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【特集】

他者への 「イヤ」 な感情

人と関わるなかで,私たちはときに,相手のことを「イヤだな」と感じることがあります。他者への怒り,妬み,軽蔑,他集団への嫌悪─それらは,できれば感じたくない,あるいはそう感じる自分を認めたくない,そんな感情かもしれません。

そもそも,私たちはなぜ他者に「イヤ」な感情を抱き,それは何をもたらすのでしょうか。本特集ではその仕組みを紐解き,「イヤ」な感情の正体に迫ります。

「イヤ」な感情は,なくすべきもの,遠ざけるべきものとは限りません。目をそらしたり,蓋をしたりしても,なかったことにできるものでもありません。その正体を知れば,これまでとは違った世界が見えてくるでしょう。どう見えるかは,この先でたしかめてみてください。

(蔵永 瞳)

怒りの意味と心身や他人に起きること

川合 伸幸
名古屋大学大学院情報学研究科 教授

川合 伸幸(かわい のぶゆき)

Profile─川合 伸幸
博士(心理学)。専門は実験心理学・認知科学。2019年より現職。2025年より中部大学フェロー。日本認知科学会前会長。文部科学大臣表彰若手科学者賞および科学技術賞,日本学術振興会賞,日本学士院学術奨励賞受賞。単著に『ヒトの本性:なぜ殺し,なぜ助け合うのか』(講談社現代新書),『凶暴老人:認知科学が解明する「老い」の正体』(小学館新書),『コワイの認知科学』(新曜社)など。

ロシアとウクライナ,アメリカとイラン,イスラエルとイランやハマスの間で戦争や武力衝突が続いているため,世界では紛争によって多くの人が亡くなっているような印象を受けます。2024年の紛争関連死者数は48,383人で,前年より40%増加しています。これは,ロシアのウクライナ侵攻前である2021年の14,447人の3倍以上にあたります[1]。しかし,それでもこの数は,2024年の殺人による死亡者数(約44万人)の1割程度にすぎません(ただし紛争による負傷者はさらに多い)。少なくともここ数年は,毎年世界中で43~44万人ほどが意図的に殺されています[2]。

人はどのような理由で殺人に至るのでしょうか。外国とは事情が異なる可能性がありますが,法務省が公表する『令和6年 犯罪統計白書』[3]によれば,罪種別・主たる被疑者の犯行動機(総数表)において,殺人の動機として最も多いのは憤怒(428件)です。これは,第2位の怨恨(105件)を大きく上回っており,この傾向は長年変わっていません。

憤怒とは,ひどく怒ること,あるいはその激しい感情を意味します。つまり,日本で起きる殺人の動機としては,カッとなった結果が最も多いということです。人を殺したいと思うほど強い怒りを経験したことはなくても,きつい言葉を口にしたり,物に当たってしまったりする経験は,多くの人に思い当たるのではないでしょうか。

怒りを感じる状況と怒りの意味

わたしたちは,どのようなときに怒りを感じるのでしょうか。神経科学者のフィールズは,私たちには生まれつき備わった怒りの「9つの引き金」があると述べています[4]。それは,①Life(生命の脅威),②Insult(侮辱),③Family(家族への脅威),④Environment(環境の侵害),⑤Mate(配偶者・恋人への脅威),⑥Order In Society(社会秩序を侵す),⑦Resources(資源の侵害),⑧Tribe(仲間・所属集団への脅威),⑨Stop(行動の妨害)です。

表1 怒りを感じる9つの状況(文献4より筆者作成)
表1 怒りを感じる9つの状況(文献4より筆者作成)

これらの引き金は,広い意味で「縄張り(territory)」が侵害されたときに生じる反応と考えることができます[5]。ここでいう縄張りとは,物理的な空間だけでなく,権利,評価,役割,社会的地位,時間,所有物,規範など,私たちが守りたいと感じる領域全般を含みます。侵害される縄張りの種類と具体例を挙げると,表1のようになります。

これらの9つの引き金の頭文字は,英語のLIFE(生命)と仏語のMORTS(死)で生命の死(致命傷)となります。つまり,私たちが怒るのは,自分や身近な人を守り,資源や立場を防衛し,自由に行動できる範囲を確保する,生存に関わる適応的な反応といえます。

ダーウィン[6]は,人間と動物の表情には多くの共通点があり,恐怖や怒りといった感情表現は,祖先から受け継がれた適応の結果だと考えました。

表情だけでなく,怒りを引き起こす状況も動物と共通しています。動物は縄張りを侵害されると,それを排除しようとします。たとえば,イヌの目の前のエサ(資源)を奪ったり,庭(生活環境)に侵入すると,イヌが吠えたり噛みつく(=怒る)のは,資源や生活環境,家族を外敵から守るためです。

