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こころの測り方
反応時間でこころを測る─IAT(潜在連合テスト)の理解

稲垣 勉(いながき つとむ)
Profile─稲垣 勉
2010年,学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程中途退学。鹿児島大学専任講師などを経て2021年より現職。専門はパーソナリティ心理学,教育心理学。公認心理師。著書に『グローバル時代の教育相談』(共編著,ナカニシヤ出版)など。(旧姓:藤井)
アンコンシャスバイアスへの社会的関心と,測定をめぐる混乱
近年,「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」という語が,多様性の推進や人材育成の場面で急速に広まった印象があります。企業が実施する研修や,行政の調査,さらには学校教育に向けた教材でも,この概念が取り上げられています。社会が公平性や包摂性を重視するほど,自分の意識しない偏りを理解し,行動の癖に気づこうとする姿勢が求められているのだと思います。
しかし,この関心の高まりとは対照的に,「無意識」という語が示す範囲は広く,専門分野の内外での意味が定まっていないまま議論されがちです。「アンコンシャスバイアスを測る」と説明しながら,実際には自覚的判断を問う質問紙を用いていたり,逆にIAT(Implicit Association Test[1]:潜在連合テスト)さえ使えば無意識が測れると誤解されたりすることもあるようです。
ただし,これらはいずれも適切とは言えないと考えます。本記事では,IATの特徴や課題を整理することで,社会で起きている誤解を少しでもほどく手がかりを提供したいと思います。
IATとは
IATを一言で言えば,概念どうしの結びつきやすさを反応時間の違いから推定する方法です。分類課題の画面上で,左右のキーに割り当てられた刺激を,できるだけ速く正確に分類するという単純な仕組みですが,概念の組み合わせによって反応の速さが変わることが知られています。
たとえば,「花/虫」というカテゴリーと「快い/不快な」という属性を組み合わせると,一般には「花+快い」のペアでは素早く反応でき,「虫+快い」の組み合わせではやや遅くなる傾向があります(図1)。この反応時間の差から,対象への自動的な連合の強さを数値化するのがIATの基本的な考え方です[2]。
「花」と「快い」が同じ側にあるときに素早く反応できた場合,「花」と「快い」の連合(結びつき)が強いことを示します。この「花」と「虫」を「黒人」「白人」などに置き換えて,刺激もそれに合わせたものにすることで,人種に対する潜在的な態度を測定するという考え方です。
IATはもともと「態度」の測定から始まりましたが,その後,自尊心,自己概念,パーソナリティ特性など幅広い領域で応用されてきました。また,黒人-白人への態度研究を通じて,“implicit bias(暗黙の偏見)”の指標として社会的に注目を集めるようになりました。
しかし,IATはあくまで「反応時間に表れる自動的な連合」の推定を目的とした方法です。したがって,「IAT=無意識の偏りそのもの」と位置づけることには慎重である必要があります。
IATの特徴
IATには,自己呈示の影響を受けにくいという特徴があります[3]。質問紙では,意識的・非意識的を問わず望ましい回答を選んでしまうことがありますが,IATの課題では,反応速度の違いが指標となるため,意図的な操作が比較的難しいとされています[4]。そのため,こうした社会的な望ましさ[5]に影響されやすい側面を捉える際に有効と言えます。
しかし,IATの反応時間は多くの要因に左右されます。刺激の選び方,練習量,課題切り替えの負荷など,さまざまな要素が数値に影響します[6]。また,IAT得点が個人の安定した特性を反映しているのか,あるいは状況の影響を受ける一時的な状態を反映しているのかについては,研究が続いています[7]。
こうしたことを踏まえると,IAT得点の解釈を「無意識の偏見の強さ」に直結させることはできないのです。
「アンコンシャス」という語が生む摩擦
社会で用いられる「アンコンシャス」という語は,心理学者が専門的に使う「自動性」「意識に上らない処理」などと混同されやすい問題があります。そのため,「無意識なんだから質問紙では測れないのでは?」という誤解や,「IATなら完全に無意識が測れるのでは?」という逆方向の誤解が生まれます。
しかし,質問紙は自覚された態度の測定に,IATは自動的連合の測定に適しており,両者は役割が異なります。どちらか一方が優れているのではなく,両者はそれぞれ長所があり,研究の目的によって測定法を選び分けることが重要です[8]。こうした測定法ごとの特性は,研究だけでなく実務の場面でも本来は踏まえるべき点です。ところが,目的と測定の対応が十分に意識されないまま用いられると,得られた値の意味づけが過度に単純化され,結果として誤解を生むことがあります。
