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裏から読んでも心理学

時代の変化を捉えたい。

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

前に住んでいた街に出張で行ったら駅周辺の全面再開発が最終局面を迎えて大いに賑わってました。行列ができているので何かと思ったら,某有名お菓子屋さんの支店がオープンすると。遂にこの街にもできてしまったか。もう手土産には使えないなぁと若干残念に思いましたが,美味しいものが全国津々浦々に広まるのは喜ばしいことであると思い直しました。

行列と言えばSparkmanさんとWaltonさん(2017)のフィールド実験でしょうか。大学の食堂で注文のために並んでいる飢えた百数十人の大学人にアンケートへの回答をお願いします。実はアンケートが二種類あって,一方には「アメリカの食は変わりつつあります! 30%の人が肉を減らしてますよ!」(意訳)というメッセージが書いてあり,他方には「変わりつつある(Changing)」のフレーズがなかった。アンケートに付いていた割引券を喜々としてレジで渡すと,その裏にはマークがしてあって,どっちのメッセージを受け取ったのか分かる仕組み。Changeメッセージがあった人では肉類の注文が減っていたそうで,生きるか死ぬかで判断が変わることをノーベル賞級の常識としている心理学者であっても驚きを禁じえません。

更に「Change」メッセージの効果を探る二人のところに転がり込んだのが,大学の寮で節水キャンペーンが始まるという情報。このビッグウェーブを逃すまじと早速,実験を仕込みました。寮の建物は3つあって,全部が同じ構造と間取り。住人は皆,自分の棟にあるランドリー室の洗濯機を使います。そこでA棟のランドリー室にはこんなポスターを貼ります。「ほとんどのスタンフォードの住人は洗濯機を満杯にします!」。満杯(full load)で使ったほうが,洗濯回数が減るので節水につながるんだそうです。毎年のように渇水に悩まされているカリフォリニアでは大事なことです。B棟では「スタンフォードの住人は変わりつつあります!」という言葉が追加される。C棟は統制群。何も貼りません。結果は言うまでもなく,そんなことより,寮の節水キャンペーンなんてタイミングを上手いこと捕まえた二人のセンスの良さに感心してしまいますね。

センスと言えばTankardさんとPaluckさん(2017)もすばらしい。同性カップル結婚にかんする米国連邦最高裁判決が2015年6月下旬に下されるのを見越して,前後で人々の態度が変化するか検証したんです。判決の3ヵ月前から調査を開始して,数回に渡って追跡調査をする。こういう目端の効き方,見習わねばなりません。結果,同性婚を認める判決が出た後には「これから世の中は性的マイノリティに寛容になるだろう」と考える方向へと人々に変化が見られたそうです。そうやって社会が変わると思うことで,じゃあ自分も変わらなきゃと行動が変化して,本当に社会が変わる。嗚呼美しき自己成就予言。

でもね,気をつけねばならないよ。と,BergerさんとLe Menさん(2009)は言います。フランスの赤ちゃんの名前を分析した彼らは,急に流行った名前は,人気がなくなるのも早いというパターンを見出しました。その理由がふるっていて「急に流行った名前はすぐに人気がなくなるだろう」と,人々が思っているからだって言うんです。どんだけ自己成就かって話ですが,まぁでもフランスの赤ちゃんの名前の話だしね。我が家はしばらく名付けで迷う予定もないし,と他人事気分でいたら,Bergerさんたち突然「研究分野も同じだよね」なんて言いだすじゃないですか。急に流行った分野は急速に廃れるよね。流行りものは命も短いよって,あんまり笑えません。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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