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“文理融合”をめぐって
亀田 達也(かめだ たつや)
心理学は“文系”か“理系”か? ─「“文理”という枠組みの設定自体がそもそも無意味だ」という考え方には全面的に賛成するものの,この区別はさまざまな現場で今なお「リアル」であり,自分の前にも繰り返し立ち現れる問題でもある。
筆者は2024年4月から,新設の明治学院大学情報数理学部に異動した。私以外の教員は,整数論,量子情報・量子計算,アルゴリズム,暗号理論,素粒子物理,統計物理,機械学習,画像認識など,全員が「ガチの数物系」である。実験社会科学・社会心理学を専門とする私は,前職(大学院人文社会系研究科)の環境では“理系”に近いと勝手に思い込んでいたが,新しい環境では唯一の“文系”として,情報倫理の授業も担当している。同時に,7月に発足した情報科学融合領域センターで学内の人文学・社会科学系の諸学部との連携を進める役割もあり,そこでは“半理系的”な立場になる。“文理”という広範なスペクトラムのなか,自分は状況に応じて立場を変える「コウモリ」だと痛感することが多い。
そうした葛藤のなか,“文理”の連携を進めるために「メタな対話」がいかに重要かを実感する。たとえば,上記センターのキックオフシンポジウム「文理はどう共創できるか? シナジーのあり方・作り方を考える」では,長谷川眞理子(進化生物学),栗原聡(人工知能),唐沢かおり(社会心理学),村田玲音(整数論)の4氏が登壇した。専門の異なる研究者の対話がうまくいくか内心危惧していたが,4氏は「メタなレベルの議論を楽しむマインド」を見事に発揮した。分野の違う人間同士で本質的な話をするためには,測定(数値化)の仕方や科学哲学の話などを含め,個別領域を超えた俯瞰的な議論が欠かせない─そのことがシンポジウムの盛り上がりからも強く実感された(当日の録画はセンターのHPに掲載されている)。もちろん学問領域の壁は“文理”の間に限られない。たとえば心理学と社会学,あるいは心理学のさまざまな個別領域の間でもさまざまな壁があるだろう。しかし,分断を減らすうえで「メタな議論を楽しむマインド」の有効性は全く変わらないと確信する。部屋のどこかに開いている窓があって風が流れているような感覚は,心理学のコミュニティにとって,とても重要なことではないだろうか。
「互いの意見が一致しないことについて意見が一致した」という英語の表現があるが,それも大事なことだと考える。いろいろなチャンネルを通じて多様な学問領域がメタなレベルで連帯できる可能性を夢想している。

Profile─亀田 達也
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校大学院心理学研究科修了(Ph.D.)。東洋大学社会学部講師,北海道大学大学院文学研究科助教授・教授,スタンフォード大学行動科学高等研究所(CASBS)フェロー,北海道大学社会科学実験研究センター長,東京大学大学院人文社会系研究科教授などを経て,2024年4月より明治学院大学情報数理学部教授,情報科学融合領域センター長。専門は実験社会科学・社会心理学。著書に『連帯のための実験社会科学』『モラルの起源』(ともに単著,岩波書店),『合議の知を求めて』(単著,共立出版)など。
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