社会実装で起こる課題:目的と測定がずれると誤解が広がる
行政調査や教育の現場では,アンコンシャスバイアスという言葉が人気であるがゆえに,測定方法の選択が十分に議論されないまま進むことがあります。こうした誤解を避けるには,次のような原則が欠かせないでしょう。
①測定目的を明確にする
瞬間的に頭に浮かぶ「反応の癖」を知りたい場合は,IATのような反応時間を用いた課題が適しているでしょう。一方,自分がどのような態度や価値観を持っているのか,つまり「自覚的な考え」を知りたい場合は,本人が言葉で説明できるものを扱うので,質問紙の方が適切と言えます。
②単一指標に依存しない
質問紙,行動指標,生理指標など複数の指標を用いて補完することも重要です。
③数値を行動の断定に使わない
つまり,IAT得点=差別行動ではないということです。
こうした基本的な姿勢は,心理学の専門分野では十分に理解されていると思いますが,社会実装の場ではなかなか共有されていません。
IATを正しく使うために:強みと限界の共存
IATは,反応時間という客観的な指標から,日常生活では捉えにくい連合パターンを明らかにできる貴重な方法です。しかし,IATだけで「無意識の全体像」を測定できるわけではないことを理解して使う必要があります。
また,IATの得点がどの程度安定しているのか,行動をどれだけ予測できるのか,介入によってどの程度変化し,それがどれほど持続するのか─こうした研究課題は今も活発に議論されています[9~11]。
だからこそ,社会的な期待や不安に応えるためにも,「分かっていること」と「まだ分からないこと」を丁寧に区別する姿勢が不可欠です。
測定の視点が社会の誤解を減らす
アンコンシャスバイアスをめぐる議論は,専門家でない人々にとって分かりづらい概念を扱うがゆえに,どうしても誤解が生じやすくなります。そこで重要なのは,心理学が持つ測定の知恵を活かし,「どの測定法が,どの側面を,どの程度まで捉えられるのか」を明確に伝えることです。
IATを過信せず,質問紙を軽視せず,それぞれの方法が持つ価値と限界を正しく評価していくことで,アンコンシャスバイアスに関する理解はより健全な形で広がっていくはずです。心理学ワールドという場を通じて,専門的な知見と社会をつないでいくことができれば幸いです[12]。
文献
- 1.Greenwald, A. G. et al. (1998) J Pers Soc Psychol, 74(6), 1464–1480.
- 2.実際に試してみたい方は,Project Implicit(https://implicit.harvard.edu/implicit/user/demo.japan/demo.japan.24/static/takeatest.html)をごらんください。
- 3.Greenwald, A. G. et al. (2009) J Pers Soc Psychol, 97(1), 17–41.
- 4.Stieger, S. et al. (2011) Psychol Rep, 109(1), 219–230.
- 5.Paulhus, D. L. (1991) Measurement and control of response bias. In J. P. Robinson et al. (Eds.), Measures of personality and social psychological attitudes (pp.17–59). Academic Press.
- 6.Fazio, R. H., & Olson, M. A. (2003) Annu Rev Psychol, 54, 297–327.
- 7.Cunningham, W. A. et al. (2001) Psychol Sci, 12(2), 163–170.
- 8.稲垣勉 (2023) 感情心理学研究, 30(2), 40–43.
- 9.Oswald, F. L. et al. (2013) J Pers Soc Psychol, 105(2), 171–192.
- 10.Forscher, P. S. et al. (2019) J Pers Soc Psychol, 117(3), 522–559.
- 11.Schimmack, U. (2021) Perspect Psychol Sci, 16(2), 396–414.
- 12.IATについて日本語の文献で詳しく知りたい方には,潮村公弘著『自分の中の隠された心:非意識的態度の社会心理学』(サイエンス社,2016年)をお勧めします。
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