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社会的距離を保つよう,感じよくお願いする方法
(“Let’s Stay Safe; Please Keep Your Distance”: How to Politely Ask Other People to Maintain Social Distance)

By トーマス・ホルトグレイブス 2020年4月8日

原文はこちら


お互いに安全を確保しましょう。距離を取りましょうね!

Let's_Stay_Safe

イラスト:田渕 恵(安田女子大学 心理学部)


「社会的距離(ソーシャル・ディスタンシング;他者と1〜2メートル離れること)」を保つには,色々な難しさがあります。そのひとつが,街なかなど公共空間で,他の人に自分から離れてくれるようお願いすることです。特に見知らぬ人に安全な距離を保つように依頼するのは,簡単なことではないでしょう。実際に,距離をとるよう依頼した女性が,相手から暴力を振るわれるという事件も起きています。そこまでの反応はまれかもしれません。それでも,安全な距離を取るよう他人に依頼するとき,恐怖ではないにせよ,気まずさは感じるでしょう。

そのひとつの理由は,私たちが他人,特に知らない人に何かを無理強いしてはならないと教わってきているからです。日頃私たちは,見知らぬ人に特定の振る舞いをお願いしたり,ましてや命令することはありません。そんなことは失礼ですし,悪くすれば脅しと受け止められるかもしれません。しかし,相手の受け取り方は話し方によって変わります。何かをお願いしたり,要求したりする際には,いろいろな言い方があります。言い方によって,依頼内容の明確さ,無礼さ,強要の程度は変わってきます。

どのような言い方をすれば良いか考えると,依頼内容の明確さと,攻撃的,強要的,または脅迫的に聞こえてしまうこととの板挟みに直面します。依頼内容が明確であるほど,強要的で,不快で,脅迫のように聞こえる可能性は高くなります。しかし強くしすぎないよう気を付けると,今度は依頼内容が明確になりません。

たとえば,最も脅迫的でない言い回しとしては,何をしてほしいのか,間接的なヒントを盛り込むやり方があります。その場合,相手がヒントをきちんと理解できることが前提です。たとえば,「この部屋,少し暑いね」と言ったとしましょう。暖房の温度を下げるお願いと受け取ってもらえることもありますが,単に室温に言及しただけ思われる可能性もあります。その一方,「暖房を切って!」と最も直接的な言い方で明確に伝えると,脅威を与えることにもなるでしょう。社会的距離についてはどうでしょう。「少し近すぎませんか?」などとヒントを与えることはできますが,安全な距離をとってほしいという意図を分かってくれない人もいるかもしれません。一方で,「距離を取って!」または「私から2m 離れて!」のような言い方は直接的で、脅威を与えることになります。依頼内容は明らかですが,相手を怒らせる危険があります。

これらふたつの言い回しはいずれも極端です。それよりも,「ポジティブ・ポライトネス」と呼ばれるやり方で,丁度よいバランスを目指すことが,少なくとも西洋文化では最適だと,心理学研究は示唆しています。「ポジティブ・ポライトネス」では,やや直接的でありながら,同時に他の人との連帯や親密さを強調します。それを,より直接的な依頼と組み合わせることで,丁度よい言い回しをつくりだすのです。

※訳者注:「ポジティブ・ポライトネス」という多くの読者にとって耳慣れないだろう言葉については,「日本の読者に向けた解説」も是非お読みください。

「お互いに安全を確保しましょう。距離を取りましょうね!」という言い回しを考えてみます。 「お互いに安全を確保しましょう」というポジティブ・ポライトネスの部分は,あなたのわがままではなく,お互いのためという点を強調しています。つまり,相手にあなたの言うとおりにしろと要求するのではなく,お互い安全に,と共通の目標があることをを伝えるのです。 「距離を取れ」と直接的表現で終わるのではなく,「〜ましょう」という丁寧な語尾を組み合わせることで,依頼内容が明確になる一方,礼儀正しく伝えることができます。

ここまで見てきたように,ポジティブ・ポライトネスと直接的な依頼を組み合わせることで,依頼内容を最大限に明確化するとともに,相手に与える不快感を最小化するという最適なバランスが得られます。次に見知らぬ人が近づいてきたときには,このポジティブ・ポライトネスを試してみましょう。

さらに知りたい人は,


トーマス・ホルトグレイブス博士は,ボール州立大学の心理学の教授であり,言語使用のさまざまな側面に関する研究を行っています。





日本の読者に向けた解説

平川 真(広島大学大学院 人間社会科学研究科・情報科学部)

ハイライト

見知らぬ人に,自分と安全な距離を保つようにお願いしなければならないような状況があるかもしれません。「少し離れましょう」というメッセージは,相手からすると拒絶されたように受け取られてしまう可能性があります。あなたには拒絶の意図がないことが伝わるように,「お互いの安全の為に」という点を強調するようにお願いすると良いかもしれません。

