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【特集】

古くて新しい学習心理学

心理学を学んだことがあるなら古典的条件づけやオペラント条件づけについて必ず知っていると思います。学習スケジュールなど,もっと詳しいことを知っている人もいるでしょう。これらの用語は学習心理学で取り上げられるものです。

学習心理学は,誰もが触れた事があるにもかかわらず,その中身にはなかなかややこしいところがあります。講義で学ぶと少々とっつきにくく感じる(感じた)人も多いかもしれません。取り上げる内容も何十年(なかには百年以上)も前の話が多く,このような状況から,学習心理学を心理学史に登場する古い化石のような分野と考える人もいるかもしれません。

しかし実は,(当然ながら)学習心理学は現在も発展を遂げている分野です。しかも現実場面への応用も心理学の中では群を抜いて幅広く,偏見・差別などの社会的現象,人工知能,いま流行の機械学習にまでその守備範囲を広げています。皆さんの学習心理学に対するイメージが刷新されることを期待して,今回の特集ではそんな古くて新しい学習心理学を紹介します。(大久保街亜)

連合学習の5億年

中島定彦
関西学院大学文学部総合心理科学科 教授

中島定彦(なかじま さだひこ)

Profile─中島定彦
1993年,慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程心理学専攻単位取得満期退学。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員PD,同海外特別研究員(ペンシルベニア大学研究員)の後,関西学院大学専任講師,助教授,准教授を経て現職。専門は学習心理学,動物心理学。著書は『アニマルラーニング』(ナカニシヤ出版),『学習の心理』(共著,サイエンス社),『学習心理学における古典的条件づけの理論』(編著,培風館)など。

連合学習の5億年

あなたは浅海底の砂の上で静かに動き始めた。右肢3本がそれを覆う背甲もろとも欠けているのでまっすぐ進みづらい。あなたの背甲は結晶質の炭酸カルシウムで形作られており,古生代カンブリア紀最強の捕食者アノマロカリスの硬く鋭い歯でも噛み砕くことは容易でないが,脱皮したばかりでまだ柔らかいときに食いちぎられたのだ(写真1)。それ以来,大きな捕食肢(写真2)を持つアノマロカリスの姿はあなたの防衛反応を強く引き起こす。天敵から身を守る術のいくらかは生得的なものだが,経験から学ぶことで,より早く効率的な防衛が可能となる。

あなたは,この防衛反応が5億年以上後の 未 来 に, 条 件 反 応(conditioned response:CR)と名づけられることを知らない。条件刺 激(conditioned stimulus: CS) は ア ノ マロ カ リ ス の 姿, 無 条 件 刺 激(unconditionedstimulus: US)は噛まれた痛み,無条件反応(unconditioned response: UR)は痛みからの逃避である(図1)。あなたはこうした用語を知らないが,あなたの神経系では,CSとUSの連合がしっかり形成されている。あなただけでなく,多くの動物はこの時代すでに複雑な神経系を有していて,可か塑そ性も備えているのだ。

あなたは,CSとUSの連合学習が,古典的条件づけとかレスポンデント条件づけという学術用語で,後の世に研究されるようになろうことなど夢にも思わない。パブロフという名の男に会ったこともない。そもそもヒトという生物が誕生するのははるか未来のことだ。あなたはただ,捕食者襲来の危険が今は存在しないことに安堵しながら,砂の上をゆっくり歩むだけだ。

しばらくすると見知らぬ場所についた。このあたりは初めて訪れる‥‥と,30余りもあるあなたの肢が一斉に止まった。頭から突き出た触角に何か感じるものがある。同時にあなたの左右の複眼は,海底にたたずむカンセロリア(写真3)の棘とげに,引っかかるような形で横たわった白い紐ひも状の物体をとらえた。弱って泳げなくなった生き物のようだ。

あなたは,この白い紐が餌となることを,以前の経験で知っている。これまで何度もこの白い紐を見つけて食べたことがあるのだ。それで体調を崩すようなことはなかった。だから,白い紐の姿(CS)は餌(US)の信号となって,強い接近反応(CR)を引き起こす。触角から伝わる紐状物体の触り心地もあなたの小さな脳に伝わっているが,それは接近反応を喚起しない。白い紐という視覚情報だけで十分なCRを引き起こすからだ(図2)。ただし,もし視覚刺激と触覚刺激が常に同伴して餌を知らせるならば,触覚刺激だけでも接近反応を誘発するだろう。

