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【特集】

行動を変え,行動を知る─行動分析学への招待

島宗 理
法政大学文学部心理学科 教授

島宗 理(しまむね さとる)

Profile─島宗 理
ソフトウェア会社による企業派遣で渡米し,1992年,Western Michigan University博士課程修了。Ph. D.(Psychology)。帰国後3年間勤務した後,1995年に鳴門教育大学へ。2006年に法政大学文学部心理学科に着任,現在に至る。専門は行動分析学。著書に『行動分析学入門(第2版)』(共著,産業図書),『パフォーマンス・マネジメント:問題解決のための行動分析学(第2版)』(単著,米田出版),『使える行動分析学:じぶん実験のすすめ』(単著,ちくま新書)など。

コロナ禍中,メディアは連日のように感染予防のための「行動変容」を呼びかけていた。うがいして,手洗いして,マスクして,人と距離を取り,おしゃべりせずに食事をせよと。経験がなかったり,手間がかかったり,慣れずにうまくできなかったりする行動を幼子から高齢者まで皆にしてもらうにはどうすればいいのか。行動を促す取り組みが世界中で一斉に始まっていた。大学2年生で行動分析学に出会い,以来ずっと行動変容に関わる仕事をしてきたが,テレビでこのキーワードがあれほど連呼されているのを聞いたのは初めてで,なんだかずっとこそばゆい感じがしていた。


人はなぜ○○するのか?

行動分析学は「人はなぜ○○するのか?」を明らかにする実験心理学である。○○には研究者の学問的な興味や実践家が取り組む社会的な要請に応じてさまざまな行動が入る。飛沫が飛ばないようにマスクを着ける,ダイエットのためにジョギングする,友だちを遊びに誘う,受験勉強する,推しに課金するなど,なんでもあり。人だけでなく動物の行動も対象になる。基礎研究ではハトやネズミが登場することが多い。応用研究や実践ならペットの犬の無駄吠えを減らす研究も行われているし,紛争地帯に残置された地雷をネズミに探させるプロジェクトも行動分析家による仕事の一例だ。


行動を変える

行動の原因を調べるために行動分析学では「○○していない人が〇〇するようになる」方法を探す。お願いすればできてしまう行動はそもそもあまり社会問題化しない。だから応用研究では,わかっちゃいるけどなかなかできない行動を取り上げることが多い。ゆえに行動を増やす工夫があれこれ必要になる。ジョギングなら,走りながらお気に入りの音楽が聴けるようにする,着たい服を部屋の目立つところにかけておく,目標を設定して走った距離や体重を記録したり,目標達成を友だちに報告して「いいね」をもらったりする,目標体重に達したら大好きなディズニーランドに行くなどなど。


行動を知る

なかなか変わらない行動を変える方法が見つかれば,それがその行動をする理由の一つだとわかる。翻って,その行動ができなかったのは,そのような環境がなかったからであるとも解釈できる。スポーツでも,勉強でも,人付き合いでも,行動には得意な人と苦手な人がいるものである。そうした個人差は,その人の能力や性格によって生じるものと考えがちだが,環境の影響も否定できない。苦手なのは能力のせいと決めつけて諦める前に,できている人がやっていることやその人の周りにある環境をまずコピーして,それでできるようになるかどうか実験してみようというのが行動分析学的な発想である。

やめたいこと,やってほしくない行動の原因も同じように調べる。食べすぎ,スマホゲームやSNSのやり過ぎ,暴言や交通違反,イライラや不安など,世の中には減らしたいのになかなか減らない行動もたくさんある。増やしたい行動と同じように,減らしたい行動についても,それを実現する方法を探していく。

まとめると,「人はなぜ○○するのか?」を調べるために,行動を増やす,あるいは減らす方法を実験して見つけていくわけで,行動分析学は行動を変えてナンボの心理学ということになる。「行動の原因」を解明することと行動を変容させる方法を探求することが表裏一体となっているのだ。


音痴を治すじぶん実験

行動を変える実験といってもピンとこないかもしれないので,私の研究を一つご紹介しよう[1]。音痴を治そうとした実験で,対象者は私自身。参加者数が少なくても実験できる研究法があるのも行動分析学の特徴の一つである。

子どもの頃から唄うたびに音程を外し,恥ずかしい思いをしてきた。音楽の授業や学校行事で合唱するときはいつも口パクだった。唄うことは好きで,学生時代には独学でギターの弾き語りを練習していたが,披露すると友だちから音痴の烙印を押された。悔しい想い出だ。

家庭用ゲーム機で店舗とほぼ同じようにカラオケができることを知り,積年の思いを晴らそうと研究を始めた。ご存知のように最近のカラオケには採点機能があり,メロディーの正確さなどを100点満点で表示してくれる。この得点を行動の指標(従属変数)とした。


