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【特集】

自然災害に備える

日本で長年生活していると,地震による揺れを何度か体験します。また毎年のように大雨や台風の被害が発生し,各地の状況について報道番組やSNS等を通じて見聞きする機会もあります。日本で暮らす多くの人々が自然災害と向き合わざるを得ない状況にあります。

「災害の心理学」と聞くと,被災後の心のケアがぱっと思い浮かびやすいかもしれませんが,今回の特集では「被災前の備え」に焦点を当てています。これまでの自他の被災経験をいま現在の備えにつなげている方々もいることでしょう。たとえば,年に一度は学校や職場で避難訓練に参加する,避難場所やルートを家族であらかじめ共有しておく,防災リュックの中身を検討し日常的に保存食の備蓄を意識する……。

今後また発生し得る“いつか”を見据え,私たち一人ひとりがそれぞれの立場でいまからどう備えるか。4名の先生方の活動を通じて,ご一緒に手がかりを探ってみませんか?(山﨑真理子)

気象キャスターとして

塩見 泰子
気象予報士・アナウンサー/京都大学大学院人間環境学研究科

塩見 泰子(しおみ やすこ)

Profile─塩見 泰子
同志社大学文学部心理学科卒業。福井テレビジョン放送を経て現在,南気象予報士事務所所属。主にNHKで気象解説を担当。2020年より京都大学大学院人間環境学研究科修士課程で「記憶に残る防災情報の伝え方」に関するfMRIを使った認知神経科学の研究を開始。修士(人間・環境学)。2022年より博士課程在籍中。Twitter:@yasukoshiomi,Instagram:@yasukoshiomi_weather

梅雨は気象予報士が一年の中で最も緊張感をもって業務にあたる期間だ。特に7月は大雨災害が多く発生し,残念ながら毎年命を落とす方がいる。気象予報士が“予報”するのは気象が中心だが,気象庁が発表する情報には地震や津波(海の様子),火山噴火なども含まれるため,南海トラフ地震や首都直下型地震などに関する情報をいち早く発信することも私たちの仕事だ。

気象キャスターとして私は「情報で命を守る」という使命感をもち,気象予報の技術を磨くとともに,防災情報を発信している。今回は,伝え手として13年,気象キャスターとして6年,大学院では「防災情報の伝え方」について研究する私自身が,より伝わる防災情報発信にどう向き合っているのかを書こうと思う。

気象予報士とは

私は気象予報士兼アナウンサーとして,現在は全国向け,関西向けそれぞれのテレビ番組での気象解説を担当している。大学卒業後は5年間フジテレビ系列の福井県の放送局でアナウンサー職を務め,業務の傍ら気象予報士の資格を取得し,その後フリーランスの伝え手になった。

気象予報士は,試験に合格すれば誰でも取得できる国家資格で,受験資格も特にない。仕事内容はメディアでの解説の他に,スキー場や衣料品・飲料メーカーなど,天気や気温の変化によって戦略を変えなければならない企業へのアドバイスなど,多岐にわたる。

テレビの気象キャスターと聞くと,画面を指さしながら解説をする姿は想像していただけるだろう。ニュース番組内の気象コーナーは2~6分,1日の出演回数は,私の場合4回なので,長くても6分×4,24分しかない計算になる。たった数分ずつの放送時間だけれど,そこに向けた何時間もの準備が必要なのだ。

例えば現在私が担当する一日の最初の放送は,午前5時56分からだが,午前2時すぎにはその準備を始めている。コンピュータが自動的に出した白黒の天気図を,色鉛筆を使って独自に解析し(図1),数分という放送時間で伝えるべき情報の取捨選択をし,原稿や画面を作成して,わかりやすく伝えるための準備に何時間も費やし,放送の数分に全力をそそぐ,気象予報士の生活はそんなふうにまわっている。

図1 天気図解析の例
図1 天気図解析の例

なぜ気象予報士を目指したか?

私が気象予報士を目指したのは,テレビ局のアナウンサーとして働く中で経験した大雨災害報道がきっかけだ。役に立つ情報をわかりやすく発信する人になりたいとアナウンサーになった私に,それをかなえるには知識が必要だと痛感した出来事があった。

これまでの「注意報」「警報」に加えて新たに「特別警報」の運用が始まった直後の2013年9月,全国で初めてとなる福井県での大雨特別警報が発表された時のことだ。雨の現状と今後の見通し,警戒情報を伝える災害報道を担当した。アナウンサーに求められるのは,原稿の意味をとらえて,表情,声色,トーンなど伝わりやすい方法を駆使して“わかりやすく伝える”ことだが,とらえられる意味の深さ,伝え方の選択肢の数は,持っている知識に依存する。例えば,「警戒してください」というフレーズ。どの程度の強さを込めるべきなのだろうか。6時間雨が降り続いているけれど,これはどの程度“危険”でどの程度“異常”なことなのだろうか。雨が止めばもう大丈夫なのだろうか……など,気象の知識を「知らない」視聴者に,どのレベルの声色で警戒を伝えればよいのかわからなくなってしまったのだ。とにかく深刻に深刻に伝えたが,被害状況が次々と明らかになる中「平常−警戒モード」の2つしか選択肢がない自分自身が情けなく感じた。

