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心理学ってなんだろう

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漢字のゲシュタルト崩壊現象とは何でしょうか?

同じ漢字を長い間,あるいは繰り返し見続けていると,漢字としての形態的なまとまりがなくなって,各部分がバラバラに知覚されたり,その漢字がいったいどんな漢字であったかわからなくなってしまうといった経験をしたことのある人は少なくないと思います。この現象は,一般的に漢字のゲシュタルト崩壊現象と呼ばれていますが,なぜこのような現象が起こるのでしょうか。



A.二瀬由理

「ゲシュタルト崩壊」という言葉を初めて聞いたという方もいらっしゃると思います。そもそも「ゲシュタルト崩壊」という言葉は,どういう意味をもっているのでしょうか?


ファウスト(Faust, 1947)は,図形などをちらっと見たときにはそれが何であるか知覚できるのに,そのまま注視し続けると,すぐにそのパターンの全体的印象が消失し,わからなくなってしまうという失認症の症例を報告し,このような現象を"Gestaltzerfall"(ゲシュタルト崩壊)という用語を使って記述しました。この失認症の症例ほど極端なかたちではないものの,健常な人間においても持続的に注視すると同じように全体形態の認知が減衰してしまう可能性があるのです。この一例が漢字の「ゲシュタルト崩壊現象」なのです。


実際に,ある特定の漢字たとえば「貯」(以降,注視漢字と呼ぶ)を長時間(約25秒間)見続けたあと,図に示していますように注視漢字と同じ漢字「貯」や同じ構造をもつ漢字「訴」が提示された場合には,それらの認知反応時間が遅れることが示されています。これに対して,一部分が同じでも構造が異なる漢字「賃」や読みだけが同じ漢字「著」が提示された場合にはこのような反応時間の遅延は生じないのです。また,その後の研究で,このような持続的注視による反応時間の遅れは,漢字に似たような構造をもつパターンであれば,生起することが示されています。


この「漢字のゲシュタルト崩壊現象」は,長時間パソコンの画面を眺めたり,テレビゲームを行ったりして生じる視覚的疲労(いわゆる目の疲れなど)と異なるものだと考えられます。というのも,先に述べたように,持続的に注視した漢字そのものや,それと同じ構造をもっている漢字にのみ選択的に生じる傾向が示されているからです。もし,視覚的疲労によるものであれば,視野全体がかすんできたりぼやけてきたりするはずです。また,知覚の分野でよく知られているトロクスラー効果(Troxler effect)や静止網膜像の場合とも異なっていると考えられます。漢字の「ゲシュタルト崩壊現象」では,パターンの構成部分は消失しません。部分は知覚されているものの全体としての形態的なまとまりだけが損なわれてしまうのです。


つまり,この現象は,末梢的な視覚情報処理過程の順応あるいは疲労のために生じるのではなく,部分を統合し,全体形態を把握するパターン認知の高次過程において,持続的注視による機能低下が起こるために生じるのではないかと考えられています。



文献

Faust, V.C.(1947). U¨ber Gestaltzerfall als Symptom des parieto-occipitalen U¨bergangsgebietes bei doppelseitiger Verletzung nach Hirnschuss. Nervenarzt, 18, 103-115.


にのせ ゆり
新潟国際情報大学准教授。
専門は,認知心理学。
主な著書は,『新・心理学の基礎知識』(分担執筆,有斐閣)など。


心理学ワールド第46号掲載
(2009年7月15日刊行)

同じ漢字を長い間,あるいは繰り返し見続けていると,漢字としての形態的なまとまりがなくなって,各部分がバラバラに知覚されたり,その漢字がいったいどんな漢字であったかわからなくなってしまうといった経験をしたことのある人は少なくないと思います。この現象は,一般的に漢字のゲシュタルト崩壊現象と呼ばれていますが,なぜこのような現象が起こるのでしょうか。

A.二瀬由理

ゲシュタルト崩壊」という言葉を初めて聞いたという方もいらっしゃると思います。そもそも「ゲシュタルト崩壊」という言葉は,どういう意味をもっているのでしょうか?


ファウスト(Faust, 1947)は,図形などをちらっと見たときにはそれが何であるか知覚できるのに,そのまま注視し続けると,すぐにそのパターンの全体的印象が消失し,わからなくなってしまうという失認症の症例を報告し,このような現象を"Gestaltzerfall"(ゲシュタルト崩壊)という用語を使って記述しました。この失認症の症例ほど極端なかたちではないものの,健常な人間においても持続的に注視すると同じように全体形態の認知が減衰してしまう可能性があるのです。この一例が漢字の「ゲシュタルト崩壊現象」なのです。


実際に,ある特定の漢字たとえば「貯」(以降,注視漢字と呼ぶ)を長時間(約25秒間)見続けたあと,図に示していますように注視漢字と同じ漢字「貯」や同じ構造をもつ漢字「訴」が提示された場合には,それらの認知反応時間が遅れることが示されています。これに対して,一部分が同じでも構造が異なる漢字「賃」や読みだけが同じ漢字「著」が提示された場合にはこのような反応時間の遅延は生じないのです。また,その後の研究で,このような持続的注視による反応時間の遅れは,漢字に似たような構造をもつパターンであれば,生起することが示されています。


この「漢字のゲシュタルト崩壊現象」は,長時間パソコンの画面を眺めたり,テレビゲームを行ったりして生じる視覚的疲労(いわゆる目の疲れなど)と異なるものだと考えられます。というのも,先に述べたように,持続的に注視した漢字そのものや,それと同じ構造をもっている漢字にのみ選択的に生じる傾向が示されているからです。もし,視覚的疲労によるものであれば,視野全体がかすんできたりぼやけてきたりするはずです。また,知覚の分野でよく知られているトロクスラー効果(Troxler effect)や静止網膜像の場合とも異なっていると考えられます。漢字の「ゲシュタルト崩壊現象」では,パターンの構成部分は消失しません。部分は知覚されているものの全体としての形態的なまとまりだけが損なわれてしまうのです。


つまり,この現象は,末梢的な視覚情報処理過程の順応あるいは疲労のために生じるのではなく,部分を統合し,全体形態を把握するパターン認知の高次過程において,持続的注視による機能低下が起こるために生じるのではないかと考えられています。

注視漢字とその後に認知される漢字との形態的関係

文献

  • Faust, V.C.(1947). U¨ber Gestaltzerfall als Symptom des parieto-occipitalen U¨bergangsgebietes bei doppelseitiger Verletzung nach Hirnschuss. Nervenarzt, 18, 103-115.

心理学ワールド46号_子育ての神話

出典
心理学ワールド第46号掲載(2009年7月15日刊行)


二瀬由理(にのせ ゆり)
新潟国際情報大学准教授。専門は,認知心理学。主な著書は,『新・心理学の基礎知識』(分担執筆,有斐閣)など。

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