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【小特集】

Web調査を考える

ひと昔前は調査といえば紙の調査票が主流でしたが,今や学生も研究者も,手軽にWeb調査を用いる時代 です。しかし,Web調査には“利点”もあれば“落とし穴”も“課題”もあります。本小特集を通して,Web調 査の結果を正しく読み解き,適切に利用していくには何が必要か考えてみましょう。(東海林 渉)

Web調査の特性を理解する

山田 一成
東洋大学社会学部 教授

山田 一成(やまだ かずなり)

Profile─山田 一成
東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門社会調査士。専門は社会心理学,社会調査論。著書に『ウェブ調査の基礎』(編著,誠信書房),『心理学研究法 補訂版』(分担執筆,有斐閣),『聞き方の技術』(単著,日本経済新聞出版社),など。

使ってみてわかること

Web調査を使ったことがある人は,従来型の調査とは検票[1]の仕方が異なることに気がついているはずである。これまでの調査では,調査票や質問紙が回収された後に,視認によって無回答やストレートライニング[2]の有無がチェックされていた。また,そうした作業によって,リッカートグリッドにジグザグに回答した悪戯なども容易に発見可能であった。

しかし,Web調査では視認チェックをしようとしても,対象となる調査票や質問紙が存在しない。ダウンロードされたCSVファイルをシートに貼れば,視認できないわけではないが,横に長い数列が相手では,質問単位での検票は事実上不可能である。では,どうしたらよいのだろうか。

Web調査における検票は,集計・分析によって行われる。これまでの調査では,検票は集計・分析に入る前に始まっていたが,Web調査における検票は,集計・分析の最初の作業として位置づけられる。また,そうした作業には,特殊な新変数の作成など,相当な労力も必要となる。Web調査についてはデータ入力の省力化を歓迎する声も少なくないが,検票については従来型調査における視認のほうが効率的であったようにも思われる。

しかし,悪いことばかりではない。というのも,Web調査では従来型調査にはなかったパラデータ[3]が検票に使えるからである。その代表例が回答時間(質問画面呈示時間)。Web調査では回答時間が著しく短い回答を,不正回答や不良回答とみなして除外することも可能となった。もちろん,回答時間は回答中断によって長時間化するため,使い方が難しいパラデータだと言わざるを得ない。しかし,うまく使うことができれば,回答の質の管理に大変有益である。

こうした検票の例にも表れているように,Web調査は今なお新しい方法であり,その特性についても,実際に使ってみて初めてわかることが少なくない。そのような意味では「論より実施」と言いたいところだが,不用意に実施を推奨すれば,失敗に向けて背中を押すことにもなりかねない。自己責任での試用を推奨するにしても,最低限の知識や経験則の共有は必要である。そこで以下では,Web調査の特性について,管見の限りではあるが,概説と情報提供を試みる。

透視する者と俯瞰する者

Web調査を行おうとする心理学者には,大きく分けて2つのタイプがあるように思われる。ひとつは「箱を開けようとする者」。もうひとつは「世界を見渡そうとする者」である。

前者は心というブラックボックスの中がどうなっているかを知りたくて研究を行っており,回答者の個人的特徴や社会的属性にはあまり関心がない。主たる関心事はブラックボックスのなかの普遍的なサーキットである。こうした人々を「透視する者」と呼んでも失礼には当たらないだろう。

他方,後者は,様々な社会集団の間の意見・意識・心理状態の違いを知りたくて研究を行っており,「箱」の中身よりも,状況・制度・文化・構造のような「個人を超えるもの」が関心事となりがちである。そうした人々のことは「俯瞰する者」と呼ぶことができると思う。

粗雑ではあるが,こうした対比の助けを借りるなら,Web調査は「大サンプルで低コスト」が大きなメリットとなるものの,「透視する者」にとっては「回答状況を管理しにくく,条件統制や測定精度に大きな問題がある方法」となるだろう。他方,「俯瞰する者」にとっては「測定誤差の検証が不十分であり,確率標本でない場合には,サンプルの偏りに議論の余地を残す方法」となるだろう。

