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高校生・高校教員の方へ
高校の先生方へ
心理学は,心と行動を解明するための科学です。先生方は,教職に関する専門科目として,発達や学習,生徒指導や教育相談などの心理学に関する科目を履修されたと思います。これらは,教育心理学とよばれる専門領域です。さらに,教育委員会などによる研修・講習会,教育関連の書籍や雑誌などによって,学習指導や生徒指導,進路指導などにかかわる新しい知見を学んでこられた先生もいると思います。
一方,生徒たちへの心理学教育は,心のことは大切にもかかわらず,小学・中学・高校では教科としては教えられていません。大学で学ぶ学問として位置づけられてきました。
こうした中で,心理学は,公民科の『倫理』と『現代社会』の一部で取り上げられてきました。その内容は,青年期の課題や現代思想としての精神分析が主に取り上げられていて,心理学の発展を踏まえた更新があまりされずに,60年以上にわたって続いてきました(たとえば,授業で取り上げられることの多いクレッチマーの性格類型論は1920年代に提唱された理論です)。こうしたことは,大学入学後に,学習者が高校時代に描いていた心理学と大学で学ぶ科学的な心理学とのギャップを生み出す一因にもなっていました。
公民科における心理学の内容
こうした状況を改善する形で,新学習指導要領の公民科目の改訂によって,つぎの2科目で心理学の内容が扱われることになりました。
1,2年生が学ぶ新設必履修科目『公共』(2単位)では,それまで『倫理』で扱われてきた「青年期の課題」が,学習指導要領の大項目〘公共の扉〙における中項目〔公共的な空間を作る私たち〕の中で,「生涯における青年期の課題を人,集団及び社会との関わりから捉え,他者と共に生きる自らの生き方についても考察」することとなりました。
一方,心理学の新たな内容が導入されたのが,2,3年生が学ぶ選択科目『倫理』(2単位)です。〘現代に生きる自己の課題と人間としての在り方生き方〙において,個性,感情,認知,発達などに着目して,自己形成に向けて,思索を深めるための人間の心の在り方について理解することになりました。学習指導要領の「内容の取扱い」には「青年期の課題を踏まえ,人格,感情,認知,発達についての心理学の考え方についても触れる」というように,「心理学」という学問領域名がはじめて登場しています。
学習指導要領解説では,『倫理』において,人間の心の在り方について理解する際に着目すべき視点としては,以下の4つを挙げています。「個性は,一人一人の人間にはどのような性質の違いがあるのか,その違いはいかに形成されるのか」,「感情は,物事に対して起こる人間の気持ちにはどのような特徴があるのか,またそれは人の適応にとってどのような意味をもつのか」,「認知は,知覚,記憶,推論,問題解決といった人間の知的な活動にはそれぞれどのような特徴があるのか」,「発達は,人間の心の機能は生涯にわたっていかに変化するのか,その変化はどのような要因によって起こるのか」というように,それぞれパーソナリティ心理学,感情心理学,認知心理学,発達心理学の基本的な事項を取り上げる形になっています。
さらに,「こうした多様な視点に着目した学習を通して,人間がどのように感じ,学び,考え,行動し,発達するか,またそこにはどのような一人一人の違いがあるのかに関する心の仕組みと成り立ちを理解」すること,そして,『倫理』の科目としての視点である「それらを踏まえて,人間とは何かを改めて自ら思索し,他者と共によりよく生きる自己の生き方についての思索を深めること」が強調されています。
ここで注意点として,「心理学の学説や各種の実験や観察の結果の紹介を知識として習得させる指導で終わることのないよう」にとあります。それは,『倫理』における位置づけである「現代に生きる自己の課題と人間としての在り方生き方について思索を深めるための手掛かりとして学習することができるよう工夫」が求められているからです。
また,「他の教科等における精神の健康や適応,発達などに関わる学習との関連」づけを行う必要が挙げられています。すなわち,心理学の内容は,公民科の新科目『公共』『倫理』の枠には収まらず,図1に示すように,様々な教科・科目で取り上げられており,それらを関連づける必要があるのです。その例を次に挙げます。
図1 高校の教科と心理学のかかわり(楠見,2022)
様々な教科・科目における心理学の内容
理科『生物基礎』では,〘 ヒトの体の調節〙において〔神経系と内分泌系による調節〕の情報伝達と体内環境維持の仕組みで,人の神経系と内分泌系の働きが取り上げられ,生理心理学の内容と関連を持っています。さらに,〘生物の特徴〙の〔遺伝子の特徴〕は,発達心理学における遺伝の基礎の内容と関わります。
保健体育科 『保健』は,〘現代社会と健康〙における〔健康の考え方〕のヘルスプロモーションの考え方を踏まえた個人の適切な意思決定や行動選択は,健康心理学に関わります。〔健康や精神疾患の予防と回復〕は,臨床心理学,健康・医療心理学などの応用分野の内容と関連をもっています。また,〘安全な社会生活〙はリスク心理学とも関わりをもっています。
