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【小特集】

カウンセリングにおける「秘密」 ─クライエントの秘密

金沢吉展
明治学院大学心理学部 教授

金沢吉展(かなざわ よしのぶ)

Profile─金沢吉展
1990年,米国テンプル大学大学院博士課程修了。筑波大学心理学系助教授などを経て現職。専門は心理療法の効果とプロセス,心理臨床家の発達と教育訓練,職業倫理,健康心理学。著書は『カウンセリング・心理療法の基礎』(編著,有斐閣),『臨床心理学の倫理をまなぶ』(東京大学出版会)など。

カウンセリングや心理療法は,他人に言えない悩みについてクライエントが話し,援助を得ようとする場である。したがってカウンセリングにおいては,自分が思っていること,体験していることをクライエントが自由に,隠すことなく話すということが前提となっているように思われる。

カウンセラーには職業倫理を守ることが義務づけられており,その中でも秘密保持とインフォームド・コンセントは重要な原則である。カウンセラーは,自傷他害の明確な危険が存在するなどのいくつかの例外状況を除き,たとえどんな内容であっても,クライエントから知り得た事柄について他者に漏らすことを禁じられている。そして,秘密保持を含めた職業倫理のルールをクライエントに伝えて合意を得たうえで,カウンセリングの目的・内容についてクライエントと約束(契約)を交わす(インフォームド・コンセント)ことが求められている(金沢, 2006)。

このようなルールが守られるのであれば,クライエントは安心してカウンセラーに何でも話ができるように思われる。しかしクライエントから見た場合,見ず知らずの他人に対して,自身の悩みや問題といった,他者には話しにくい事柄を"包み隠さず話す"ということは容易ではないことが想像できる。「この先生は私の言うことを分かってくれるだろうか」「私の問題を解決してくれるのだろうか」など,クライエントがカウンセラーに対して様々な不安や葛藤を抱くことも理解できる。

そうなると,"話しにくいクライエントvs話すことを求めるカウンセラー"という図式でカウンセリングの場を見ることができる。この視点で考えると,職業倫理の遵守に加えて,話しにくいクライエントにとって話をしやすい関係を作ることは,カウンセラーの大切な役割であると言える。

クライエントはカウンセラーに対して「秘密」を持っているのか?

どのぐらいのクライエントが,自分のカウンセラーに対して,自分自身の問題に関すること,あるいは自分が受けているカウンセリングに関する事柄について話さずにいるのだろうか。このテーマに関する研究のレビュー(Farber, 2003)によれば,約半数のクライエントが,自身のカウンセリングに関係する事柄について秘密にしていることがあると回答しており,とりわけ,性的な事柄,攻撃,虐待に関する事柄,および失敗に関する事柄についてはカウンセラーに話さない傾向が強いことが示されている。秘密にする理由としては,それらについて話すことに対する恥や怖さ,カウンセラーを傷つけたくない気持ち,あるいは,クライエント自身にとってはそれらの事柄が重要と思われないなど,様々な理由が挙げられている。最近の調査も,約半数のクライエントがカウンセラーに対して秘密を有していることを示している。それによれば,秘密にしている事柄の多くは性的な事柄に関することであり,理由としては恥ずかしさや困惑などが挙げられている(Baumann & Hill, 2016)。

別の研究では,クライエントは単に秘密にしているだけではなく,カウンセラーに対して偽ったり,実際とは異なる内容を話したりすることも分かっている。この研究によれば,93パーセントのクライエントがカウンセラーに対して偽っていることが示されており,クライエントによる"偽り"の典型的な例として,カウンセラーのコメントを好意的に受け止めている,あるいはカウンセリングが有益であるといった発言や,面接予約への遅刻・欠席の理由が挙げられている(Blanchard & Farber, 2016)。筆者らの調査でも,クライエントは不満を感じていてもそれをカウンセラーに表明するのではなく,カウンセラーを傷つけたくない気持ちから,満足を装い,カウンセラーに合わせてカウンセリングを進めていくことが示唆されている(金沢ほか, 2015;上野ほか, in press)。

これらの研究結果を見ると,相手に対して何を話すか・話さないかという視点で見た場合,カウンセリングも他の対人関係と大きく異なるわけではないことが想像できる。通常の人間関係であっても,性的な事柄や自身の攻撃性については話しづらいであろう。見ず知らずの他人であるカウンセラーに対しても同じような抵抗感を感じるのは無理もないと言える。自分のために一生懸命にカウンセリングを行ってくれるカウンセラーに対して,ネガティブなことを言わないよう気遣いをするのは理解できる。

クライエントがカウンセラーに対して秘密を持つことは,カウンセリングの効果とどのように関係するのか?