このように,Web調査は利用者が置かれた文脈によって,「調査」の意味や「一長一短」の具体的な内容が異なる可能性がある。また,それにも拘わらず,それぞれの立場が明示されないまま方法への評価が表明されれば,使用経験のない人たちに誤解や偏った先入観を植え付けてしまうかもしれない。

「Web調査」という言葉は,「心理学」と同じように相当に範囲の広い言葉である。また,そのため,Web調査の利用可能性について考える際には,様々な領域の研究現場で,個々の研究ごとに「どのように使えるか」が問われなければならない。

とはいえ,多くの研究領域に共通する関心事がないわけではない。以下では,そのような期待や懸念の具体例として,スライダー尺度とスマートフォン回答を取り上げる。

スライダー尺度の利用

Web調査への関心には新しい測定技術への期待も含まれており,その代表例とも言えるのがスライダー尺度である(図1)。スライダー尺度はグラフ評定尺度の一種であり,回答は,水平または垂直方向の線分に沿ってスライダーを移動させる操作によって行われる。また,そうしたスライダー尺度を利用すると,連続量の測定・分析が可能となるだけでなく,回答満足度の向上や調査時の倦怠感の低下も期待できる。そうしたこともあって,スライダー尺度に関心を寄せる研究者も多く,具体的な使用可能例としても,人生満足度,主観的ストレス,政党支持(感情温度)など,多くの変数が挙げられる。

図1 対人ストレス測定用の単極型スライダー尺度(架空例・筆者作成)
図1 対人ストレス測定用の単極型スライダー尺度(架空例・筆者作成)

ただし,スライダー尺度による測定結果は,リッカート尺度とは分布が大きく異なりうることもわかっている[4]。スライダー尺度の使用に際しては,他の研究との比較が容易ではない点に十分な注意が必要である。

なお,医療看護領域では,スライダー尺度と類縁性の高いVAS(Visual Analogue Scale)が,「痛み」の測定などに多用されてきた。従来型調査におけるVASは,両端にラベルのある10cmの線分上の任意の箇所に線を入れて回答してもらう形式で,回答となる線分の長さは物差しによって計測されていた。しかし,Web調査ではそうした計測・入力の手間がなくなるため,VASやスライダー尺度の利用が盛んになっており,既に専用のスマホアプリなども開発されている。

そのような意味では,VASやスライダー尺度については,心理学の方法論的基礎研究に「他領域での実践」が先行するという,やや特殊な状況が生まれているかもしれない。また,そうであれば,心理学は心理測定の専門領域として,今後さらに他領域からの期待に応える研究を行うことができるかもしれない。

スマートフォン回答の質

また,基礎研究の急務となっているのが回答デバイスの影響についての検討である。ここではその際に必要となる論点として,スマホ・ジレンマとスマホ・パラドックスという2つの問題を挙げておきたい。

スマートフォン(SP)の普及は,それまで調査が困難だった層からの回答を期待させた。しかし,同時に,SPによる「回答の質」の低下も懸念された。しかも,回答デバイス間に回答の質の著しい差があれば,SP回答者を除外しなければならないが,SP回答者の属性に顕著な特徴があれば,SP回答者の除外は致命的なセレクション・バイアスとなってしまう。スマホ・ジレンマとは,そうした問題を指摘する言葉である。

では,SP回答の質は低いのか。意外なことに,これまでの研究から得られたのは,「SPは画面サイズが小さく,ディストラクション[5]が生じやすいにも拘わらず,回答の質は低くない」という予想外の結果であった。スマホ・パラドックスとは,そうした逆説を指摘する言葉である。

