心理学研究の今について米国,欧州,日本で感じたこと
梅村 比丘(うめむら ともたか)
Profile─梅村 比丘
2012年,テキサス大学オースティン校Ph.D.取得。専門は発達心理学。論文は「Secure base script and psychological dysfunction in Japanese young adults in the 21st century: Using the attachment script assessment」(Developmental Psychology)など。
私は,高校卒業後に渡米し,ニューヨーク州立大学ストニーブルック校(State University of New York at Stony Brook)で学部を卒業し,テキサス大学オースティン校(University of Texas at Austin)で博士課程前期と後期を修了しました。その後,ヨーロッパにあるチェコ共和国のマサリク大学(Masaryk University)で4年間ポスドク研究員をしました。今年度から,念願かない日本で職を得ることができ,広島大学で助教をしています。
私はこれまで,Bowlbyのアタッチメント理論を軸に,乳幼児期に築いた親子関係から児童期に構築する友人関係,青年期・成人期の恋人との関係性まで,幅広い発達段階における重要な他者との関係性の発達についての包括的な理解を目指して研究を進めてきました。現在,広島大学では,アイデンティティ研究者として世界的にご活躍されている杉村和美先生と共に,人間の生涯発達についてより厳密に理解できるようDynamic Systems Theory(DST)を用いた研究を進めています。また教育面では,次世代へのアタッチメント研究の継承や,世界で活躍できる心理学研究者の人材育成に携わることを目標に日々精進しています。
今回,「意味のある研究を行い,それを英語で発表すること」の難しさや大切さについて私が海外で感じたことを報告したいと思います。
行き過ぎた英語化への懸念
私はこれまで,アメリカ・ヨーロッパ・日本の3ヵ国で心理学研究に携わることができたわけですが,世界の心理学の状況について私の印象は,奇妙なまでの「英語化」です。母国語で心理学を研究するということの価値が下がり,英語での研究発表の価値が必要以上に高騰している気がしました。まさに,「英語論文の発表数」が世界中でインフレ状態でした。アメリカで学位をとった私も研究者としての生き残りをかけて英語論文を執筆してきましたが,このインフレ現象には甚だ疑問を感じていました。私の印象では,日本語などの英語から遠い言語を母語としている研究者は,この競争に苦戦を強いられるだろうと感じました。
国際化への対応について
上記のように,私は,現在の英語論文発表競争には懐疑的でありますが,この問題と似て非なるものとして,もっと基礎的な日本人の英語力の壁によく海外で遭遇しました。恥ずかしながら,私は,留学して数年は全く英語が通じませんでした。国際学会で,よく苦戦している日本の研究者をお見掛けすることがあり,自分も含めて日本人の英語コミュニケーションの大きな壁を感じる機会が多かったです。また,英語の論文執筆においては,海外の研究者も求めている日本からの研究結果を,英語論文が書けないために発表できていない状況にも遭遇しました。せっかくデータがあるのに,科学的なエビデンスの積み重ねができずにいるもどかしさがありました。
日本の心理研究の功績
このような話をすると,日本の心理学研究の現状を危惧しているだけのようですが,英語論文の大量生産競争と日本人の英語力の壁という問題はそもそも心理学研究の中心ではないと私は考えます。いくら英語論文が多くても,その研究自体の価値がなければなんの意味もありません。次の世代も必要とする重要な研究を行うことが,心理学研究における最も大切な点の一つだと私は考えます。これまで日本の心理学研究が,欧米主導で行われてきた心理学研究の大切なエビデンス・カウンターエビデンスとして,歴史的に重要な役割を果たしてきたという印象を,海外の研究者が持っていると感じました。
以上,私の海外での経験は,私自身に「意味のある研究を行い,それを英語で発表すること」を目指すべきだと教えてくれたと思います。この話が,皆様のご参考にもなれば幸いです。
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