クライエントが自分自身についての秘密を持つことや,相手が気を悪くしないよう振る舞うことは理解できるとしても,カウンセリングの場で偽ったり,大切な事柄について話をしないのであれば,クライエントに関わる重要な事柄についてカウンセラーが知ることができず,結局はクライエントの不利益につながるのではないか。

クライエントがカウンセラーに対して秘密を持つことの反対の行いである,クライエントによる自己開示は,カウンセリングの効果と関連していることが示されている(Farber & Sohn, 2007)。またクライエントは,カウンセラーに対して秘密を話す前と話している最中は不安を感じ,話した直後は傷つきやすさを感じるものの,それ以後は,安心感,開放感,誇り,自分らしさを感じるのみならず,自分が秘密にしていることをカウンセラーに話したことによって,自分の家族や友人に対しても自己開示をするようになることが示唆されている(Farber, Berano & Capobianco, 2004)。これらの研究を通して,クライエントによる自己開示を促す要因として,作業同盟の強さ(Farber, 2003; Farber, Berano & Capobianco, 2004; Farber & Sohn, 2007)が一貫して示されていることは興味深い。

作業同盟とは,カウンセリングにおけるカウンセラー-クライエント間の協働関係を指す用語であり,作業同盟は,カウンセラー-クライエント両者の間における,カウンセリングの目標に関する合意,カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意,および,両者の間に形成される情緒的絆の3要素から成るとされている(Bordin, 1979)。したがってカウンセラーには,良好な作業同盟を築き,クライエントが抱えている秘密を話すことができるよう,両者の関係を建設的なものにしていくことが求められると言える。

カウンセラーが秘密保持とインフォームド・コンセントの原則を守ることは,クライエントが安心して自己開示することのできる枠組みを作るために必須の条件である。この枠組みの中で,両者が良好な作業同盟を築いていくことがクライエントの自己開示を促し,カウンセリングを有益なものにしていくことができると言えよう。

文献

  • Baumann, E. & Hill, C. E.(2016)Client concealment and disclosure of secrets in outpatient psychotherapy.  Counselling Psychology Quarterly, 29 , 53-75.
  • Blanchard, M. & Farber, B. A.(2016)Lying in psychotherapy: Why and what clients don't tell their therapist about therapy and their relationship.  Counselling Psychology Quarterly, 29 , 90-112.
  • Bordin, E. S.(1979) The generalizability of the psychoanalytic concept of the working alliance.  Psychotherapy, 16 , 252-260.
  • Farber, B. A.(2003)Patient self-disclosure: A review of the research.  Journal of Clinical Psychology, 59 , 589-600.
  • Farber, B. A., Berano, K. C. & Capobianco, J. A.(2004) Clients’perceptions of the process and consequences of self-disclosure in psychotherapy.  Journal of Counseling Psychology, 51 , 340-346.
  • Farber, B. A. & Sohn, A. E.(2007)Patterns of self-disclosure in psychotherapy and marriage.  Psychotherapy: Theory, Research, Practice, Training, 44 , 226-231.
  • 金沢吉展(2006)『臨床心理学の倫理をまなぶ』東京大学出版会
  • 金沢吉展・上野まどか・石橋明美・遠藤野恵美・中山愛美・岩壁茂(2015)臨床心理面接におけるカウンセラー・クライエントの体験に関する研究(1).『日本心理臨床学会第34回秋季大会論文集』181.
  • 上野まどか・金沢吉展・中山愛美・石橋明美・岩壁茂(in press)臨床心理面接におけるカウンセラー・クライエントの体験に関する研究(3):クライエント3名のカウンセリング体験のインタビューを通して.『日本心理臨床学会第36回秋季大会論文集』

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