ただし,そうしたスマホ・パラドックスによってスマホ・ジレンマが解消されたかというと,必ずしもそうとは言えないようである。というのも,SPが回答ストレスを増加させている可能性があるからである[6]。そして,そうだとすれば,Web調査の回答者はSP回答を望んでいないだけでなく,回答時のストレスが回答内容に悪影響を及ぼしていることも懸念される。「スマホで大丈夫」と言えるかどうか,事前チェックが必要とされる所以である。

最小限化回答の生起条件

最後に,近年研究者の関心が高まっている最小限化(satisficing)による回答についても簡単に解説しておきたい。

調査の回答者にとって,回答に必要な認知的コストは相当な重荷となるが,それにも拘わらず,回答者は「膨大な数の質問」に「高質な回答」を行うことを要求される。そのため回答者は,質問理解,記憶検索,判断,回答選択という回答の各段階で,正確な回答のための認知的努力を怠る可能性がある。また,それにより,質問の意味の不十分な理解,不完全な記憶検索,検索情報の不注意な統合,不正確な回答選択などが生じやすくなると考えられる。最小限化回答とは,このようにして生じる最適化されていない回答のことである(不正回答と同義ではない点に注意が必要である)。

なお,スタンフォード大学のジョン・クロスニックは,回答の際に最小限化が生じる確率 p を,図2のような公式によって概念化している(各項の係数は省略) [7]。公式のなかの「質問の難しさ」とは,質問の内容や量が回答に困難をきたす度合いのことであり,「回答能力」とは,質問の意味を正しく理解し正確に回答できる力のことである。

図2 最小限化の生起確率(文献7)
図2 最小限化の生起確率(文献[7]

こうした式に従えば,回答者の回答能力が低くても,回答へのモチベーションが高ければ最小限化は起こりにくいことになる。また,回答能力が高ければ,モチベーションが低くても最小限化は起こりにくいことになる。分母が大きくなれば最小限化の確率は低くなるのである。しかし,それとともに重要なのは,分子が小さいことである。言い換えるなら,質問が回答しやすいものであれば,最小限化は起こりにくくなるのである。では,分子を小さくするにはどうしたらよいか。質問の数を減らせばよいのである。

心理学の調査には多くの尺度が使用され,各尺度は多くの項目によって構成されている。そのため,質問票に百を超える質問項目が並ぶこともまったくめずらしくない。しかし,そうした項目の多さ自体が「質問の難しさ」を高め,回答者のモチベーションを低下させ,その結果,最小限化の生起確率が高まるのである。

心理学は研究のために多くの測定値を必要とするが,心理状態を精密に測定しようとし過ぎると,かえって適切とは言えない測定値が増えてしまう。これは心理測定が抱える深刻なジレンマであり,そうしたジレンマがWeb調査だけの問題でないことは言うまでもないだろう。

これからの研究のために

以上のように,Web調査が抱える課題は多く,また,万能の解決策があるわけでもない。しかし,実証研究という困難さのなかにあっても,先人たちが残してくれた手がかりを頼りに,それそれが工夫し,お互いに情報を共有することで,箱の中身や個人を超える何かを垣間見ることができるかもしれない。

そうした研究のために,方法論の大切さが今一度思い出され,そのうえで基礎研究に取り組む人たちが増えることが期待されている。

文献

  • 1.けんぴょう。回収された調査票の点検作業。社会調査(サーベイ)の用語。
  • 2.不正回答・不良回答が疑われる回答パターンの一種(リッカートグリッドの全項目で同一選択肢が選ばれると,多くの場合,回答は一直線上に並ぶことになる)。
  • 3.調査データを取得するプロセスについてのデータ。
  • 4.山田一成編著(2023)ウェブ調査の基礎.誠信書房(4章,5章)
  • 5.注意の集中が途切れて他の事柄に向かったり,注意散漫になったりすること。
  • 6.前掲書4,p.212を参照。
  • 7.Krosnick,J.A.(1991)Appl Cogn Psychol, 5,213-236.
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  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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