満腹になったあなたは,強い疼うずきを憶えた。繁殖の季節が近づいていることは数日前から感じていたが,その昂たかぶりは今,現実のものとしてあなたを支配する。あなたは再び歩み始める。どのように異性にアプローチすれよいかは体が知っている。摂食行動と同様に,求愛行動の基本は遺伝子に組み込まれているからだ。しかし,うまくやるためには経験も必要だ。試行錯誤が大事なのは,未来人スキナーに「それをオペラント条件づけというのだ」と教えてもらわなくてもわかっていることだ。カンブリア紀の海でも,「どういうときにどのように反応すれば,どのような結果になるか」を知り,適切に行動する学習は生存のための有効な能力である。

進化した神経系を持つのはあなただけではない。同種他個体は無論のこと,天敵アノマロカリスや,あなたの消化管に収まった白い紐状生物もそうだ。みな,学習能力を持つから,生き残ってきた(図3)。ただ,水底に固着して暮らすカンセロリアはどうだか知らない。あなたが食した白い紐状の脊索動物が昨日産み落としていた卵が,孵化して育ち,さらに子を産み,その子孫がヒトに進化することも,三葉虫であるあなたには関係ないことである。

写真 1 捕食者による噛み痕を右側葉に残す三葉虫Elrathia kingi の化石(米国ユタ州産)三葉虫の化石には噛み痕のあるものがまれにある。噛み痕は右側に多い(およそ右側 7 割)ことから,捕食者に襲われた三葉虫が右旋回して逃避しやすかったか,捕食者が右側から襲いがちであったか,あるいは右の捕食肢が長く力強かったのであろう(Babcock, 1993)。
写真 2 アノマロカリス
Anomalocaris canadensisの捕食肢(大付属肢)の化石(カナダ・ブリティッシュコロンビア州産)
写真 3 カンセロリア Chancelloria pentacta の化石(米国ユタ州産)
カンセロリアは海底面に固着して生活するカイメンに似た生物。骨格形状の相違などから,海綿動物ではない可能性も指摘されている。
図 1 古典的条件づけの枠組み
古典的条件づけは人間でもみられる。米国コカ・コーラ社は古典的条件づけの原理にしたがって広報活動をしており(Koten, 1984),この場合,商品が CS,楽しい情景や音楽が US,それらによって誘発される好感情が CR および UR である(中島 ,2006a, 2006b)。なお,植物でも古典的条件づけが生じるとの報告が複数あるが,偽の条件づけなどの可能性が排除されていない(Abramson & Chicas-Mosier, 2016)。最近発表されたエンドウマメでの実験(Gagliano et al., 2016)についても同じ欠陥がある。
図 2 ブロッキング
ある刺激(CS1:紐状物体の姿)が生物的に重要な刺激(US:餌 S)の確実な信号になると,同じ情報をもたらす冗長な刺激(CS2:紐状物体の触り心地)は,US との連合をほとんど形成しない。こうした現象を CS1 による CS2 のブロッキングといい,ラットの古典的条件づけ事態で発見された(Kamin, 1968)。ブロッキングは脊椎動物だけでなく,ミツバチ(Couvillon et al. 1997)やカタツムリ(Prados et al., 2013a),ナメクジ(Sahley et al., 1981),プラナリア(Prados etal., 2013b)などの無脊椎動物でもみられる。最近,ブロッキング現象の頑健性に疑念を呈する論文が発表されたが(Maes et al., 2016),この論文には実験手続き上に多くの問題がある。
図 3 神経系の進化系統樹
原生動物や海綿動物には神経系がないが,刺激への馴れの学習(馴化)はみられる(Ginsburg & Jablonka, 2009)。散在神経系を持つ腔腸動物(クラゲ・ヒドラ・イソギンチャクなど)については,イソギンチャクで古典的条件づけの成功報告(Haralson et al., 1975)があることから,連合学習が可能だと論じた論文(Perry et al., 2013)もあるが,さらなる実験的吟味が必要である。集中神経系は神経節や脳のような中枢を持った進化した神経系で,環状神経系,管状神経系,はしご形神経系,かご形神経系の総称である。棘皮動物(ヒトデ・ウニ・ナマコなど)では連合学習の報告例が数点あるが(例えば,Landenberger, 1966),適切な統制条件が設けられておらず,さらに研究を要する。原索動物(ホヤ・ナメクジウオなど)は脊椎動物と近縁で,両者をまとめて脊索動物という。原索動物の連合学習研究は極めて少ない(Shuranova, 1996)。扁形動物(プラナリアなど),環形動物(ミミズなど),軟体動物(ナメクジ・タコなど)での研究は数多い(Abramson, 1994)。節足動物には,ミツバチのように脊椎動物に匹敵する連合学習能力を示す種もいる(Menzel & Müller, 1996)。
さまざまな動物種にみられる連合学習能力は,進化の過程で相互独立に獲得されたのかもしれない(Jozefowiez, 2014)。しかし,筆者は,共通の祖先種から今日まで引き継がれたものだと考える。集中神経系が誕生したのは,古生代カンブリア紀が始まる頃(約 5 億 4200 万年前)である。当時,生物種数の急激な増大(カンブリア爆発)がみられた。その原因を集中神経系によって可能となった連合学習に求める説がある(Ginsburg & Jablonka, 2010)。なお,現代の節足動物に似た複雑な神経系がカンブリア紀の節足動物の化石に確認されている(Tanaka et al., 2013)。

