公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

【小特集】

音楽─聴いて楽しいだけじゃない

音楽は好きですか? 音楽を知覚するとき,聞こえてくる音どうしを結びつけながら,メロディーやリズムなどを聴き取っています。この仕組みは,言語理解や身体運動にも共有されているのです。聴いて楽しいだけではない音楽の一面に触れてみましょう。(脇田真清)

音楽という窓からも心・脳のしくみを覗くことができる

阿部純一
北海道大学 名誉教授

阿部純一(あべ じゅんいち)

Profile─阿部純一
1969年,北海道大学工学部応用物理学科卒業。北海道大学大学院文学研究科博士課程心理学専攻中退。北海道大学教授,放送大学客員教授などを歴任。専門は認知心理学,認知科学。著書は『人間の言語情報処理』(共著,サイエンス社)など。

音楽は普遍的な心理機能

音楽は言語と同様に人間にとって普遍的な心理機能である。古今東西の人間社会において音楽の存在しない社会はない。今日,多くの文明社会において,音楽活動は芸術・娯楽・趣味として括られており,そのことは,音楽がそれらの社会において一種「余剰的な」活動と認識されていることを意味する。しかし,音楽は本当に余剰的な存在なのであろうか。もしもそうであるとすると,テレビ,インターネット,カラオケなどと,なぜこれほどまでに音楽は我々の身の回りに溢れているのであろうか。私には,音楽にはそれ以上の何かがあると思われてならない。

音楽は一つの高次認知機能

1980年代にH.ガードナーによって提唱された多元的知能(multiple intelligences)の論以降,広く,音楽も高次認知機能の一つとして捉えられるようになっている。しかしながら,音楽の知覚・演奏・創造・感情・等々の心理・神経メカニズムの解明は未だしである。H.ガードナーは,多元的知能として挙げた6種の心的機能(言語,論理-数学,空間,音楽,身体-運動,パーソナル)が中枢神経系においてそれぞれモジュール化されていると論じたが,音楽の諸機能が脳内において言語の諸機能ほどに特殊化・局在化されているという明確な証拠は現在までのところ提出されていない。「左脳は言語や論理や理性を司り,右脳は音楽や感情や感性を司る」といったような二項対立的理解は単純すぎて,人間の複雑で精妙な心理(高次神経系)の真実を正しく伝えるものではない。

なお,これに似て,心理機能を知(cognition)・情(affection)・意(conation)の三項対立で捉える西洋伝統の捉え方があるが,こちらの分け方は悪くないと思う。しかしこれもまた,単純にそれらの違いのみを意識すると,その相互依存性を忘れがちになる。西洋伝統の人間観からすると,「知」をより発達させることによって,獣性の暗黒の心の世界に潜む「情」や「意」を制御できるようにする(なる)ことこそが,人間性の勝利,そして文明の勝利,ということになるはずである。気鋭の神経学者から出発し,彼自身としては生涯にわたり自分の「科学者」としての理性に自信をもっていたS.フロイトも,そのように心というものを捉えていたに違いない。知・情・意は,本来,それぞれの独立性よりも相互作用性によって理解されるべき関係にあるはずである。左脳と右脳の関係や知性と感性の関係も同様であろう。

音楽認知の核心はorganization処理(すなわちゲシュタルトの確立)

言語の脳内での処理は,数万語以上の単語の辞書的な処理,単語間の統語的な処理,文の意味的な処理,発話の語用論的な処理と,様々な側面とレベルとで行われている(阿部・他,1994)。音楽の処理もいくつかの側面とレベルとをもつ。言語と音楽はともに基本的に聴覚系を基盤とした高次認知機能であり,したがって,時間軸上を流れ去る音情報を処理しなければならないという制約を共通にもつ。言語も音楽も,線条的に入力された要素刺激群(音韻単位や音符の系列)をいかにorganize(組織化・体制化)して,より大きな単位へと解釈できるかが,処理の核心といえる。例えば,「たいふをえふでわにうのきはれか」あるいは「で かれ ふえ きのう を にわ は」という文字列を読んでみてほしい。これらはよく読めないし,分からない,つまりは日本語として適切にorganizeできないが,「かれ は きのう にわ で ふえ を ふいた」ならば容易にorganizeできるであろう。

