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この人をたずねて

大坪庸介
神戸大学大学院人文学研究科 准教授

大坪庸介(おおつぼ ようすけ)

Profile─大坪庸介
1996年,北海道大学大学院文学研究科修士 課 程 修 了。2000年,Northern Illinois University, Department of Psychology博士課程修了(Ph. D.)。北海道大学助手,奈良大学社会学部講師,助教授を経て現職。 専門は進化社会心理学。著書は『進化と感情から解き明かす社会心理学』(共著,有斐閣)など。

大坪先生へのインタビュー

インタビュアー:北村昭彦

──初めに,進化心理学とはどのような心理学でしょうか?

単純に言うと,人間の行動を進化論の観点から理解したいと考える心理学です。ある行動を見たときに,なぜそのような行動が進化したのか,どういう適応的な機能があるのかといったことを考えます。また,心理学に関連する領域で言うと神経科学でやるように,どういうメカニズムでその心理反応や行動が出てくるのか(至近要因と言います)を考える必要もあります。比較心理学などを参考に,系統発生的にどの段階でそれらの行動が出てくるのかということを考えることもあります。

──進化心理学ではある機能を考えるときに生き残りやすいとか,繁殖しやすいとかいうことがベースになっている?

そうですね。大雑把にいうと,生き残りやすさと子孫の残しやすさを合わせて適応度と言います。しぶとく生き残っても子孫を残さなければそこで終わりだし,いくら子孫を残しやすい特徴を持っていても死にやすければ収支はマイナスになるかもしれません。また,どのような戦略が適応的かは環境次第で変わります。

──人間は後天的な影響で行動が大きく変わります。現代のような変化が激しい状況で,進化心理学的に人間の行動を解明することはできるでしょうか?

技術の変化と,行動や形質の変化というのは切り離すことができません。例えば,人間は他の動物に比べて体毛が少ないという形質的な特徴を持っています。このような形質を獲得できたのは,火を使うなどの技術によって,体毛がなくても生き残れたからであるという説があります。体毛がなくても生き残れるなら,遠くまで獲物を追っていくときの熱の発散など,そちらのほうが有利なわけです。そして,技術も人間に合わせたものが作られていきます。何か新たなものを作るときにところどころ人間にとって不都合なものがあったとしても,基本的には淘汰されていくと考えられます。概ね技術と人間の形質は共進化していて,技術も人間の特性に合ったものが残っています。そのため,技術が変化していても進化とは無縁ではないと考えています。

──次に,先生の現在の研究をお教えください。

謝罪と赦しの研究や,対人的なコミットメントに関する研究です。例えば対人関係で裏切らないということをどうやって相手に伝えられるかということですね。これらはいずれもシグナルの問題であると思っています。自分しか知らない情報があり,かつ相手がその情報を知ると行動が変化するというときに,相手にその情報を示すというのがシグナルです。これは共進化で,シグナルを出す側だけでなく,受ける側にも行動を変えるメリットがなければコミュケーションは成り立ちません。謝罪とはこの意味でのシグナルであると考えています。例えば相手に何かひどいことをしてしまったとします。あなたは二度とひどいことをしないと思っていても,相手はまた何かされるのではないかと疑っているわけです。こういうときに,相手との関係を大事にしているから二度とひどいことをするはずがないということを伝えるのが謝罪というシグナルです。時間やお金などのコストをかけることで信ぴょう性が高くなります。

──コストを払う必要があるのですか?

