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心理学史諸国探訪【第19回】

立命館大学総合心理学部 教授 サトウタツヤ
スペイン語圏の心理学の情報が増えると、19世紀における感覚論の意義について興味がわいてきました。科学的心理学の背景にある思想がさまざまな国の独立にも影響していたようなのです。今回は主にスペイン統治を脱する1898年までの時期に焦点をあてキューバ心理学の歴史を見ていきます。

サトウタツヤ

キューバ─①

スペイン統治下のキューバにおいて,心理学的な考えを先導したのは,ホセ・アグスティン・カバジェロ(José Agustín Caballero)やフェリックス・ヴァレラ(Félix Varela)でした。カバジェロは,サン・カルロス神学校で学び,ハバナ大学で神学の博士号を取得しましたた。彼は「タブラ・ラサ」で知られるイギリスの経験論者,ジョン・ロック(John Locke)やその影響を受けて感覚論を展開したフランスのコンディヤック(Étienne Bonnot de Condillac)の著作をキューバに導入した最初の教育者です。それまでのスコラ学に最初の一撃を加え,哲学や教育実践に改革をもたらしたのです。

José Agustín Caballero
José Agustín Caballero(1762–1835)
http://www.invasor.cu/es/aprenda-mas/jose-agustin-caballero-padre-de-nuestra-filosofia

ヴァレラは感覚的な体験に由来する知識への関心をもち,子どもの感覚の発達に特に関心を寄せていました。本誌93号でコロンビアの心理学史を紹介したときにも触れましたが,スペイン統治のもとにあった植民地においては,イギリスの経験主義やフランスの実証主義が,(単なる学問的な学説ではなく)宗主国の支配を覆す根本的(ラディカル)な主張として重視されていたようです。知識や真実がアプリオリ(先験的)に定まっているのではなく,人間の感覚という低次心理機能から立ち上がっていくのであるという主張は─キリスト教的な考えのもとで植民地化された国々にとっては─今の私たちが想像するよりもはるかにラディカル(根本的で過激),もしくはイノベーティブな考えだったのです。ちなみに,彼はキューバにおける奴隷制を廃止することにも力を尽くしました。

Félix Francisco José María de la Concepción Varela y Morales
Félix Francisco José María de la Concepción Varela y Morales(1788–1843)
https://es.wikipedia.org/wiki/Félix_Varela

キューバで最初の心理学テキストを出版したのはエンリケ・ホセ・ヴァロナ(Enrique José Varona)でした。ヴァロナは,ラテン語・ギリシャ語はもちろんのこと,さまざまな言語を習得していました。そして早熟な詩人と呼ばれるほどの能力を発揮していました。20歳頃から哲学を学び始め,実証主義や科学的心理学に興味をもつようになりました。30歳頃に博士号を得て,その後スペイン国会議員に選出されたりしました。キューバ独立宣言後の彼は,政府の教育関係の要職につき教育改革に力を尽くしました。また,ハバナ大学で論理学・心理学・倫理学・社会学の教授となり,1913年には副大統領に就任しました。このような経歴から,2014年には彼の肖像画があしらわれた記念切手が発行されています。

Enrique José Varona
Enrique José Varona(1849–1933)
https://fotosdlahabana.com/enrique-jose-varona-por-jorge-manach-revista-de-avance/

彼が心理学に興味をもっていた1880年代のキューバの学問・思想界は宗主国スペインと密接に関係していました。そのスペインでは実験に基づく心理学が一時もてはやされたものの,ややもすると魂の存在を否定しがちな考え方に批判が集まり,勢いを失っていました。しかし,ヴァロナはキューバにおいて,新しい学問である心理学の重要性を訴え続けたのです。当時のキューバにおける思想界の雑誌“Revista de Cuba”において「哲学講義:心理学」という連載を始めることになり,それは1903年に単行本として出版されることになりました。その内容は近代心理学の父とされるヴントの心理学に大きく依拠していました。

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