私のワークライフバランス
ありふれた介護前夜のこと

ちょうちんあんこう(ちょうちんあんこう)
Profile─ちょうちんあんこう
博士(教育学)。専門は心理学・身体教育学・認知神経科学。2024年度より現職。介護職等の安全に関する研究に従事。
介護は日常に静かに滲み出します。そこでの違和感や事件をきっかけに,生活と仕事の輪郭が崩れていくことも─。今回は,とある介護前夜の出来事を,仮名で綴っていただきました。
私は女性研究者で,要介護で弱視の母・海外出身の夫と暮らしています。介護離職すれすれのポンコツで数年が過ぎ,それでも今はテニュアトラックで再起を目指しています。
母の独居の始まりと終わり
母の独居は父の急逝から始まりました。私は在外研究を終え実家から数時間の地域に住み任期付きで勤め始めたばかりでした。私が毎週末帰省していたものの,昔から不慣れな状況でパニックになりがちだった母は,数十年頼りにしてきた父の不在という極度に不慣れな状況に,どんどん攻撃的になりました。一方,見知らぬ人の甘い言葉に無防備になっていたようです。コロナ禍で私が実家に仮住まいし始め母の独居は終わりました。仮住まいは思いがけない事件のため永住になりました。
特殊詐欺とその後
その事件は特殊詐欺です。複数の人物が電話に出る劇場型詐欺で,母は彼らが父の昔の取引先の人の後輩で誰それには臨月の奥さんがいるなどと信じ続け,被害を警察に届けたのは彼らの電話が途絶えて3か月後,私が被害を知ったのは1年後でした。母は「彼らを見つけてあげる」という興信所にも騙されていました。
被害後,母は複数の犯罪団の標的になり,私自身も家の中で泥棒と鉢合わせしたり,暗くなってから実家の扉を撮影している人に出くわしたりしました。問題から目を背けることで問題を解決したことにする主義の母を押し切り私が防犯対策を進め,母の不穏を招きました。
不穏になった母は自分で犯人を捜そうと私の目を盗んで暴走します。私は出勤が難しくなり,実家を離れられないので職探しも難しく,離職しかないと思いました。たまたま実家から通える仕事を世話してもらえ,細々・点々と仕事を続けました。
母の認知機能と周辺症状
母は脳ドックで軽度認知障害を指摘されています。発達障害の診断は受けていませんが母は若いころから独特でした。ケアマネさんによると,配偶者の死去で特性が表面化するケースが時々あるそうです。
私にとってつらかったのは被害妄想と暴言でした。被害妄想最盛期には,母が咳をしているのを私が心配したときさえ「咳がうるさいと娘に言われた。死にたい」。私のみでなく私の夫・新聞配達員さん・クリニックの受付の方・区役所の方などを相手に数日おきにトラブルを起こしていました。人を攻撃するときの母はすごく生き生きしています。デイサービス利用で人との交流が増えたころから,だいぶ穏やかになりました。
要介護認定と介護サービス
いろいろあっても実は私は「介護中」と自覚していませんでした。母が転倒で手首を痛めて初めて要介護認定について調べました。当初母は介護サービスを拒否していました。訪問介護士さんに来ていただくのを母が受け入れたのは,誤嚥で救急搬送され気弱になっていた時期です。元気になるや「ヘルパーが欲しいと言った覚えはない!」と怒りましたが…。私はやっと安心して泊まりがけの出張に行けるようになりました。
おわりに
介護のことは介護される人の名誉を思うと話しづらいです。私自身,本名では書けませんでした。周囲も子育て中の人に「そろそろハイハイ?」とは聞けても介護中の人に「そろそろ徘徊?」とは聞けません。でも,特殊詐欺も発達障害懸念も被害妄想も暴言も介護サービス拒否も,介護始まりかけのありふれたことです。介護始まりかけの人には「声を上げてみて」と言いたいですし,そうでない人には「あなたの隣にも介護始まりかけの事情を抱えた人がいるかもしれません」と言いたいです。
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