文献

  • Abramson, C. I.(1994)A primer of invertebrate learning: The behavioral perspective. Washington, DC: American Psychological Association.
  • Abramson, C. I., & Chicas-Mosier, A. M.(2016)Learning in plants: Lessons from Mimosa pudica. Frontiers in Psychology, 7, 417.
  • Babcock, L. E.(1993)Trilobite malformations and the fossil record of behavioral asymmetry. Journal of Paleontology, 67, 217-229.
  • Couvillon, P. A. et al.(1997)Intramodal blocking in honeybees. Animal Learning & Behavior, 25, 277-282.
  • Gagliano, M. et al.(2016)Learning by association in plants. Scientific Reports, 6, 38427.
  • Ginsburg, S., & Jablonka, E.(2009)Epigenetic learning in non-neural organisms. Journal of Biosciences, 34,633-646.
  • Ginsburg, S., & Jablonka, E.(2010)The evolution of associative learning: A factor in the Cambrian explosion. Journal of Theoretical Biology, 266, 11-20.
  • Haralson, J. V. et al.(1975)Classical conditioning in the sea anemone, Cribrina xanthogrammica. Physiology & Behavior, 15, 455-460.
  • Jozefowiez, J.(2014)The many faces of Pavlovian conditioning. International Journal of Comparative Psychology, 27, 526-536.
  • Kamin, L. J.(1968)Attention-like processes in classical conditioning. In. M. R. Jones(Ed.), Miami symposium on the prediction of behavior: Aversive stimulation. Coral Gables, FL: University of Miami Press, pp.9-31.
  • Koten, J.(1984, January 19)Coca-Cola tunrs to Pavlov... Wall Street Journal, p.1.
  • Landenberger, D. E.(1966)Learning in the Pacific starfish Pisaster giganteus. Animal Behaviour, 14,414-418.
  • Maes, E. et al.(2016)The elusive nature of the blocking effect: 15 failures to replicate. Journal of Experimental Psychology. General, 145, e49-e71.
  • Menzel, R., & Müller, U.(1996)Learning and memory in honeybees: From behavior to neural substrates. Annual Review of Neuroscience, 19, 379-404.
  • 中島定彦(2006a)商品広告の条件づけ:文献展望(1). 『行動科学』45, 51-64.
  • 中島定彦(2006b)商品広告の条件づけ:文献展望(2). 『行動科学』45, 27-36.
  • Perry, C. J. et al.(2013)Invertebrate learning and cognition: Relating phenomena to neural substrate. Wiley Interdisciplinary Reviews: Cognitive Science, 4, 561-582.
  • Prados, J. et al.(2013a)Blocking in rats, humans and snails using a within-subjects design. Behavioural Processes, 100, 23-31.
  • Prados, J. et al.(2013b)Cue competition effects in the planarians. Animal Cognition, 16, 177-186.
  • Sahley C. et al.(1981)An analysis of associative learning in a terrestrial mollusc. Journal of Comparative Physiology A, 144, 1-8
  • Shuranova, Z. P.(1996)History of invertebrate behavioral studies in Russia. In C. I. Abramson, Z. P. Shuranova, & Y. M. Burmistrov(Eds.), Russian contributions to invertebrate behavior(pp.541). Westport, CT: Praeger.
  • Tanaka, G. et al.(2013)Chelicerate neural ground pattern in a Cambrian great appendage arthropod. Nature, 502, 364-367.

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