私のワークライフバランス
「仕事×家族のケア」の20年をふりかえって
江尻桂子(えじり けいこ)
Profile─江尻桂子
お茶の水女子大学人間文化研究科博士後期課程修了。博士(人文科学)。2012年より現職。専門は発達心理学(乳幼児の認知・言語の発達)。著書に『乳児における音声発達の基礎過程』(単著,風間書房)など。
「仕事も生活もあきらめない」研究者を応援する連載の第7回は,研究漬けで学位を取得後,新天地に飛び込む勇断をし,地縁や血縁に代わる様々な縁を自ら作りつつ,3人のお子さんのケアと仕事を両立されてきた,江尻桂子先生です。
院生の頃は,朝から晩まで研究に明け暮れ,それなりに楽しく充実した毎日でした。そうしたなか,ある時ふと,「自分はこのまま研究というワークに没頭しすぎて,もうひとつのワーク(出産・育児)のことを忘れてしまうのではないか」と思いたちました。そこで,学位取得後は,夫(院在学中に入籍)のいる茨城県東海村に移り,地元の短大に職を得て,子どもを産み育てるというワークにとりかかりました。
29歳から35歳までに3人の娘を授かったのですが,三女に重度の障害がありました。障害について知らされたときの衝撃は,今でも忘れられません。日中,娘と二人でいるとネガティブな考えばかりが浮かぶようになり,周囲の人に助けを求めました。友人や知人,村の育児サポーターさんやシルバー人材センターの方が交代で家に来てくれ,娘にミルクをあげたり,私自身の話し相手になってくれたりしました。
このことを機に,我が家は多くの支援者が出入りする場となりました。3人の娘たちは,保育園や学童保育にもお世話になりましたが,そこでカバーしきれない部分は,こうした地域の方たちの支援に頼りました。地縁も血縁もない土地での育児でしたが,さまざまな年代,さまざまな価値観をもつ人たちと共同で子育てができたのは,親子双方にとって,良かったように思います。
三女は現在,特別支援学校の中等部に通い,さまざまな支援サービス(放課後等デイ,日中一時支援,短期入所など)を利用して生活しています。重度の知的障害があるため,日々,困りごとは尽きず,「なぜこのような試練があるのだろう」と考えることもあります。ただ,人生を「有意義で楽しい」ものと期待するなら,不可解なこの状況も,「人生=修行」と考えれば,納得できるような気もしてきます。ともあれ,娘が今日も呑気な顔をして元気に過ごしている限りは,多少のことがあっても,「ま,いっか」と思うようにしています。
最近では,娘の身長が私を超え,力もついてきたので,世話をするこちらにもそれなりの体力が必要です。そこで,年に一度はマラソン大会に参加することとし,学生たちにもエントリーを呼びかけます。写真は,勝田全国マラソン10キロメートルの部に参加したときに,ゴールで撮影してもらったものです。
さて,大学教員として,また,研究者としてのワークについても触れておきます。2020年度は,大学では全学教養課程センター長(教養科目に関する学務の統括)を,学会では「発達心理学研究」の編集委員長を務めました。いずれも責任の重い仕事でしたが,家でのワークに比べれば,それほど大変ではありませんでした。
とはいえ,編集委員長としてのこの一年は,日々,迅速な判断と細やかな対応が求められ,かなり気の張る毎日でした。無事に任期を終えることができ,ほっとしています。一方で,全国から選ばれた委員の先生たちとの編集作業は,毎日が学びの連続で,ほんとうに貴重な経験となりました。
そのようなわけで,私にとっての2020年は,家族のケアに翻弄されながらも,仕事を諦めなくて良かった,細々とでも研究を続けてきて良かった,そう実感できた年でした。ただ,こんなふうに言えるようになるまでに,第一子を出産してから20年かかりました。いま,仕事と家庭の両立で悩んでいる方がいらしたら,5年,10年,という長いスパンで考えてみるのも一つかもしれません。いまは,どちらのワークも中途半端にしかできないかもしれませんが,一つひとつの小さなワークを丁寧に積み重ねていくことで,いつか,自分がこうありたいと思う姿に近づけるのではないかと思います。皆さんそれぞれに大変な日々かと思いますが,無理をせず,周りの人を頼りながら,一緒にがんばりましょう!
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