あらためて,“報道で命を守る”ために何ができるかを考えたときに,「自分で100%理解し,安心感,不安感,警戒感すべてを自分の磨いてきたアナウンス技術で伝えられる人になりたい」「気象情報は,最高の役に立つ情報じゃないか」「気象をわかりやすく伝えられる伝え手になるのが私の夢だ」と確信し,気象予報士の資格をとろうと決意した。

“後悔のない被災”のために。キーワードは“報酬”

私が理想としているのは,自然災害が起こる際に,各家庭,各個人におけるすべての備えがそろった状態で迎えられる社会を作ることだ。十分に頑張って失敗しても後悔がない,頑張らずに失敗して後悔するのはいやだ,それと同じ類の感情だろうか。自然災害発生は避けられないものであると考えると,健康で長寿,後悔のない人生を送るために備えを万全にするのが理想であるということだ。そんな社会を実現するために,私は,気象予報士として「備えることは楽しい」と感じられるような放送をすることが大事だと思っている。

災害や防災というと,どうしても“楽しく”よりも“真面目に”のイメージだが,備えることがメリット=人にとってのいわゆる“報酬”にならない限り,自助や共助は進まないと思う。極端な例を挙げると,備えれば5万円もらえるといわれたら,備える人は増えるだろう。また,避難所が高級ホテルのような素敵な場所であれば避難する人も増えるだろう。また,備えなければ逮捕されるなら備えるだろうし,手段を選ばなければ命は守れるだろう。この考え方をマイルドにしたのが,「自分の命を自分で守るために,備えることは楽しい」と思ってもらえる放送で,備えを進めてもらうことである。

では,気象情報における聞き手の報酬は何かというと,「へぇ~」と思える知的好奇心を満たすこと,「聞いた情報を近所の人に伝えたら喜んでもらえた」など社会生活を送るうえで価値があるものであることだ。「自分の大切な命,楽しく,効果的に守れたら,お得だね」といったメッセージが伝わるような放送を意識している。語呂は悪いが,伝え方に迷ったらこの基本を思い出せるように,手帳に書いてある。

災害時の気象情報「あなた,危険,逃げて」

災害時の放送の一番の目的は,避難が必要な人に避難をしてもらうことだ。NHKでは,予定されていた番組を取りやめにして災害報道に切り替えることがある。そこでは,ニュースとして自治体からの避難情報のまとめや,被害状況,交通への影響などを伝え続け,気象予報士は今後の見通しと警戒点を伝える構成を繰り返していく。今危ない場所,あと数時間で危険になる場所を気象観測データと今後の予報とともに放送に反映させ,逃げる必要がある人に対して避難を呼びかけるのだ。インターネットを使わない方もまだまだ多いため,こうしたときのテレビの役割はとても大きく,まさに命を守る情報になる。

意識しているのは3つ。①わが事感を持ってもらえる,②具体的に想像してもらえる,③感情に訴えられる放送だ。

わが事感を持ってもらうというのは,「皆さん気を付けてください」ではなく,「あなた,気を付けてください」といったメッセージが届くような放送で,心理学でいえば自己参照効果(self reference effect),自分に関連させて覚えたことは記憶に残りやすいという効果[1]を使うイメージだ。具体的には,気象庁が作成している「危険度分布(キキクル)」(図2)を使っている。キキクルとは,日本地図上に土砂災害や浸水害の危険度が色分けして示され,リアルタイムで更新されるものだ。それを示し,具体的な地名(私の住んでいる場所だとピンとくるくらい細かく)を挙げて,「○○県○○市○○地区で,濃い紫の表示,土砂災害の危険度がかなり高まっています。避難がまだできていない人は今すぐに逃げてください。これからの避難が危険だと判断した場合は,家の2階以上の,山や崖斜面から離れた側に身を置くなど少しでも命が助かる可能性を高めてください」などと伝えている。ちなみにキキクルは気象庁のホームページから見られるため,ぜひ一度見てほしい。

図2 キキクル(気象庁ホームページより)
図2 キキクル(気象庁ホームページより)
2021年,静岡県熱海市での土石流発生直前のもの。

具体的に想像してもらう工夫が大切な理由は,言葉や文字からどのような状況を想像するかは,受け手の経験や知識によってさまざまだからだ。大雨と聞いて警戒する人もいれば,そうでない人もいる。私は,今の様子や予想される過去の似た災害について,できるだけ映像で示して放送し,今回どのくらい危ないのか伝えられるように心がけている。

感情に訴えるのは,放送業界において,東日本大震災を境に伝え方への考え方が大きく変わってきたことを反映している。もともと,アナウンサーは,感情を乗せると公平性が失われるという観点から淡々とアナウンスするのが鉄則だった。しかし,東日本大震災において津波の危険性や切迫性をしっかり伝えられていたのかと振り返る中で,「普段は淡々と伝えている伝え手が声を荒らげている,これも非常事態であることを伝える一つの方法ではないか」という考え方が出てきたのだ。また,意外性というのも大事だと私は考えているため,最後の一言は定型文にならないようこだわっている。「この危険な地域にご両親や親戚,大切なお友達がいるという方は,ぜひ電話をかけて,逃げた方がいいと伝えてください」「最終的に判断するのは自分自身です。命を守れるように最善の行動をとってくださいね」と伝えたりするのだが,数年後に,あの災害のときのあの言葉が印象に残っていますと言っていただくことが結構多い。

