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【特集】
「嫌だ」という気持ちと他集団の排除─ネットワーク社会の新たな課題

中村 真(なかむら まこと)
Profile─中村 真
学術修士(大阪大学),MA(University of Connecticut)。専門は感情心理学。大阪大学人間科学部技官・助手,宇都宮大学国際学部講師・助教授などを経て2017年より現職。著書に『多文化共生と公共圏:「多文化公共圏センター」の取り組みから考える』(分担執筆,ナカニシヤ出版)など。
なぜ人は「嫌う」のか─嫌悪感情の多面性
「嫌だ」という気持ちは,嫌悪と呼ばれる感情に関係している。嫌悪は,もともと腐った食物,排泄物,病原体などとの接触を避け,身体を守るための反応として備わったと考えられている。汚れたものを見て顔をしかめる,変な味がしたものを吐き出す,といった反応は,汚染から自分の身体を遠ざけるための仕組みである。この最も基本的な嫌悪は「コア嫌悪」と呼ばれる。
しかし,人間の嫌悪は不衛生なものへの身体反応にとどまらない。発達の過程で,汚染という感覚は社会的・道徳的な対象へと広がっていく。血液や臓器など,人間の動物的側面を強く意識させるものへの「動物性想起の嫌悪」から,ルール違反や不当な暴力,不正などに向けられる「社会道徳的嫌悪」の獲得へと展開し,実際に身体を汚すものだけでなく,心を汚す,社会を乱すと感じるものにも嫌悪を覚えるようになる[1]。
このとき重要なのが心理的汚染である。たとえば,人工的に無菌状態で飼育されたゴキブリでも,多くの人は触れたいとは思わない。実際の危険はなくても,触れたら汚れるという感覚が生じるからである。同じ仕組みは人間関係にも入り込む。強い体臭,極端に異なる外見,社会的に逸脱していると見なされる行動などに対して嫌悪が向けられることがある。特定の個人への嫌悪では,距離を取る,接触を避ける,関係を断つといった回避行動が起こりやすい[2]。
さらに,嫌悪が個人ではなく,民族,国籍,宗教,職業などの集団に向けられると,問題はより複雑で深刻になる。ある集団のたった一人の行動が集団全体の特徴として語られ,その集団そのものが危険,不潔,道徳的に劣っているなどと評価されることがある。集団を対象にしたこのような嫌悪は,生理的防御反応ではなく,象徴的・文化的・道徳的な汚染の感覚を通じて,私たちと他者の境界を作り,回避にとどまらず,差別,排除を正当化することにつながる社会的な性質をもった感情となる。
排除はなぜ起こるのか─脅威認知と社会的アイデンティティ
他集団に対する否定的感情は,嫌悪だけではない。恐怖,不安,怒りなども集団間関係に大きく影響する。これらの感情に共通するのは,相手を,自分に害を及ぼすかもしれない対象として評価する脅威認知と呼ばれるプロセスである。脅威にはさまざまな種類がある。たとえば,汚染や病原体など,健康に対する脅威がある。特定の集団が感染症や不衛生さと結びつけて語られると,嫌悪と恐怖が同時に生じやすい。やがて,その集団を病原体のように表現するステレオタイプが形成されると,極端な場合は,その集団の成員を人とは見なさない非人間化が進み,差別や排除に結びつく。コロナ禍の人々の行動を思い出すと,ウイルス感染者数が急増した都市部から地元に帰省している人に対して,自警団と称する人たちが攻撃的な警告を行った。これは,都会人=感染者といったステレオタイプによる単純化が,帰省した人たちの個々の事情を考えることを妨げ,排除的行動に至った例といえるだろう。
このような「感染源」回避の仕組みは,行動免疫システムと呼ばれる。人間は,病原体そのものを見分けることが難しいため,危険かもしれないものを早めに避ける傾向を進化の過程で身につけたと考えられる。この仕組みは感染を避けるうえでは役立つが,社会的対象にまで広がると,根拠の弱い警戒や偏見を生みやすい。実際に危険はなくても,見慣れない服装や習慣,言語の違いなどが異質さの手がかりとなり,不適切な脅威認知と過剰な感情的反応を引き起こすことがある[3]。
