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ここでも活きてる心理学

正の強化で維持される動物の幸せ

立命館大学総合心理学部 特任助教

高山 仁志(たかやま ひとし)

Profile─高山 仁志
2009年,立命館大学文学部人文学科心理学専攻に入学。ドッグトレーナーを続けながら修士課程,博士課程を修了し,2025年,博士(心理学)。専門は応用行動分析・対人援助学・動物福祉。2025年より現職。

よこはま動物園ズーラシアでの職員向け研修
よこはま動物園ズーラシアでの職員向け研修

動物園にいる動物は,幸せなんだろうか─。

「アニマル・ウェルフェア(animal welfare)」「動物福祉」という言葉を見聞きしたことが,きっとあると思います。動物福祉とは,「飼育下の動物たちの幸福の状態」,もっとざっくりといえば「動物の幸せ」を指します。私はいま,動物園や水族館の動物,ペットのイヌやネコ,すなわち飼育下の動物たちと,ヒトの幸せ(QOL)について研究しています。

私が動物福祉の研究をするようになったのには,これまでのキャリアが大きく影響しています。私は18歳のとき,ドッグトレーナーになるべく動物系の専門学校に入学しました。2年生の秋に学校が倒産したりもしましたが,20歳でめでたく家庭犬のトレーナーになりました。そして,トレーナーとして試行錯誤する中で,行動分析学と出会います。吠える,噛むなどの行動の改善を生業としていた私にとって,行動分析学,とりわけ応用行動分析はぴったりの学問でした。しばらくは独学で本や論文を読み仕事に活かしていましたが,当然限界があります。その中で立命館大学の応用行動分析の授業を聴講し,そこで私の人生が大きく変わりました。当時,応用行動分析の授業を担当されていたのが,行動分析家の望月昭先生でした。その望月先生が,第1回目の授業でこうおっしゃったんです。

「行動分析学っていうのはさ,相手の行動を変えることについては,もう行きついちゃってるんだよね。じゃあ,次は何を変えるかっていったら,社会なんだよ」

この言葉にものすごい衝撃を受け,30歳で立命館大学の心理学専攻を受験し,何かの間違いで受かってしまいました。入学後は望月先生のゼミに所属し,イヌにボタンを押して欲しいものを伝えてもらうという研究で卒論を書き,修士課程では「ドッグトレーナーとはイヌと飼い主のQOL向上を目的とする対人援助職である」という内容の修論を書きました。そして,「行動分析学の枠組による,動物福祉の向上」というテーマで博論を書き,現在は立命館大学総合心理学部でヒトと動物の福祉・QOL向上の研究を続けています。

ただ,QOLの向上,すなわち幸せを研究するといっても話は簡単ではありません。幸せをどのように測り,どのように向上させていくのかという大きな問題があります。実は,そこにも行動分析学の知見が活かされています。行動分析学の祖であるスキナーは,幸福について「正の強化子が結果としてもたらされたがゆえに行動すること」と定義しています。私は,行動分析学のこの幸福観に基づき,ヒトと動物の幸せを研究しています。

また,近年は動物園や水族館の動物やイヌに対して「福祉に配慮したトレーニング」が拡がりつつあります。動物に対するトレーニングといえば,アメとムチ,服従させるといったイメージがあるかもしれません。しかし,そうしたトレーニングではなく,動物の選択を尊重し,福祉の向上を目指したトレーニングが行われるようになっています。その福祉の向上を目指すトレーニングの基礎も,行動分析学(応用行動分析)が担っています。つまり,現在の動物福祉を支える科学として,行動分析学(応用行動分析)があるということですね。そして,飼育員さんやトレーナーさんの,動物福祉向上を目指した実践への専門的なサポートも,現在の私の仕事のひとつです。

これからも,ヒトと動物たちの幸せについての研究と実践を,正の強化で続けていこうと思います。

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