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心理学ライフ

現実と虚構のあわいを楽しむ

常深 浩平
淑徳大学人文学部 准教授

常深 浩平(つねみ こうへい)

Profile─常深 浩平
博士(教育学)。専門は教育認知心理学。2023年より現職。著書に『教育心理学:言語力からみた学び』(共著,培風館)など。

妖怪と聞くと胸が躍ります。実家の本棚には,落書きだらけの水木しげるの『妖怪おもしろ大図解』が残っており,少なくとも小学生の頃にはすでに「妖怪好き」でした。心理学を志す前からです。その後もつかず離れず,常に妖怪は自分の人生の傍らにいます。友人は誰もやってくれないのに妖怪を題材にしたテーブルトークRPG『ガープス・妖魔夜行』とその小説を愛読し,大学時代には古本市でそれでも当時の自分にとっては高かった鳥山石燕(せきえん)の『画図百鬼夜行』を一大決心して手に入れては日がな眺めていました。現在でも,夏になれば妖怪の浮世絵展を観に行き,妖怪を題材とした京極夏彦や三津田信三の新作小説や妖怪が登場するゲーム,マンガ,映画等を楽しみに日々を過ごしています。振り返れば,全年齢を通して妖怪に関するコンテンツに触れられる環境があったとも言えます。

奇しくも本原稿執筆時点での次期NHKの朝の連続テレビ小説は「ばけばけ」,小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの妻であり創作活動を再話によって支えた小泉セツをモデルとしたストーリーになるとのこと。小泉八雲もまた日本を,西洋化して啓蒙される以前の日本を愛し,その欠かせない一部として妖怪を愛した人物として知られています。過去には水木しげるの妻,武良布枝(むらぬのえ)にスポットを当てた「ゲゲゲの女房」も放映され人気を博しました。公共放送の国民的ドラマで二度も妖怪に深くかかわる人物に焦点が当たることになります。

小泉八雲や水木しげるからすれば現代の日本は明るくなり過ぎてしまったのかもしれませんが,一方で妖怪がいなくなることはなく,形を変えながら─両氏が望んだ形とは異なりますが─メディアの中で元気に生き続けているとも言えましょう。

心理学徒の端くれとしては,科学で割り切れない妖怪が好きというのは困りものなのかもしれませんが,そうした割り切れない心理をも対象にできるのが心理学の面白さの一つだとも言えます。自分の場合,より明晰な他の学問領域ではなく心理学に惹かれた理由も幼少期からの妖怪好きと無関係ではなさそうです。

閑話休題,東洋大学の祖である井上円了はしばしば妖怪を科学で否定した人物と言われます。確かに彼の著書『妖怪学』には,物理学で説明できるもの,化学で説明できるもの,心理で説明できるもの等の分類があり,実際に全国を回って啓蒙活動をした記録も残っています。その一方で,彼は妖怪がいないとは言っていません。曰く,世間で妖怪と言われているものが偽物の妖怪,すなわち「偽怪」であって,真の妖怪とは聞くことも見ることも探ることもできず臭いもなく,その働きによって「心」と「物」という現象が生まれるもの,と。そして「妖怪研究は万有普遍の規則にもとづき,内外両界の関係を究め,物象の実体,心象の本源にさかのぼり,妖怪の真相を開現する」ことだと述べています。何だか心理学が目指すものとも重なるようにも思えます。

井上円了が否定して回ったのは,人々に悪い影響を与える迷信が主であって,信仰や害のない妖怪までを根絶しようとした訳ではありません。現代でも,陰謀論やフェイクニュースなど,私たちにとって負の影響を与えるような虚構はまだ存在していますし,新しい技術と融合してより厄介になっている部分も見受けられます。それは新たな「偽怪」と言えるかもしれません。井上円了にはとてもなれませんが,学問として「真怪」を明らかにする研究を仕事として続け,人々に害を与える「偽怪」を退治する一助となり,趣味として小泉八雲や水木しげるが愛した「妖怪」に遊ぶ。どうもこれが私にとっての理想的な心理学ライフのようです。

 大した仕事は(本当に)出来ていませんが,物語とは何かを研究テーマにして,心理学の方法論に沿って,虚構の理解に現実が果たす役割を明らかにしたいと考えている自分にとって,現実と虚構のはざまで人間の心理に形象を与える妖怪という存在はとても魅力的です。自分はそうした虚実の間(あわい)に生来関心を強く持ち,不惑を越えた今もその間で楽しく惑っています。

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