「命を守る」情報なので緊張する。逃げ遅れて命を落とした人がいたと聞いたときには,全員が私の放送を見ているわけではないとわかっていながらも,「もし別の伝え方をしていれば変わっただろうか」と責任を感じる。本当に変わっていたかもしれない。

平常時の気象情報

災害時に信頼してもらうためにも,平常時の放送は大切だと考えている。なによりも「この人の天気予報は役立つ(見て報酬が得られる)」と思ってもらうことが大事だ。私が思う「報酬が得られる」放送は,視聴に使った時間に対して得られた知識が満足できるものである放送だ。そのために,例えば降水確率を伝えるときに「降水確率30%です」だけではなく「降水確率30%とやや高いため,折り畳み傘を持っておくと安心です」まで言うし,「気温は23度まで上がりそう」だけでなく「昨日より高いので,昨日よりは薄着でも大丈夫でしょう」など,具体的にどうすればよいかがわかり,その日がより快適になるお手伝いができる放送を心がけている。

また担当番組内で「塩見の防災メモ」というコーナーを設け,防災の知恵を楽しく発信している。例えば,災害時に,ゴミ袋が防寒や給水,けがの手当てなどに使えることなど,工作気分で楽しく伝えている(図3)。繰り返しになるが,報酬(役立つ,楽しい,人に教えたくなる)が感じられる放送が大事だと考えている。

図3 番組コーナー「塩見の防災メモ」の例
図3 番組コーナー「塩見の防災メモ」の例

正常性バイアス・同調性バイアス

防災について取材をする中で実感するのは,「本当に正常性バイアスと同調性バイアスはある」ということだ。正常性バイアス(normalcy bias)は,自分にとって都合の悪い情報を無視したり,「自分は大丈夫」「まだ大丈夫」とリスクを過小評価したりすることで,これを最も感じるのは被災者の声を聞くときだ。被災者の多くが「まさか自分が被災するとは思わなかった。今まで大丈夫だったのに」と話し,次に多いのが「一度被災したらもうしばらくはこないでしょう(根拠はないが)」という言葉だ。

同調性バイアス (synching bias)は,周りの人と同じ行動をとることが安全と考える心の働きのことであり,良い方,悪い方どちらにも当てはまると感じた。避難訓練など,防災活動への参加に消極的な人は「周りの人もしていないからしない」というが,参加している人は「みんなやっているからやめられない」と言う。いざというとき,率先避難者を作って町全体の避難を促そうというのは理にかなった作戦だ。

先進的地域防災,黄色いタスキ大作戦!のチカラ

「楽しくきちんと備える」をすでに実現している地域がある。2018年の西日本豪雨で99%以上の住宅が浸水するなど甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町川辺地区だ。被災から教訓を得て「一人も取り残さない避難に向けた備え」を進めて,地域住民の意識がとても高い。2022年に私はそれを象徴する「黄色いタスキ大作戦」(図4)を取材させていただいた。この作戦では,「無事です」と書かれた黄色いタスキを地区の全世帯が持ち,避難が必要になった際には軒先にこれを巻いて避難する。タスキが巻かれていない家には逃げ遅れた人がいると考え,声がけをすることで逃げ遅れゼロを目指す。訓練は,軒先にタスキを巻くという簡単なもので,地区ごとに数をカウントして意識を数値化し,前年と比較する。タスキという地域のつながりをイメージしやすいアイテムを用いて,「大作戦」とワクワクするような名前を付け,町を挙げたイベントになっているのだ。活動中には笑顔がたくさん見られるのも印象的で,「進めてくれる人が,防災は未来を明るくするために行うもの,楽しいんだと,人としてキラキラと輝いて活動していて憧れる」と話す参加者もいた。

図4 黄色いタスキ大作戦のポスター(岡山県倉敷市真備町)
図4 黄色いタスキ大作戦のポスター(岡山県倉敷市真備町)

また,こうした活動自体が被災者の心のケアになることもある。取材中に出会った男性は,娘さんのお友達が亡くなったことや,生まれ育った町の景色が失われたことで精神的に参っていたが,その後,町全体を巻き込んだ防災活動に誘われ参加することで心が救われ,前向きに生きている実感がもてるようになってきたという。このことを涙ぐみ声を震わせながら話してくださり,軒先で気軽にあれこれ聞いてしまった自分を恥じるとともに被災するということの心の傷の大きさや重みを知った。

自然災害はある程度予測ができ備えられる災害だ。誰一人命を落とさないためのよりよい情報発信に命を使っていきたいとあらためて思っている。

  • 1.Rogers, T. B. et al. (1977) J Pers Soc Psychol, 35, 677-688.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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