解説

記事中のポジティブ・ポライトネスは専門用語で理解しにくい概念なので解説をします。ポライトネスの概念は「polite = 丁寧」と捉えた場合とは,ニュアンスがだいぶ異なります。ポライトネスは「人間関係を円滑にするための言語方略」や「相手に感じよく,自分の言いたいことを伝える方略」として,広くとらえると理解しやすいでしょう。

ポライトネス理論を提唱した Brown & Levinson (1987) は,人間の欲求として,次の2つを想定しました。「自分の行動の自由を制限されたくない」という欲求と「自分の良いところを認めてもらいたい,仲間に入れてもらいたい」という欲求です。そして,相手がもっている欲求に配慮しつつ,自分の言いたいことを伝える方略を,それぞれ「ネガティブ・ポライトネス」「ポジティブ・ポライトネス」と概念化しました。

記事にあるように「人に何かお願いする」ということは,「相手の行動を制限してしまう」事につながります。そのため,相手の欲求に配慮しつつ頼みごとをしようとします。これは「自分の行動の自由を制限されたくない」という欲求に配慮した,ネガティブ・ポライトネスとよばれる方略で,いわゆる日本での「丁寧にお願いする」ときの言い方に対応します。

前置きが長くなりましたが,ポジティブ・ポライトネスについて解説します。ポジティブ・ポライトネスとは相手がもつ「自分の良いところを認めてもらいたい,仲間に入れてもらいたい」という欲求に配慮した言い方です。ポジティブ・ポライトネスの例として,Brown & Levinson (1987) は,冗談をいったり,方言をつかったり,仲間言葉をつかったりすることを挙げています。ポジティブ・ポライトネスは,親しい人同士での言い方をイメージするとわかりやすかもしれません。いわゆる「丁寧さ」は低くても,これらの言い方は「相手との親密な関係」を求めていることが伝わるので,「仲間に入れてもらいたい」という相手の欲求を維持してくれます。

さて,今回の「社会的距離を保ちましょう」というメッセージを,「相手の欲求に配慮しつつ,伝える」ということを考えてみましょう。このメッセージはお願いをしているので,相手の行動を制限してしまうことにつながります。つまり,相手の「自分の行動の自由を制限されたくない」という欲求と衝突します。さらに厄介なことに,「社会的距離を保ちましょう」というメッセージは,相手がもっている「仲間に入れてもらいたい」という欲求とも衝突してしまいます。そこで,相手の「仲間に入れてもらいたい」という欲求に配慮しつつ,「社会的距離を保ちましょう」というメッセージを伝えるために,ポジティブ・ポライトネスというやり方が重要であるとされます。

記事にある「お互いに安全を確保しましょう。距離を取りましょうね!“Let’s be safe! Please keep your distance.”」という言い方は,字面ではポライトには聞こえないかもしれませんが,親しい人に向けてそのように言っているようにイメージするとニュアンスが変わりませんか?

初対面の人に親しげに話すということは,なれなれしく聞こえてしまうため,ためらう部分があるかもしれません。ポジティブ・ポライトネスの重要なことは,相手に「あなたとわたしは仲間ですよ」というメッセージが伝わるような言い方で伝えるということです。無理に親しげなトーンで話す必要は必ずしもありません。実証的な検討はなされていないものの,福田 (2013) は「ほほ笑み」がポジティブ・ポライトネスの効果を増強する可能性を指摘しています (p.196)。社会的な距離を保つようお願いする際には,穏やかな口調でほほ笑みながら,「大丈夫ですか?私がうつしてしまうかもしれませんので,お互い少し離れましょうか」などのように,相手に関心があることを伝えつつお願いするのが良いかもしれません。

引用文献


日本心理学会の特設サイトはこちらです。


この記事は,アメリカのパーソナリティ・社会心理学会(Society for Personality and Social Psychology: SPSP)公式Webサイトに掲載されたブログ記事 “LET’S STAY SAFE; PLEASE KEEP YOUR DISTANCE”: HOW TO POLITELY ASK OTHER PEOPLE TO MAINTAIN SOCIAL DISTANCE" を,同学会と著者のホルトグレイブス氏の許諾を得て日本語に翻訳し,必要に応じて日本向けの情報を付け加えたものです。翻訳の質や正確さの責任は日本心理学会広報委員会にあります。なお,この記事を SPSP の許諾なく複製・再配布することを禁止します。ご紹介くださる際は,必ずこのページを引用して下さい。



    日本語訳(協力:日本心理学会広報委員会)
  • 平石 界(慶應義塾大学文学部)
  • 樋口 匡貴(上智大学総合人間科学部)
  • 藤島 喜嗣(昭和女子大学人間社会学部)
  • 三浦 麻子(大阪大学大学院人間科学研究科)