は,健康行動の促進と不健康な習慣の改善に活用されている。人の行動を理解するさまざまな学問分野の知見を統合して,個人が自身の行動や習慣を獲得するプロセスを理解する科学的研究の実施と,実践活動が行われている。

行動変容の研究では①個人に焦点を当てた理論(例:学習理論),②個人間に焦点を当てた理論(例:ソーシャル・サポート),③社会環境に焦点を当てた理論(例:プリシード・プロシードモデル)など,対象とする視点の広さに応じた理論が提唱・実証されている[3]。このようにさまざまなレベルで行動変容の理論化が行われている理由は,健康というものが,個人とさまざまなレベルの環境との相互作用によって形作られるという特徴を持っているからである(図1)。

図1 個人の健康に影響を与えているさまざまな要因の関連(文献4の図を筆者が邦訳・加筆)
図1 個人の健康に影響を与えているさまざまな要因の関連(文献[4]の図を筆者が邦訳・加筆)

行動変容の介入では,将来的な健康との関連が明らかになっている行動(健康行動:表1)について,人の行動を理解する科学的知見を統合して支援を行う。喫煙者が禁煙プログラムに参加し喫煙を止めることで健康リスクを減らすことや,禁煙仲間と励まし合うアプリケーションを用いて禁煙を続けやすくする環境を整えることは行動変容の例である。臨床健康心理学の専門家は,患者さんや地域住民ご自身が,不健康な行動に代わり健康的な行動を新たに身につけるプロセスを支援する。これにより,健康リスクの軽減や生活習慣の改善,慢性疾患の管理などが可能になる。この際,研究や実践でその有効性が検討されてきた行動変容の各種技法は,健康行動の獲得の重要性に気づき,実際に新しい行動に取り組み,取り組みの持続性を高めて習慣化するための支援に活用されている[5]

表1 代表的な健康行動(具体的な行動の例)
表1 代表的な健康行動(具体的な行動の例)

行動変容の実際

意志力に頼らない 「意志の力」があれば行動は変えられるのだろうか。「最近体重が増えたからお菓子は食べない」という「強い意志」を持っても,失敗する人のほうが多いだろう。その理由は「意志が弱い」からだろうか。読者の皆さんは,行動変容という言葉に「意志の力を強くして行動を変える方法」というイメージを持っているかもしれない。しかし,行動変容の実際は異なる。個人の意志力は行動変容のきっかけの一つにすぎない。「自分の行動をていねいに見つめ,うまくいく時の状況・パターンを見つける」と「うまくいかない時の状況・パターンを見つける」を組み合わせて行動を理解し,実行し,習慣化するまでそれらのパターンを元に繰り返し練習していくというイメージがより近い。その際,行動変容への考えを聞き,自然と行動できる環境を作っていくことも大切である。

アセスメントと準備 行動変容は,日々行っている行動をていねいに眺めることから始める(ミクロな問題理解[6])。「おいしそうなパフェの写真をメニューで見たので注文した」のように,私たちは自分の外側にある環境の影響を受けて行動することもある。また「イライラしたからやけ食いをした」というように,自分の内側で生じた感情を理由として行動を行うこともある。そして行動を行った結果,「パフェはとってもおいしかった」と満足を感じたり,「イライラがおさまったな」とつらさが和らいだりするだろう。行動の前に生じていた環境や内面の状態,行動,そして行動実施後に生じた結果を整理すると,行動を理解するヒントが得られる[5,6]

行動変容の専門家が支援を行う際,行動の目標を決める前の準備に時間をかける。問題とされている行動が身についてきた今までの生活史(マクロな問題理解[6])や,行動を変容したいと考えた背景にある価値観について患者さんと共に理解することも,行動変容においては大切である。さらに持っている知識,行動変容に取り組む気持ちの準備度合い(動機づけ),その方がおかれた状況などをていねいに理解する。

これのプロセスはアセスメントと呼ばれ,適切な支援や行動変容の方法を提案するために欠かせないものである。例えば,行動変容に取り組む際の動機づけがはっきりしない患者さんには,具体的な計画を立てる前に,患者さんが人生で大切にしていることを話題にし,なぜ行動変容に取り組みたいと思ったのか確認するかもしれない。抑うつ状態が強い場合は,行動変容の前に,精神科医らと協働して抑うつ状態のケアを行う必要があるかもしれない。行動変容への意欲が十分高い方には,具体的なアクションを起こすための環境調整について話すかもしれない。

表2 行動変容の技術
表2 行動変容の技術(文献[7],Table 5より16カテゴリーを抽出し筆者の言葉で説明)

行動変容技法の活用 アセスメント後,行動変容技法を活用して支援を行っていく。行動変容の実践と研究はさまざまな領域で行われているが,専門領域が異なると同じ介入技法が異なる名称で概念化されている場合もある。そこでミチーらの研究プロジェクトでは,既存の介入プログラムから行動変容の技法を抽出し,さらに行動変容の専門家集団で検討して85種(16カテゴリー)にまとめた[7](表2)。この共通リストは,どの技法が介入に含まれているかを整理し,介入効果を生む行動変容の技法を具体的に示すために役立てられている。

個人に対する支援例 2型糖尿病患者のAさん(50代女性)は「ドカ食いする」ことによる体重増加に悩んでいた。主治医の受診も休むことがあり,医療チームは心配していた。