怒りは悪か善か:古来の思想の怒りの「扱い方」

このように,怒りは本来,さまざまな意味での「自分の生存圏」を守るための動機づけが表れたものと考えられます[5]。つまり,怒りは必ずしも悪いものではありません。実際,西洋では,怒りを一律に悪い感情として捉えてきたわけではありませんでした。

たとえば新約聖書では,イエスは他者を攻撃する怒りを,人の尊厳を傷つけるものとして戒めています(マタイによる福音書5章21~22節)。一方で,身体的・社会的・経済的な状況によって人の尊厳が損なわれているのであれば,それを見過ごすことなく,断固として発言し行動すべきだとも語っています(マルコによる福音書10章14節)。つまり,状況によっては怒りを表出すべきだというのです。

同じように,最も古い体系的な倫理学の書物とされるアリストテレスの『ニコマコス倫理学』[7]でも,怒りは悪とみなされず,「正しく怒ること」の中庸が徳とされています。正しく怒るために必要な能力は,怒りを調整する力(忍耐)だとされました。いずれも,怒るべきときには,適切な形で怒りを表すべきだと考えている点で共通しています。

それに対して,仏教では「怒り」は,人間の苦しみを生み出す根本原因である三毒の煩悩(貪・瞋・痴)の一つ,瞋(じん/しん)にあたります。これは,行ってはならないとされる10の悪業(十悪)にも含まれており,仏教では強く戒められてきました。

こうした違いはあるものの,古来の思想に共通するのは,怒りそのものを否定するのではなく,怒りの扱い方こそが重要だという点です。怒りは生存圏を守り,正義を支える力にもなりますが,扱い方を誤れば他者も自分も傷つけます。つまり,怒りは捨てるべき感情でも肯定すべき感情でもなく,状況に応じて適切に調整して使うべきものだと考えられてきました。

怒ると身体は攻撃態勢になる

怒りは,自分自身や周囲を含めた心理的な縄張りを守ろうとするための情動であり,侵害した相手を排除する準備として,身体は戦闘態勢に入ります。具体的には,交感神経系が活性化することで,①心拍数が増え,②血圧が上がり,③血流が増加し,④血管が収縮し,⑤皮膚電気抵抗が高まります。怒りを感じた状態を「頭に血が上る」と表現しますが,これは比喩ではなく,実際に血流が全身を駆け巡り,筋肉をすばやく動かせるよう身体が準備を整えるのです。

怒りを感じると,自律神経だけでなくホルモンにも変化が起こります。「怒りで震える」という表現がありますが,これはアドレナリンが筋肉の収縮力を高めることで,ふだんはバラバラに動いている筋肉が同時に収縮し,体が震えることがあるためです。鳥肌が立ったり毛が逆立ったりするのも,同じく交感神経の働きによる反応です。アドレナリンは血管を拡張し,心拍数を上げて筋肉への血流を増やしますが,同時に,攻撃性に関わるテストステロンや,ストレス時に高まるコルチゾールといったホルモンも大量に分泌されます。

このような「戦闘態勢」を頻繁に経験すると,身体には悪影響が生じます。アドレナリンやコルチゾールが高い状態が続くと,血圧が持続的に高まり,心臓に大きな負担がかかります。血圧や心拍数の上昇によって血流が増えると,動脈の内側が傷つき,そこに脂肪がたまりやすくなるといわれています。その結果,動脈瘤ができたり,それが破裂して突然死を招くことがあります。これが脳で起これば,脳卒中の危険が高まります。実際,欧州心臓病学会で発表された研究[8]では,オーストラリアの病院に搬送された687人のうち,心臓発作を起こした313人に対して「発作の48時間以内に強い怒りを感じたか」を調べました。その結果,「非常に強い怒り」を感じてから2時間以内は,通常時と比べて心臓発作のリスクが8.5倍に高まることが明らかになりました。

怒りやすい人は,血圧が高くなりやすいといわれています。また,活動的で行動力がある一方,競争心や攻撃性が強く,イライラしやすい傾向をもつタイプAと呼ばれる行動パターンの人は,そうでない人に比べて心臓病を発症する割合が約2倍高いという結果があります[9]。さらに,別の地域の住民を対象とした研究でも冠動脈疾患を発症するリスクは45~64歳の男性では1.8倍,女性では2.1倍高いという報告があります[10]。怒りやすい自覚がある人は,心臓への負担を減らすためにも,怒りを上手にコントロールすることが大切です。最後に書いた「怒りを抑える方法」を参考にしてください。