音楽の知覚も同様である。全ての音列が「音楽」として知覚されるわけではない。入力音列を「音楽」として知覚するためには,その構成要素音群を適切にorganizeできなければならない。音楽特有のorganization処理には大きく2種類ある。入力音列の要素音の音長(厳密にはonset間の時間)の集合に対する「拍節的organization」処理と,音高の集合に対する「調性的organization」処理である。この2種類のorganization処理が,それぞれの音楽文化スキーマに基づいて,うまく入力音列を同化(assimilate)できた場合,そこに音楽のゲシュタルトが知覚される。これは,どのような文化社会の音楽の知覚(および産出)にもあてはまる(ただし,前衛的な現代音楽芸術作品はこの範疇ではない)。

ここでいう拍節とは,拍や拍子やリズムに関することをいう。「拍(beat, puls, or clock)」とは,入力音列に対して聞き手が付与する心理的時間単位を意味し,「拍子(meter)」とはその拍がいくつか群化されて知覚されるより大きな心理的単位を意味する。例えば,3拍子とは,拍が3つ群化されてより大きな単位として知覚されることを意味する。拍節的処理が入力音列に時間軸上のゲシュタルトを与える一方,調性的処理は入力音列の音の高さの側面にゲシュタルトを与える。こちらは「音階」や「旋法」などに関係する側面の処理である。「ト長調の曲」ということを心理学的に言い換えれば,聞き手が,入力音列の音高群を,「ト(G,Sol)」と呼ばれる高さの音を中心にして,かつ「西洋全音階(diatonic scale)」の「長旋法(major mode)」と呼ばれるスキーマに適合するような形で,organizeできた曲,ということになる。これらの拍節的および調性的なorganization処理は,特別な音楽教育経験をもたない人でも無意識になしていることである。

図1 拍節処理と調性処理の関係
図1 拍節処理と調性処理の関係

内的処理のアルゴリズムの推定

音楽の知覚過程では,調性の解釈は拍節の解釈に影響されるが,その逆はない。我々(Abe & Okada, 2004)の実験結果はその証拠を提出している。では,両処理は脳内でどのようになされているのか。一番単純には,拍節解釈の処理を先に終え,その結果を利用して調性解釈の処理を行う,という形が考えられる。しかし,音楽は休みなく流れ去っていく入力刺激であり,片方の処理を終えた後で,入力刺激データをバックトラックさせて別な処理を施す,などとは考え難い。我々(岡田・阿部, 1999)は以下のような計算モデルを提案している(図1)。入力音列は,基本的に,拍節処理モジュールと調性処理モジュールとで独立的・並列的に処理される。拍節モジュールは,音列の各音の音長や旋律線形状などを手がかりとして,拍節構造上重要な時点(ダウン拍〔down beat〕の生起時点)を予測する。一方,調性モジュールでは,各音の音高を手がかりとして,各文化の調性スキーマに基づいて,調性解釈を進める。そしてその際には,拍節モジュールによって予測された,拍節構造上のダウン拍時点に生起する音の高さを,アップ拍時点の音高よりも重視する形で,調性解釈を進める。この我々の計算モデルは,人間の拍や拍子の解釈と調の解釈をかなりよく予測できる。

また,このモデルの拍節モジュールは,音楽の知覚のみならず,当然のことではあるが,ダンスの運動におけるリズムの取り方をも予測できる一般性をもっている。

文献

  • 阿部純一・桃内佳雄・金子康朗・李光五(1994)『人間の言語情報処理:言語理解の認知科学』サイエンス社
  • Abe, J. & Okada, A.(2004)Integration of metrical and tonal organization in melody perception. Japanese Psychological Research, 46, 298-307.
  • 岡田顕宏・阿部純一(1999)「メロディの認識:拍節解釈と調性解釈を統合した計算モデル」長嶋洋一・橋本周司・平賀譲・平田圭二(編)『コンピュータと音楽の世界:基礎からフロンティアまで』共立出版 pp.199-215.

PDFをダウンロード

1