反復測定

次に,うまく唄いたいのに得点が低い楽曲を探した。音痴なので事欠かず,すぐに何曲か決まり,ベースラインの測定を開始した。ベースラインとは,現状を把握するために測定を繰り返す期間のこと。行動を繰り返し測定することを反復測定と呼ぶ。繰り返し唄うだけでも得点は上がるかもしれない。それならそれで音痴の改善策としては成功になるわけだが,そうならなかったときに試すことにしていた方法の効果を検証するには,事前に反復測定して,繰り返し唄うだけでは得点が変わらないことを確認しておく必要がある。


介入という名の解決策

この実験ではピアノ譜というカラオケ機能の効果を検証した。ピアノ譜とは,画面を右から左に流れていく,メロディーを示す楽譜のような表示形式で,歌い手の音程がそれに重ねて示される。音程を外すとずれたことが目で見てわかる。音程がピタッとあったり,こぶしやビブラートが検出されたりすると,キラキラと点滅する星マークで教えてくれる。正しいメロディーで歌えているかどうかを自動で即時にフィードバックしてくれるこの仕組みによって,果たして音を外さずに歌えるようになるだろうか。行動を変えるための手続きや条件などの独立変数を応用研究では介入と呼ぶ。この実験ではピアノ譜の提示を介入(独立変数)としたことになる。

ピアノ譜の効果を検証するため,ベースラインではテレビ画面を手作りのボードで覆ってピアノ譜が見えないようにした。同じ歌を繰り返し唄い,得点を記録し,同時にそれを折れ線グラフに描いていく。データを取りながらリアルタイムにそれを目視するのも行動分析学の特徴である。得点は上がったり下がったりしている。微増ではあるが,得点が上昇している曲もある。

得点が比較的安定している曲から介入を開始する。手作りボードを外し,いよいよピアノ譜を見ながら唄い始める。さて,どうなるか。所々メロディーを間違って覚えていた箇所が見つかる。歌詞の文節とメロディーの区切りが合っていないところも見つかる。ほぼ毎回音を外すところもわかる。クライマックスで伴奏が小さくなってアカペラみたいになるパートでよれよれになっていることも悲しいくらいにわかる。曲を繰り返し聴き,繰り返し唄うだけでは,正反応率が十分に高くならない,私の音痴の「なぜ」がこうして徐々に明らかになっていく。


目視分析

ベースラインと同様に介入開始後も反復測定し,データを記録し,グラフに描いてみて,介入効果を評価する。これを目視分析と呼び,行動の水準(この実験では得点の高低),傾向(得点の上昇,下降,あるいは変化なし),変動(水準のばらつき)がどのくらいあるかをグラフから読み取っていく。平均値や標準偏差などの代表値を計算する前に,データをできるだけ加工せず,そのまま,すべて目視するところに特徴がある。そうすると,代表値だけでは見落としがちな重要な要因に気づきやすくなる。ジョギングした後の風呂上がりは高得点がでやすい(身体全体が弛緩しているから?),夕食時にビール一杯でも飲むと得点は下がる(でも気持ちはアガる!)などなど。訓練前後にテストを行い,事前事後の参加者内比較で訓練効果を評価することは心理学の実験ではよく行われているが,テストを1回しかしないと傾向を見落とすことになる。訓練前に上昇傾向があれば,訓練をしなくても事後テストの得点は増加するかもしれない。となるとこれが剰余変数となり因果を確認できなくなる。反復測定する理由がここにある。

この研究の実験2では課題間多層ベースライン法を使って,ピアノ譜に中程度の効果があることが確認できた。残念ながら,テレビ番組に登場する100点狙いのセミプロみたいな水準には達しなかったが,それまで出したことがなかった90点台もでるようになった。全国順位はちょうど真ん中くらい。音痴の汚名をぎりぎり返上できた。なお,多層ベースライン法はシングルケースデザイン法と呼ばれる実験計画法の一種である。たまたま本誌前号に解説を書いたところなので,よかったらご参照ください[2]


次へ,その次へ

残された課題も明らかとなった。総合得点を上げるには音程の正確さだけではなく,リズムを正確にとってタイミングを合わせることや,ビブラート,しゃくり等のテクニックが必要で,ピアノ譜による介入だけでは,これからが改善できなかった。改善の余地が見つかると,それは次の実験のテーマとなる。行動変容の到達目標については達成したかどうかという意味で成否の評価がありうるが,研究に「失敗」はない。常に何かしら次の実験に向かうヒントを得ることができるからだ。これは行動分析学に限らず,科学全般に言えることだけれども。

行動を測定,記録し,グラフを目視しながら,介入を工夫したり,追加したりして,その影響を再びグラフで目視していると,狙った通りに行動が変わっても変わらなくてもワクワクしてしまう。小中高で理科の実験に興奮した人には共感してもらえるだろう。理科の実験に興味が持てなかった人も,行動の実験は楽しめるかもしれない。このカラオケ研究のように実験者が自分自身の行動を対象として行う行動変容の実験を私は「じぶん実験」と呼んでいる。行動分析学の研究法を初めて学ぶのに,そして行動変容を対象としたPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回す練習をするのに最適だと考えている(図1)。

図1 行動変容を対象としたPDCAサイクル
図1 行動変容を対象としたPDCAサイクル

再現性の危機?

