公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

心理学ライフ

音楽との付き合い

昭和女子大学人間社会学部 准教授

池上 真平(いけがみ しんぺい)

Profile─池上 真平
博士(心理学)。専門は音楽心理学・認知心理学。著書に『音楽知覚認知ハンドブック:音楽の不思議の解明に挑む科学』(分担執筆,北大路書房)など。

幼い頃からいろいろな楽器に触れて育ちました。特にドラムは5歳頃に始めて以来ずっと好きな楽器です。中学2年生の時にボンジョヴィにハマったことをきっかけに,次第に「自分も音楽で人の心を震わせられるようになりたい」とプロの音楽家になることを意識するようになりました。

高校1年生の時,ドラムの師匠の代役で初めてプロの舞台に立ちました。荒削りな演奏でしたが,お客さんが立ち上がって私に温かく拍手をしてくださいました。高揚感とともに「自分の年齢に関係なくお客さんを魅了できる音楽家になる」と心に誓いました。夏には音楽コンテストにドラムソロで出場して,かなり浮きましたが特別賞をいただいたりもしました。

大学生になると音楽活動三昧の日々を送りました。自分がプロで食べていけるか大学生のうちに判断したいと考えていたので,必死でした。しかし転機は突然訪れます。ある日のレコーディング後に重い機材を一気に担いだ時,右肩に激痛が走りました。「まずい」と思った時にはすでに遅く,腱を損傷してしまいました。思うようにドラムを叩けない日々が続き,自分で設定した基準に大学生のうちに達せない現実に直面しました。目標を失ってしばらく自暴自棄な生活を送っていましたが,そんな私を見て,ドラムをしていたバンドの一つが,今度はキーボードで声をかけてくれ,全く腕に自信はなかったものの,二つ返事で引き受けました。すると,4年生の冬にはそのバンドで幕張メッセという大きなステージに立つことができました。この時,自分が拳を上げたタイミングで,客席からちょうど歓声が起こりました。「こりゃあ癖になるなあ」と呟きながら,ふとまた心に情熱が戻っているのを自覚しました。大学院入試の直前のことで,楽屋や行き帰りの電車でも受験勉強をしていました。

大学院に進学してからも音楽活動は続け,日本ロックの黎明期を築いた方々と共演する機会が増えました。ほぼぶっつけ本番で迎えたある日のステージでは,原曲とは違う展開で演奏がどんどん進んでいきました。ご本人たちは堂々としており,私も流れが読めない濁流の中を進むようなスリルを楽しみました。何とか無事に曲が終わりホッとしていると,最前列のお客さんが今まで見たことないくらい感泣していることに気づきました。音楽は予定調和ではいかないナマモノなのだと,レジェンドたちから学んだ夜でした。

博士後期課程の頃には,マニピュレーター(音楽家が生演奏しきれない音を流す役割)も始めました。この時に学んだ技術は,今でも研究で活かされているのですが,なにより先輩が担当する人気アーティストの現場にも帯同させていただくなかで一流の音楽家やスタッフの方々のお仕事を間近で見てノウハウを吸収できたのは,何事にも変え難い経験でした。

一方,段々と音楽活動を続けるのが難しくなりました。ある時は,自分が録音したギター演奏がさいたまスーパーアリーナでのコンサートで使われることになったのですが,大学の助手の就職面接が重なって泣く泣く会場に行くことをあきらめました。後日テレビでそのコンサートを見て,「身体が二つ欲しかった」と悔やんだものです。結局この時に大学への就職が決まり,音楽活動から身を引くことにしました。

このように,私の人生にはいつも音楽がありました。とはいえ特に一つの楽器を極めたわけではなく,音楽家としても無名です。今は音楽の研究を続けていますが,研究者としても満足できるレベルに達していないというありさまです。なんだかどれも中途半端で悲しくなりそうです。ですが,いろいろな角度で音楽と関わったことでめずらしい人生を歩めているとも思います。かつて一緒に演奏していた友人や先輩は,今第一線の音楽現場で大活躍しています。うれしくなるとともに,自分も負けてはいられないと奮い立ちます。「自分も研究で人々の役に立つ仕事をしたい」と,心を密かに燃やしています。

PDFをダウンロード

1