怒りは攻撃性と不快感の成分を持つ

怒りを感じると,自律神経の活動やホルモンの分泌が活発になり,体は「戦う準備」を整えます。これは,怒りの原因となった相手に向かって行動できるようにするための反応です。このとき,かわいい動物やおいしそうな食べ物を見たときと同じように,相手に近づこうとする「接近の動機づけ」が強まります[11]。接近の動機づけが高まると,前頭葉の働きの左右バランスが崩れ,左側が優位になります。

筆者たちは実験によって,怒りには「攻撃したい気持ち」と「不快な気分」という2つの成分があることを明らかにしました[12]。参加者を2つの群に分け,公的なテーマ(例:屋外喫煙の是非)について書いたエッセーに,意図的に低い評価と批判的なコメントを返すことで怒りを誘発しました。

一方の群にはコメントの最後に「こんなことを書いてすみません」と謝罪文を付け,もう一方には「以上です」とだけ記しました。怒り誘発の前後で,脳波・心拍・皮膚電気反応・主観的な攻撃性(状態-特性怒り尺度)と不快感(ポジティブ・ネガティブ感情尺度のネガティブ)を測定したところ,謝罪がない場合には左前頭部の脳活動が優勢になり,心拍・皮膚電気反応・攻撃性得点・不快感得点がすべて上昇しました。

しかし謝罪がある場合,左前頭部の優勢や心拍の上昇,攻撃性得点の増加は抑えられた一方で,皮膚電気反応と不快感は高まり,気分の悪さは残りました。また,寝転んだ状態で侮辱された場合には,主観的には怒りを感じていても脳波が左優勢にならないことも確認されています。これらの結果から,怒りは「攻撃性」と「不快感」という異なる2つの成分から構成されていると考えられます。

怒りが身体のさまざまな反応として現れることを利用し,筆者たちは運転中に怒りを誘発する方法と,その怒りを音声アナウンスで気をそらすことで抑制できる技術を開発しました[13]。これらは運転中の怒りの検出や,あおり運転の抑制に役立つと考えています。

怒っている人が他者に与える影響

怒っている人がいると,周りの人はどう感じるでしょうか。怒っている人は攻撃性が高まっているため,周囲の人には脅威になります。私たちは脅威の対象に注意を向けやすくなります。人間だけでなく,サルでも同じ傾向が見られます。筆者らの実験でサルは,見たことのないサルの怒り顔を,他の表情よりも早く見つけました[14]。

また,生後4か月の乳児に「怒り・喜び・中性」の表情写真を提示し,さらに視線が「赤ちゃんに向いている/逸らされている」という条件を組み合わせて脳波の事象関連電位を測定した研究では,視線が乳児に向けられていると,前頭中央部の陰性中央成分(注意の集中)が大きくなり,特に怒り顔でその効果が顕著でした。逆に,視線が逸れている場合や中性顔では陰性中央成分は小さく,注意は向けられませんでした[15]。

「フキハラ」(不機嫌ハラスメント)という言葉が示すように,不機嫌な態度や雰囲気をまとう人が周囲にストレスを与えるのは,潜在的な脅威となりうる対象に注意が向いてしまうためかもしれません。

ただし,怒っている人がいても,周囲の人が“見方を変える”ことで,それほど気にならなくなることが示されています[16]。実験では,参加者に怒り顔または中性顔を提示し,①そのまま観察する条件と,②「相手はただ悪い日を過ごしているだけだ」などと意味づけを変える再評価条件を比較しました。

再評価を行うと,怒り顔に対する主観的な否定的評価が明確に弱まり,早期および後期の脳活動(事象関連電位)にも変化が見られました。このことから,どのように認識するかによって,怒り顔に対する自動的な否定的処理を弱められることが示されています。つまり,自分が怒られているように感じる場面でも,「これは私に向けられた怒りではない」と捉え直すことで,過度なストレスを感じずにすむと考えられます。

怒りを抑える方法

ここでいう「再評価」は,感情制御の一つです。感情制御は,感情が生まれる流れに沿って制御する方法を分類したモデルで,①状況選択(感情が生じやすい状況を避ける),②状況修正(環境を変える),③注意配分(注意の向け先を変える:気晴らしなど),④再評価(出来事の意味づけを変える),⑤反応調整(表情・行動・生理反応を整える:寝転ぶなど)の5段階があるとされています[17]。