また,脅威の種類としては,他集団の勢力拡大,集団間の競争関係,軍事力のような暴力に関わるものもある。国家間の軍拡競争の悪循環は脅威認知がもたらす影響の一つの例になるだろう。自分たちの縄張りが侵害され,土地や所有物,安全,仕事,文化などが奪われると感じると,恐怖や不安が高まり,さらに怒りが生じる。怒りは,相手への接近や攻撃を促しやすい点で,回避を促す嫌悪とは異なるが,両者はしばしば結びつく。相手を,危険で,ルールを守らない不道徳な存在などとみなし,怒りとともに嫌悪の対象とすることで,排除や制裁,その準備にもなる軍事力増強などが正当化されやすくなる。
ところで,私たちは,自分がある集団に属しているという所属意識をもつことによって自己同一性の一部を形作っているが,これを社会的アイデンティティという。脅威認知の状況では,間接的に,この社会的アイデンティティが問題になる。学校や会社など,日常生活のさまざまな状況において,自分が所属している集団(内集団)とそうではない他集団(外集団)を峻別するという社会的カテゴリー化が生じる。私の学校,地元,我が国など,「私たち」と意識される内集団を好意的に評価し,自分が所属していない外集団との差を強調しやすい。外部の脅威は,内集団の結束を強める一方で,外集団を排除すべき存在として明確化する。したがって,社会的アイデンティティは脅威認知と相互に補強し合い,内集団への同一化と外集団である他集団への排除を同時に強める可能性がある[4, 5]。
嫌悪関連感情と排除─ウェブ調査から見えたこと
他者や他集団に対する偏見や差別,排除については,社会心理学を中心に多くの研究が行われてきた。筆者らも,特定の国や集団,組織に対する排除の心理過程を明らかにするため,2017年から2024年にかけて約2年ごとに4回のウェブ調査を実施した。各調査では,10代から50代までの男女1000名を対象とした。先行研究を踏まえて諸要因の関係を検討した結果,排除行動の背景にある心理的プロセスは,おおまかに「外部情報への接触-選択的注意-認知的評価-感情-態度-行動」という流れで理解できることが示された[6]。
また,調査を継続的に行うことによって,社会状況に応じて「嫌悪対象として報告される集団」が大きく変化することも確認された。2017年の調査では,当時,ミサイルを繰り返し発射していた北朝鮮が最も多く挙げられた(10.8%)。2019年には,日韓関係の悪化をめぐる報道が続いた時期と重なり,韓国を挙げる割合が最も多く,1回目の9.5%から34.9%に急増した。2022年には,ロシアによるウクライナ侵攻後の報道が続いている時期と重なり,それまでの調査で全く報告のなかったロシアを挙げる割合が最多となり,26.9%となった(なお,この節で報告した百分率は,嫌悪対象集団を報告した回答者の中での割合を示す)。これらの結果は,日常的に接するニュースやSNS情報が,どの集団を問題として想起するかに強く影響することを示していると解釈できる。
一方,興味深いことに,ある集団を嫌悪対象として挙げる人が増えても,その集団への嫌悪感情や否定的態度が,それに呼応して強まるわけではなかった。つまり,必ずしも一人ひとりの感情は強くなくても,社会で頻繁に話題にされることは起こりうる。この点は重要である。排除行動の発動を考えると,個人の感情に加えて,周囲もそう考えている,その発言は支持される,排除しても非難されない,といった同調や承認の過程が,行動の引き金を軽くする可能性がある。そうであれば,個人の感情は強くなくても,集団の多数が類似した感情を共有している状況が生じることで集団の圧力を高め,わずかなきっかけでも対象集団への排除行動が顕在化しうると考えられる[7]。
社会のネットワーク化は,どのように個人の嫌悪を集団の排除に向かわせるのか