主治医から依頼を受けた公認心理師がお会いし,生活状況についてうかがった。Aさんの「ドカ食い」行動は「仕事が忙しい時期に,仕事が終わらず昼食を抜く⇒お腹がすくので職場共用スペースのお菓子をおやつに食べる⇒しっかり食べていないので帰宅時に空腹感が強く,料理中にビールを飲み,夕飯をたくさん食べてしまう⇒罪悪感もあるが,その日のストレスが解消する感じもある」ということがわかった。このように整理することで「昼食は抜かないほうが強烈な空腹感を招かない【D,O】(【 】内は表2のカテゴリーに対応)」「昼食を食べに出られない時のための食事を職場の冷凍庫に入れておく【D】」「冷蔵庫に無糖の炭酸水を入れておく【D】」「食べる以外のストレス緩和法を見つける【A,P】」といった工夫を考えることができた。

仕事の多忙さを聞いた心理師は「そんな中で,時々お休みしちゃうとはいえ,ずっと続けて通院しているのは,すごいことですね」と感想を伝えたところ,「娘が成人するまでは,少しでも健康でいたい」と話し【N】,娘が最近自分のことを心配していることに気づいた【J】。そこで,一度娘さんと自分の病気や生活について話し,一緒にできる工夫を探してみることになった【J】。

忙しさが多少ましな時期についても検討した【K】。疲れている日【D】に揚げ物などを買ってしまうが,「休みの日は車ではなく自転車を使うようにしている【I】」「夫とウォーキングに行く【A, J】」など,自分なりの工夫を行っていることに気づき,これらを生活に取り入れる計画について話し合った。

集団に対する支援例 行動変容は集団を対象としても実施できる。2019年から新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった。その対策では「マスクをつける」「手を20秒洗う」といった行動が,感染予防に役立つ行動として推奨された【I】。そしてこれらの行動を皆が実施しやすくするために「政府からメッセージが発信される【O】」「ニュースで感染者数が報告される【H】」「店の入り口にアルコールを設置【D】」「トイレに石鹼を設置【D】」といったことが行われた。また「外出時に皆がマスクをしている様子【K】」を見て「自分もマスクをしなくては」という気持ちになった人も多かったのではないだろうか[8,9]。本稿を執筆中の2024年4月時点,これらの対策は行われなくなりつつある。読者のマスク着用や手洗い行動は2019年からどう変化しているだろうか。


実践者に求められること

臨床健康心理学領域で行動変容の支援を行う中では,患者さんの価値観を深く理解することや精神的症状への心理療法的関わりが必要になる場面も多い。そのため実臨床で,幅広い問題に貢献するためには,臨床心理学の知識と心理療法の技術,そしてリエゾン精神医学の知識が必要である。

行動変容の臨床実践ではまた,多職種との連携も欠かせない。医師や看護師,管理栄養士,薬剤師,理学療法士,健康運動指導士などとの連携は,生活習慣病を抱える患者のより良い支援にとって不可欠である。また,社会福祉士や精神保健福祉士との連携によって,適切な社会資源を提供することができる。ちなみに,こうした医療チームの中で,公認心理師は患者さんの行動変容を直接的に支援し貢献している。また,患者の心理状態や行動変容に関する情報提供や,他の職種が患者さんに関わる際に困りごとの相談を受けること(コンサルテーション)を通じて,患者さんの行動変容に間接的に支援を行い貢献している。

そして,支援者自身の価値観について見直す姿勢を持ちたい。行動変容の過程で意図せず生じうる倫理的問題はないだろうか。例えば良い生活習慣のある人を推奨すべきモデルとして提示した場合,その習慣のない人が「問題のある人」だと見なされ偏見を生む恐れがあるが[10],この問題は十分に検討されてこなかったように思う。筆者自身もあらためて考えていきたい。


おわりに

本稿では,臨床健康心理学という,行動が関わるさまざまな健康問題への治療や予防に貢献する心理学分野の説明と,その実践の一端を行動変容の点からご紹介させていただいた。

残念ながら,現在は臨床健康心理学の実践に対し,診療報酬などの対価が十分に支払われていない。例えば,糖尿病透析予防指導管理料(糖尿病性腎症の患者さんに生活習慣の指導を行い腎疾患の重症化を防ぐ)が適用される医療チームの一員に公認心理師は含まれていない。しかしこの現状をあきらめず,日本の医療制度の中で,公認心理師による行動変容支援が根づいていくことに研究と実践の両方で貢献していきたいと考えている。

  • 1.APA Dictionary of Psychology. https://dictionary.apa.org/
  • 2.羽鳥健司編 (2017) 臨床健康心理学.ナカニシヤ出版
  • 3.春田悠佳・樋口匡貴 (2021) 健康行動理論.久田満・飯田敏晴編, 心の健康教育(pp.98-110).金子書房
  • 4.Stone, G. C. (1982) Health Psychol, 1, 1-6
  • 5.足達淑子 (2021) 生活習慣改善のための認知行動療法. 医歯薬出版
  • 6.五十嵐友里 (2024) Medicina, 61, 1152-1155.
  • 7.Michie, S. et al. (2013) Ann Behav Med, 46, 81–95
  • 8.田巻倫明他(2024)日本ヘルスコミュニケーション学会誌,15(1), 1–9.
  • 9.中村菜々子(2021年5月12日朝刊)自粛中の気のゆるみ防ぐには.毎日新聞
  • 10.Guttman, N. (2017) Ethical Issues in Health Promotion and Communication Interventions. Oxford Research Encyclopedias.https://doi.org/10.1093/acrefore/9780190228613.013.118
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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