家庭科 『家庭総合』の内容における心理学に関わるタイトルは,〘人の一生と家族・家庭及び福祉〙における〔(1)生涯の生活設計,(2)青年期の自立と家族・家庭,(3) 子供の生活と保育および(4)高齢期の生活と福祉〕は生涯発達心理学,福祉心理学が関わり,〘持続可能な消費生活・環境〙には〔消費行動と意思決定〕が取り上げられています。また,〘衣食住の生活の科学と文化〙は,衣食住の心理や防災,健康・安全・食の心理を取り上げる社会心理学などが関わります。
情報科 『情報I』は,〘コミュニケーションと情報デザイン〙における「情報デザインが人や社会に果たしている役割」「効果的なコミュニケーションを行うための情報デザインの考え方や方法」は,社会心理学などの新しいテーマです。
数学科 『数学I』の〘データの分析〙において,「データを収集し,適切な統計量やグラフ,手法などを選択して分析を行い,データの傾向を把握して事象の特徴を表現すること」「 不確実な事象の起こりやすさに着目し,主張の妥当性について,実験などを通して判断したり,批判的に考察したりすること」は,心理学のデータを分析する心理統計の土台となります。
『総合的な探究(学習)の時間』この教科は,「探究の見方・考え方を働かせ,教科横断的・総合的な学習を行うことを通して,自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成すること」を目標としています。「実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし,自分で課題を立て,情報を集め,整理・分析して,まとめ・表現することができるようにする」ことは,大学での探究的学び,さらに,卒業論文における研究のプロセスにもつながると考えられます。
探究では,心理学的テーマが文系・理系の両方で,よく取りあげられています。テーマとしては,『倫理』と関わる青年期の問題の他に,知覚,学習,社会などの領域が取り上げることができると考えます。心理学については,生徒も教員も背景知識や研究法(質問紙法,実験法,観察法,統計など)のスキルが十分でないこともあると思います。その時には,このホームページの記事,書籍,ホームページなどを活用していただければと思います。
まとめ
このように,心理学は,公民科そしてそれ以外にも様々な教科・科目で,関連をもつ内容が取り上げられています。さらに,すべての教科につながるような学習法の問題(市川,2022),特別活動におけるホームルーム活動(進路指導における適性の理解や進路決定も含む),生徒会活動,行事(文化祭,体育祭,修学旅行など)や部活動におけるリーダーシップや集団問題解決,意思決定などもパーソナリティ心理学や社会心理学と関わります。また,日常生活における友人や恋愛関係,親子関係,人の多様性理解,社会貢献活動などにおいても心理学の知識が助けになります。
心理学の知識を深め,実践に活かすことを考えている先生方には,高校心理学教育連絡協議会への入会をおすすめします。また,さらに心理学を学びたいという生徒に向けては,このホームページの「心理学を学べる大学」を進路指導に役立ててください。
この日本心理学会のホームページを利用していただき,お気づきの点がありましたら,日本心理学会気付高校心理学教育小委員会宛にメ-ル(jpa@psych.or.jp)でおしらせいただければ幸いです。
付記:この記事は下記の記事に基づいて作成しました。
楠見 孝(2022).高校生に伝えたい「公民科の内と外の心理学」心理学ワールドNo.97
引用文献
市川 伸一(2022).高校生に伝えたい「記憶の心理学」心理学ワールドNo.98
表1 高等学校の教科・科目などにおける心理学に関わる内容と分野の例
教科・科目 | 心理学に関わる内容の例 | 対応する心理学の分野 |
---|---|---|
公民科『公共』 | 〔公共的な空間を作る私たち〕青年期の課題など | 青年心理学,社会心理学 |
公民科『倫理』 | 〘現代に生きる自己の課題と人間としての在り方生き方〙個性,感情,認知,発達 | パーソナリティ心理学,感情心理学,認知心理学,発達心理学 |
理科『生物基礎』 | 〘ヒトの体の調節〙〔神経系と内分泌系による調節〕情報伝達と体内環境維持の仕組み 〘生物の特徴〙〔遺伝子の特徴〕 |
生理心理学 発達心理学 |
保健体育科『保健』 | 〘現代社会と健康〙〔健康の考え方〕〔健康や精神疾患の予防と回復〕〘安全な社会生活〙 | 健康・医療心理学 臨床心理学 |
家庭科『家庭総合』 | 〘人の一生と家族・家庭及び福祉〙(1)生涯の生活設計,(2)青年期の自立と家族・家庭,(3) 子供の生活と保育および(4)高齢期の生活と福祉〕 〘持続可能な消費生活・環境〙〔消費行動と意思決定〕,〘衣食住の生活の科学と文化〙 |
発達心理学 家族心理学 福祉心理学 社会心理学 |
情報科『情報I』 | 〘コミュニケーションと情報デザイン〙「情報デザインが人や社会に果たしている役割」「効果的なコミュニケーションを行うための情報デザインの考え方や方法」 | 社会心理学 |
数学科『数学I』 | 〘データの分析〙「データの散らばり」「 データの相関」 | 心理統計 |
『総合的な探究の時間』 | 探究課題として,心や行動に関するテーマを取り上げ,研究法(質問紙法,実験法,観察法,面接法などの方法を用いて,データを集めて,統計手法を用いて分析 | 心理学研究法 |
特別活動など | ホームルーム活動(進路指導における適性の理解と進路決定なども含む),生徒会活動,行事(文化祭,体育祭,旅行など),部活動などにおけるリーダーシップや集団問題解決など | パーソナリティ心理学 社会心理学 |