現在,私たちが暮らしている社会は,あらゆる面でコンピュータとインターネットに依存しており,ネットワーク化しているといえるだろう。ここでは,ネットワーク上で発信された情報が,個人の心理と集団・社会の動きを伴いながら共有され,他集団の排除に至る過程を考えてみよう。図1は,この過程を11の段階に分け,さらにそれを5つの局面に分類した仮説的プロセスを示している。
本図は,生成AI(OpenAIのChatGPT〔GPT–5.6 Sol〕)とのチャットにより,編集可能なファイルを出力させ,筆者の編集により作成した。
まず,「A.情報発信」の局面では,第1に,ニュース,SNSの投稿などで個人的体験を含む多くの情報が発信される。たとえば,Xさんが,○国人旅行者のごみのポイ捨てを目撃し,それに憤慨してあるSNSに怒りのメッセージを投稿するといったケースである。SNSの普及により,これまで身近な範囲にしか届かなかった個人の体験や感情が,世界規模で発信されるようになった。次の二次的発信の段階では,その情報は切り取られ,見出しを付けられ,コメントされ,再投稿される。ネットワーク上では,同じ情報が何度も可視化され,多数の人を介して短時間に拡散する。個人的な怒りや嫌悪も情報として広く伝わる。
「B.カテゴリー化・脅威認知」の局面では,第3段階として,得られた情報からカテゴリー化が起こる。個人的な出来事が,国籍,民族,宗教,職業などの集団カテゴリーと結びつけられ,私たちと他集団の区別が意識される。第4に,対象集団は,危険,異質,不潔,道徳的に逸脱しているなどと評価されやすくなる。そこにネガティブ情報の反復が加わると,脅威などの評価はさらに強まる。Xさんの投稿を見たYさんは,○国人と私たち日本人という集団カテゴリーを顕在化させ,○国人はルールを守らない不道徳な人たちだと考えるかもしれない。
「C.感情形成・表出」の局面では,第5段階として,嫌悪,恐怖,怒りなどの他集団に対する感情が生じる。第6に,その感情が投稿,コメント,画像,動画などとして表現される。対面での悪口や表情はその場限りということも多いが,ネット上の表現は記録され,繰り返し共有され,文脈から切り離されても長期間影響をもつ。強い感情を伴う表現ほど注目を集めやすく,さらに可視化される。Xさんの投稿を見たYさんは,脅威認知の結果として生起した自分の怒りや嫌悪を表出した投稿をするかもしれない。
「D.社会的増幅」の局面では,第7段階として,表出された感情に対して,賛同,承認,批判,反論,再拡散などの社会的反応が生じる。多様な意見があれば,それを見て自分の意見を修正する機会もあるが,類似した意見が集まるエコーチェンバーや,個人のネット利用に合わせた情報が優先的に表示されるフィルターバブルでは,賛同や承認だけが目立ちやすくなる。反対意見が見えにくくなると,当初は穏やかだった主張も極端化しやすい。第8段階では,多数の賛同が可視化されることで,みなも同じように感じているという集合的感情が知覚される。実際の社会において多数派であるかどうかとは別に,タイムライン上で繰り返し目に入ると,その意見が多数派に見える。その結果,発信者のメッセージは承認されたとみなされ,受け手には同調圧力が働く。さらに,第9段階では,この集団を嫌うのは正当である,排除すべき,という暗黙の了解が成立しているとみなされ,「規範」化される。感情が個人の内面にとどまらず,集団内で期待される態度へと変わる段階である。XさんやYさんの投稿に多くの賛同が寄せられ,新たな類似の書き込みが続く状況が生じると,XさんYさん以外にも多くのSNS利用者が,みなが同じ意見であり,○国人を罰するべきと考えるかもしれない。