この実験の参加者は私一人なので,ピアノ譜の効果が検証できたのは私の歌唱行動についてのみ。音痴を治したいと願う他の人にもピアノ譜が同様の効果をもたらすかどうか調べるにはどうすればいいだろう? そう,他の人を対象に同じ実験を施してみればよいのだ。これを心理学では追試と呼ぶ。行動分析学では,元の実験と近い条件下での追試を直接的再現,大幅に異なる条件下での追試を系統的再現と称し,両者とも重視している。元の実験と一致する結果が再現されれば,介入効果すなわち独立変数が従属変数に及ぼす影響が一般的であることが判明する。一般性の高さは介入が成功する確率の高さを示すため,行動を変えたいと願う人にとってはうれしいニュースになる。個々の実験で示された事実が他の実験でも確認できるかどうかを検証すると同時に,行動と環境の関係性に関する普遍的な法則が存在するかどうかを帰納的に確認するのも行動分析学の特徴の一つだ。この点については後述する。

追試をしてみると,特に系統的再現の場合,元の実験と同じようには行動が変化しないこともある。すわ,再現性の危機だろうか!? そのまま放置したら確かに危機的だが,上述したように,介入の失敗イコール研究の失敗ではない。その人やその条件下で先行研究と同じような行動変化を引き起こす方法の探求を始めればいい。

カラオケの実験であれば,ピアノ譜だけでは音程を正確に取れるようにならない人もいるかもしれない。そのような場合,例えばカラオケを始める前に単音を聴かせそれと同じ音程で発声できるかどうかや,二つの音を聴かせて音の高さが同じかどうか,どちらが高いかを判断させる課題などを用意して,何ができて何ができないのか,どこから訓練を始めるべきかを見つけていくことになる。音痴の「なぜ」が人それぞれだとすれば,その個人差に応じた介入を追加し,最終的に元の実験と同じような,あるいはそれ以上の行動変容を引き起こす方法を見つけていくことで,正確な音程で唄う行動の制御変数に関する情報が増え,より多くの人に有効な介入パッケージが出来上がり,“音痴”という大雑把なラベルを行動の階層的な構造やそれに影響する諸要因として整理し直せる。私が思うに,これが系統的再現という追試法の目指す道だ。


社会的妥当性

ところで,行動が変わればそれでよいというわけでもない。応用研究では,行動変化の大きさが期待した水準に達したか,介入の手順が本人や周囲の人々にとって受け入れられるもので,研究が終わった後も使っていきたいし,使えると評価されるかどうかも重視する。研究で介入効果が示されたとしても,それを利用する人がいなければ,最終的に目指す行動変容は生じない。社会的要請に応えられないことになる。現場で介入が採用される可能性を社会的妥当性と呼び,応用研究においては欠かせない検証対象となっている。


裏づけは行動の諸原理で

基礎研究でも応用研究でも,行動変容が生じたら,その背後にある行動の諸法則を適用して解釈するのも行動分析学の特徴だ。例えばピアノ譜の介入は,音程を示す視覚的な弁別刺激の提示であり,正しい音高との一致やずれを即座に視覚的に示す仕組みと記述できる。一致が強化,ずれが消去や弱化として作用すれば,この仕組みは正しい音程で唄う行動を分化強化する可能性が高い。介入計画の段階でもこうした解釈を活用する。先述したように,予想どおりに行動が変容すれば,その背景にある行動の諸原理も同時に再確認されていく。外見は私個人を対象としたカラオケ実験であり,そのキーワードで検索しても先行研究はほとんど見つからないが,背景で作用している諸原理に関しては,行動変容に関する数え切れないくらいの先行研究や実践と比較対照できるのだ。修士2年で初めて国際行動分析学会に参加したとき,動物実験をしている基礎研究者,子どもの発達臨床を専門にしている応用研究者,企業に対してコンサルティングをしている実践家が,同じ部屋で同じ研究に対して,それぞれの立場から,同じ概念や用語を使って討論している様子を見たときの衝撃と感動は私の原体験の一つになっている。


将来展望

冒頭に述べた通り,「人はなぜ○○するのか?」の◯◯にはどのような行動でも入れられる。行動分析学の論文を検索すると,自閉症など発達障害を持つ人の行動を対象とした研究が数多く見つかる。これは行動分析家が社会的要請に応える形で研究を進めてきた歴史を反映しているが,学問的な制約ではない。こうした歴史的事情から,他のテーマを研究する行動分析家は相対的に少ない。世界的な情勢でもあるが,特に日本では大学で行動分析学を学べる機会が少ないため,この傾向が顕著だ。『心理学研究』くらいに幅広い研究テーマの論文が『行動分析学研究』にも登場することが私の夢である。研究の発展にとって最も大きな課題は人手不足。行動変容や実験に興味を持った人は,じぶん実験からでも,ぜひ一度試してみてほしい[3]

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