相手との関係がそこまで大事でなければそれほどコストをかけたいと思わないでしょう。反対に,相手との関係が本当に大事なものであれば,どれだけコストを支払っても関係を修復したいと思うでしょう。相手はこれだけ多くのコストを払ってまで自分との関係を続けたいからには,またひどいことをして関係を壊そうとしないだろうと推測できるわけです。企業が不祥事を起こして謝罪するような場合も同じような話で,コストをかけて謝罪をしたほうが上手くいくと思います。不正によって儲けることが目的だったら,儲けをふいにするような補償はできないでしょう。今後も不正をするつもりなら,できるだけ内情を隠したいと思うでしょう。そこで,迅速に十分な補償をするとか,監査を受け入れるとかいったことが有効になるのだと思います。最近の研究で,相手が単に謝るだけの場合とコストをかけている場合とで,相手の謝罪に対する脳の活動も異なることが示されてきました。コストがかかっているかどうかでこのような違いが出るのは,進化的にコストに敏感になっているからではないかと考えています。特に,相手が裏切るかどうかといった意図の部分が読めるかどうかという点が重要なのではないかと思います。

──それでは,最後に先生の研究から,現代社会の諸問題に対するアドバイスをいただけますか。

謝罪をするときには,結局のところ本気になる必要があるということです。コストをかければいいと言って,何となく菓子折り一つ持っていくというのでは謝罪の意図は伝わりにくいです。本気のときと本気でないときではやはり違うことをしようとするはずです。英 語 の こ と わ ざ で は「Actions speak louder than words」と言いますが,ただ口で言うだけではなく,どこまで行動できるかという点が重要です。また,同じコストをかけるにしても,相手が何を求めているのかを本気で考えて,正しいコストのかけ方をする必要があります。というのも,謝罪を受ける相手にも本気かどうかを見抜く目というものが進化しているからです。やはり本気でないと見抜かれてしまいます。当たり前のようですが,葛藤を解決したければ本気にならなければ相手にも伝わらないということだと思います。

インタビュアーの紹介

インタビュアー:北村昭彦

インタビューを行った感想

対談中,進化心理学について門外漢である私に対してもわかりやすいように,大坪先生は多くの例を挙げながら説明をしてくださいました。大変興味深い内容ばかりで,全てを掲載することができないのが残念でなりません。1時間程度のインタビューの中で非常に多くの知見を紹介していただき,深く感謝いたします。

 また,対談中に出てきた謝罪と赦しについて,自分自身,省みるべき部分も多いように感じました。謝るという行為はとても難しく,逆に関係を悪化させてしまうことも少なくありません。プライドや相手との関係性,場合によっては立場などによって謝罪することもできないということさえあります。そのような中で,結局のところ重要なのは本気で謝ること,きちんと行動で示すことというのは,シンプルでありながらまさにその通りであると再認識しました。

現在の研究と関心

近年新たに注目されている情報提供技術である拡張現実(Augmented reality: AR) を 使用しているときの視覚的注意や情報選択について研究しています。ARとは現実世界に情報を直接提示する技術の総称です。ARは比較的新しい技術なので,使用時にどのようなことが起こるのかということが心理学的に十分検討されているとは言えない状況です。例えばARとして提示される像(AR像)が背景を遮蔽して見にくくなるといった問題が考えられますが,これによりどのような主観的・行動的な変化が発生するかということを調べる必要があります。ARに限らず,新しい技術は魅力的であればあるほど早く市場に出して広めたいという気持ちが強くなります。そして,実際に魅力的であれば非常に早く広まるでしょう。そのため,十分にその機器の特性が理解されていないのに,誰もが使っているという状況はよく見られます。しかし,どのような機器であれ使うのが人間である以上,人間が実際に使ったときにどうなるのか,という研究は常に必要であると考えています。

今後の研究の方針

今後も「理論と応用の架け橋」になれるような研究を続けていきたいと考えています。応用系の学会に参加するたびに,工学系の人々は心理学に対して非常に強い関心と期待を持っているということを感じています。同時に,お互いの持っているイメージにかなり大きな隔たりがあるとも感じています。このギャップを埋めることができれば,互いの領域にとって大きな実りをもたらすことができると信じています。

Profile─きたむら あきひこ
2017年,大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。現在は同大学院助教。博士(人間科学)。専門は認知心理学。論文は「Comparison between binocular and monocular augmented reality presentation in a tracing task」( 共 著,映像情報メディア学会誌)など。

北村明彦

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