「E.境界化・反復」の局面では,第10段階として,内集団と外集団の境界が強化され,回避,差別,排除,制裁などの行動につながる。相手を一人の人間としてではなく,危険な集団の一部として扱う非人間化も起こりうる。そして11段階では,実行された行動や発言自体が再びネットワーク上で可視化され,新たなニュースや投稿となり,最初の段階へ戻る。こうして,再び,可視化,拡散,カテゴリー化などが起こり,賛同や承認が繰り返されれば,排外的な考え方と行動が学習され,強化されるという社会的学習の循環が成立する。XさんやYさんは,日本を守るために○国人を排除すべきであるという書き込みをし,それが注目され,賛同を得るかもしれない。そのことにより,Xさん,Yさんともに,この書き込みや賛同を示した行動が強化され,これ以降も同様の発信を繰り返し,さらに,自らの考えを強めていく可能性がある。
この循環の特徴は,もともと汚染から逃れるための回避の感情であった嫌悪が,仲間を集めて相手を排除するという扇動や動員の感情へと変化しうる点にある。直接触れた汚れではなく,ネット上の見出しや書き込み,動画や画像などの象徴を通じた「社会的汚染」が感情を引き起こす。そして,個人の嫌悪が可視化され,反復され,集合的感情となり,集団としての行動規範へ変換されることで,集団境界の維持・強化や排除の正当化に使われることになる。
嫌悪感情の影響を深刻化させないために
ネットワーク環境には,このように,嫌悪や排除を加速させる特徴がある。そもそも,感情としての嫌悪は人間に備わった自然な反応であり,汚染や危険から身体を守る役割をもつ。問題は,前節で検討したようなネットワーク環境の下で,その感情が誤情報や過度の一般化と結びつき,増幅され,他集団への嫌悪,さらに差別や排除へ変わるときに生じる。残念だが,これらの問題に特効薬はない。私たち一人一人が,自分の感情や集団意識を理解し,ネットワーク環境の特徴を理解することが,嫌悪から排除への展開を抑えるための第一歩となる。
対応のための選択肢として考えられることは,組織的な教育の取り組みであろう。個々に注意を促すだけではなく,なるべく多くの市民に,なぜ人は嫌悪を感じ,集団に分けて考え,そして周囲の反応に同調するのかを理解する機会を作る必要がある。本稿で取り上げたような心理過程の特徴を知ることで,偏見や差別,排除行動が誰にでも起こりうることが分かるだろう。
2022年度から実施された新学習指導要領で,心理学の研究成果が高校の倫理に取り入れられた[8]。今後さらに研究を進展させ,さまざまな心理学の知見を確かなものにしていくとともに,たとえば,感情,認知,集団力学などに関する知見をネットワーク化された環境がもつ特徴と結びつけて学ぶ機会を作ることが,ネットワーク社会におけるこれからの公教育,市民教育の重要な課題である[9]。
本稿では,一般読者が参照しやすいよう日本語の文献などを引用した。
文献
- 1.今田純雄(2018)エモーション・スタディーズ,4(Si),39-46.
- 2.河野和明他(2015)東海学園大学研究紀要,20,127-137.
- 3.岩佐和典(2018)エモーション・スタディーズ,4(Si),47-53.
- 4.北村英哉・唐沢穣編(2018)偏見や差別はなぜ起こる?: 心理メカニズムの解明と現象の分析. ちとせプレス.
- 5.唐沢穣(2022)心理学ワールド97号,https://psych.or.jp/publication/world097/pw04/
- 6.中村真他(2021)エモーション・スタディーズ,7(1),61-72.
- 7.河野和明他(2021)エモーション・スタディーズ,7(1),47–60.
- 8.楠見孝(2022)心理学ワールド97号,https://psych.or.jp/publication/world097/pw21/
- 9.中村真他(2016)宇都宮大学国際学部研究論集,43,63–82.
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
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