怒りを抑える方法を網羅的に調べたところ,気晴らし(注意配分)は即時的な効果はあるものの,1週間後に思い出すと怒りが再燃することがわかりました[18]。一方,再評価や自己距離化は,怒りを弱める持続的な効果があります。自己距離化とは,「感情の中心に立つ」のではなく,少し離れた場所から自分を観察するように思い出す方法です。再評価は腹が立ったことを別の原因や理由によって生じたと解釈し直すことです。たとえば,電車内を歩いているときに,座席の乗客が投げ出していた足につまずいて転んでしまったとします。マナーを守らず足を伸ばしているせいで痛い思いをしたのだと,腹が立つのは自然な反応でしょう。しかし,もしその足にギプスがついているのを見つけたらどうでしょうか。おそらく「マナー違反だ」とは思わず,むしろ「よく見ずに歩いてしまった自分にも原因があったかもしれない」と考え直すかもしれません。このように,心の中で状況の捉え方を変えることが再評価です。ただし,再評価も自己距離化も,怒りの最中に実行するのは難しいことが知られています。たとえば,氷水に手を浸すというストレス下では,再評価を試みても怒りはうまく抑えられませんでした。 一方,ストレスのない状況で再評価した参加者は,怒りを落ち着かせることができました[19]。怒りを感じているときには,なんらかのストレスを感じていることが多いので,実験室で実験者の指示にしたがって落ち着いて再評価するのとは違って,実際にするのは難しいだろうと考えられます。

そこで筆者らは,簡単に怒りを鎮める方法を開発しました[20]。実験では,まず参加者が書いた文章に低い評価を与えて怒りを誘発しました。怒りを確認した後,そのときの状況を客観的に紙に書かせ,その紙を丸めてゴミ箱に捨てると,侮辱される前と同程度まで怒り得点が低下しました。紙を捨てずに保持した参加者では,怒りはほとんど下がりませんでした。

実験2では,ゴミ箱に捨てる代わりにシュレッダーで裁断しても怒りは安静時まで減少しましたが,同じ動作で箱に入れただけでは減少しませんでした。簡単な方法なので,怒りを抑えるのが難しいと感じる人はぜひ試してください。 この特集では感情の抑え方を主題にしていないため簡単に触れましたが,怒りの抑制方法をまとめた本も書いています[21]。関心のある方はそちらを参考にし,自分に合った方法を試してください。

文献

  • 1.United Nations (2025) Human rights count: Conflict related deaths. https://storymaps.arcgis.com/stories/b12adf1ee3a840b7a23d089050c3bd80
  • 2.Herre, B. et al. (2013) Homicides. Our World in Data. https://ourworldindata.org/homicides
  • 3.法務省(2024)令和6年犯罪統計白書. https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/71/nfm/mokuji.html
  • 4.フィールズ, R. D./米津篤八・杉田真訳(2017)激情回路:人はなぜ「キレる」のか.春秋社.
  • 5.川合伸幸(2017)怒りを鎮めるうまく謝る:科学の知恵.講談社.
  • 6.ダーウィン, C./浜中浜太郎訳(1931)人及び動物の表情について.岩波書店.
  • 7.アリストテレス/渡辺邦夫・立花幸司訳(2015)ニコマコス倫理学.光文社.
  • 8.Buckley, T. et al. (2015) Eur Heart J Acute Cardiovasc Care, 4, 493–498.
  • 9.Friedman, M., & Rosenman, R. H. (1959) J Am Med Assoc, 169, 1286–1296.
  • 10.Haynes, S. G. et al. (1980) Am J Epidemiol, 111, 37–58.
  • 11.Harmon-Jones, E. et al. (2003) Cogn Emot, 17, 1–24.
  • 12.Kubo, K. et al. (2012) PLoS One, 7, e33006.
  • 13.川合伸幸他(2025)感情推定システム,感情推定方法,及びプログラム.特願2025-099618(未公開特許出願).
  • 14.Kawai, N. et al. (2016) Anim Cogn, 19, 655–660.
  • 15.Striano, T. et al. (2006) Soc Cogn Affect Neurosci, 1, 87–95.
  • 16.Blechert, J. et al. (2012) Psychol Sci, 23, 346–353.
  • 17.Gross, J. J., & Thompson, R. A. (2007) Emotion regulation: Conceptual foundations. In J. J. Gross (Ed.), Handbook of emotion regulation (pp.3–24). The Guilford Press.
  • 18.金谷悠太・川合伸幸(2025)心理学研究,96,116–136.
  • 19.Zhan, J. et al. (2017) Front Psychol, 8, 1372.
  • 20.Kanaya, Y., & Kawai, N. (2024) Sci Rep, 14, 7490.
  • 21.川合伸幸(印刷中)アンガー・コントロール:科学的根拠のある怒り対処法.ナツメ社.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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